第九話:俺の財布と、唐突なお友達宣言
「クレア、お疲れ様! とりあえず二回戦進出おめでとう!」
一回戦を終え、控え室へ戻ってきたクレアに声をかける。
「別に疲れてなんてないわよ。……って、あんたなんでここにいるのよ?」
怪訝そうに眉をしかめるクレア。何を言われているのか、一瞬理解できなかった。
「えっ……なんでって?」
「今やってる試合よ! あなたが二回戦で戦うブロックの試合! 観客席で見てると思ったのに……ほんっとバカね!」
「あっ……!」
「『あっ……』じゃないわよ! ほら、早く行くわよ! まったく手がかかるんだから!」
クレアに袖を引っ張られ、二人で慌てて観客席へと急ぐ。
……だから脚が速すぎるんだって、クレア!
息を切らせながら、俺はクレアに少し遅れて観客席へ滑り込んだ。
「遅かったわね」
闘技場を見下ろすと、中央にはポツンと一人の小柄な少女が立っていた。対戦相手の男子生徒は、泡を吹いて倒れている。
ん? あの控えめな女の子……確か、リリー=シンクレアじゃなかったか?
そういえば昨日、選抜発表の時に二回戦で当たるかもしれないって言ってた相手だ。一体どんな戦い方をしたんだろうか。
「まあ、終わったものは仕方ないわ。もうすぐエーベルの試合が始まるから、しっかり目に焼き付けておきなさい」
「わかってるよ」
上位陣の一角、エーベル=ランディルの戦いには俺も強い興味があった。
それから数試合後、いよいよエーベルの二回戦が始まった。
結論から言えば——まさに完勝という言葉が相応しい内容だった。
相手の生徒は、剣術での近接戦は不利と踏んだのだろう。開始と同時に距離をとり、牽制のために連続で【ファイアボール】を放った。
しかし、エーベルは眉一つ動かさない。
不敵な笑みを浮かべたまま、押し寄せる火球を自身の長剣で真っ向から切り裂きながら、一直線に距離を詰めていく。魔法を物理で切り捨て、一瞬で懐に飛び込むと——一閃。
たった一撃で、相手を気絶させてみせた。
「……やっぱり、めちゃくちゃ強いな。まだ全然本気を出してないぞ」
一気に胃が痛くなってきた。俺の魔法も、あんな風に切られて無効化されたら、剣術で勝てる見込みなんて万に一つもない。
「大丈夫、大丈夫。あんなの、レインの方が絶対強いわ」
……クレアはあの化け物じみた戦いを見ても、俺が勝つと疑いなく言い切るのだ。
「でもさ、相手の魔法を切ってたんだぞ? 俺の物理攻撃じゃダメージ与えられないし、魔法まで切られたら勝ち目なんて——」
「あんな貧弱な魔法と、レインのデタラメな魔法を一緒にしないでちょうだい。レインの魔法の威力だけは私より上なんだから、もっと自信を持ちなさい!」
「いやいや……クレアって魔法全然ダメじゃないか」
次の瞬間。
「ぐえっ!?」
クレアのかかとが、俺の足の甲を正確無比に踏み抜いた。
「ご、ごめんなさい……調子乗りました……」
涙目になりながら謝罪する俺。
そろそろ二回戦の時間が近づいてきたため、気を取り直して控え室へ向かおうとした——その時だった。
闘技場の中央に、審判の教官が歩み出てきた。
『二回戦、レイン対リリー=シンクレアの試合は、リリー=シンクレアの棄権により、レインの不戦勝! 準決勝進出とする!』
響き渡る声に、観客席がざわついた。
「えっ……不戦勝? リリーが棄権……!?」
「あら、ラッキーじゃない。これであとはエーベルを倒せば決勝進出よ。……これで大会の運を使い果たさなきゃいいけれどね」
「そのエーベルが一番の壁なんだけどなぁ……」
それにしても、棄権なんて一体何があったんだろうか。
その後に行われたクレアの二回戦だが……一回戦と全く同じ結末を迎えた。
相手の懐に飛び込み、無慈悲な一撃でダメージを与えてフィニッシュ。ほんと、アイツだけ異次元の強さである。もし決勝まで上がれたら、俺も安全のために棄権しようかな。
こうして、『アイスライト杯』の一年生の校内予選はベスト四が出揃った。
結果として、学院の評価一位から四位までの生徒がそのまま残る形となり、教師たちの目利きが正しかったことが証明された。
もっとも、それが本当に正しいのかは……俺が次の準決勝でエーベルに勝てるかどうかで決まるのだが。
「さて、準決勝の前に一時間の昼食休憩よ!」
観客席から立ち上がりながら、クレアが俺に振り向いた。
「レイン、学食に行くわよ。お財布がいないとご飯が食べられないじゃないの」
……この人、いま堂々と俺のことをお財布って呼んだぞ……?
