第七十六話:決勝戦
「いや、違うんだって! 本当に会話できたんだ! 精霊が俺の声に答えてくれたんだよ!」
俺が慌てて弁明すると、クレアとシズの蔑みの目が、一瞬にして羨望の眼差しへと劇的に変化した。
「ちょっとレイン、ほんとなのね!? なんて言ってるの!?」
目を輝かせて身を乗り出してくるクレアを宥めつつ、俺は意識を内側へ向け、再びリュミに尋ねてみる。
『リュミのこと、この二人にも話して大丈夫なのか? 人に話したから『契約違反、バイバイ』なんて言われたら、俺、目も当てられないんだけど……)
精霊の誓約みたいなものがあるかもしれないと危惧したのだが、脳裏に返ってきたのは、相変わらず可憐で屈託のない子供のような声だった。
『うん! レインが心から信用できる人なら、私も信用できるよ♪ 大丈夫!』
よかった……
心底胸を撫で下ろし、俺は二人に向き直った。
「えっと……名前は、リュミエール・セレスティアルって言うらしい。リュミって呼んでほしいみたいだ」
その言葉を聞いた瞬間、クレアとシズの瞳がさらにキラキラと輝きを増した。
「私もお話ししてみたい……よろしくね、リュミ!」
「……ほんとレインばっかりずるい。よろしく、リュミ」
心底嬉しそうに優しく微笑む二人。
……だが、二人とも俺の頭上あたりの空間に向かって話しかけているので、俺としては自分の頭頂部を拝まれているようで妙な居心地の悪さがあった。
『うん、二人ともよろしくね~!』
「二人ともよろしくねって言ってるぞ」
俺がリュミの言葉を通訳すると、二人とも「キャーキャー!」と年相応の少女らしく声を上げて喜んでいた。
と、まさにその時だった。
練武場の分厚い扉が勢いよく叩き開けられた。
「やっっっと見つけましたよーーーーっ!! もうすぐ決勝戦が始まっちゃいます! 早く準備してください!!」
大会の運営スタッフが肩で息をしながら叫んでいた。
クレアの暴走とリュミとの出会いの衝撃で、俺たち三人はすっかり決勝戦の存在を忘れていたのだ。
顔を見合わせた俺たちは青ざめ、慌てて荷物をまとめ、闘技場へ向けて全力で走り出した。
通路を駆け抜けながら、ふと前を走るクレアの左腕に巻かれた痛々しい包帯が目に入る。
「クレア、本当に傷は大丈