学食へ足を踏み入れ、メニュー表を見上げる。
【本日限定・極上牛のステーキセット:3000ピア】
「まじかよ。高すぎるだろ……俺の十日分の食費だぞ……」
目玉が飛び出そうになる俺を余所に、クレアは迷わず食堂のおばちゃんに向かって注文した。
「ステーキセットを一つちょうだい!」
「はいよー! 今日は豪勢だねぇ、フォントネルのお嬢様! ……で、そっちのボクはどうする?」
「……おにぎりセットでお願いします……」
「ありゃ、ボクは随分と質素だねぇ」
おにぎりセットは200ピア。
塩おにぎり二個に、黄色い沢庵が二枚添えられた、非常にシンプルかつ涙を誘うセットである。
お互いに料理を受け取り、席を探そうと食堂内を見渡す。
と、食堂のいちばん隅っこで、身を縮こませて一人寂しくお弁当を食べている少女の姿が目に入った。
リリー=シンクレアだ。
棄権した理由を聞いてみたい気もしたが、下手に近づいてまたクレアに嫉妬混じりの小言を言われたら面倒だ。気づかないフリをして通り過ぎようとしたのだが——
スタスタスタ。
隣にいたクレアが、迷いのない足取りでリリーのテーブルへと向かっていくではないか。俺も焦って後ろを追いかける。
「ねぇ、あなたリリーさんって言ったかしら?」
「ひゃいっ……!?」
突然、学園一の有名人兼怖いお嬢様に声をかけられ、リリーは肩を跳ねさせて怯えたように顔を上げた。
「は、はい! そ、そうですけれど……っ」
「あなた、なんで二回戦を棄権したの? 見たところ、どこも怪我なんてしていないみたいだけれど」
リリーは震えながら、小さな声で途切れ途切れに答えた。
「あ、あの……私、生まれつき体力がなくて……だから、短時間に二試合も本気で戦うなんて無理で……。今日は頑張ろうって思っていたんですけれど、やっぱり体が追いつかなくて……ごめんなさい……っ」
「ふーん、そうなの」
クレアは特に怒る様子もなく、納得したように頷いた。
「ねぇ、私たち、ここに座ってもいいかしら?」
「あ、はい! す、すぐどきますね……っ!」
食べている途中だったお弁当を慌てて片付けようとするリリーに、クレアはポンと彼女の肩に手を置いた。
「いいのよ、そのままで。……一緒に食べましょうって言っているの」
「え……あ、はい……っ」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむくリリー。
そんな彼女をじっと見つめていたクレアが、ふとデリカシーのない質問を投げかけた。
「あなた……友達いないの? いつも一人でいるけれど」
「う、ぐ……っ。私、見ての通り暗い性格ですし……体力もないから、誰とも上手く仲良くなれなくて……」
自虐的に微笑むリリー。
するとクレアは、胸を張ってニッと笑ってみせた。
「そう。じゃあ、私たち今日からお友達ね! 私、強い女の子って大好きなの! 文句ないでしょう?」
「えっ……あ、うん! 嬉しい……です……っ!」
……ん? いま『好き』って言ったか? いやいや、友達としての好きだよな……? まさかクレアの恋愛対象が女の子だったりしないよな……!?
一人で勝手に焦る俺を完全に無視して、クレアは満足そうに微笑んだ。
「それじゃあ、これからもよろしくね、リリー」
「う、うん! よ、よろしくね……ク、クレアさん……っ!」
——こうして、謎の女子同盟が結成された。
その後の一時間。俺は女の子同士の華やかな会話に一分一秒たりとも割り込むことができなかった。
というか、クレアが一方的に自分のペースで喋り倒し、リリーが「はいっ、はいっ」と恐縮しながら頷いているだけなのだが、男の俺が入れる隙間など存在しない。
完全に空気扱いされたまま過ごす一時間は恐ろしいほど長く感じられ、俺の精神力はゴリゴリと削られていった。
そして昼食休憩の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
「さあ、そろそろ闘技場へ向かいましょうか。あなたも見に来るでしょう、リリー?」
「はい! クレアさんとレインさんの応援、行きます!」
「ふふ、行きましょう!」
仲良く並んで席を立つ二人。
……あれ? 俺に対する「行くわよ」の一言すらナシですか……?
存在感を消された悲しさと、お金を失ったショックでテンションが最底辺まで下がったまま、俺は準決勝の相手——学園屈指の天才剣士・エーベルとの決戦に向かうのだった。
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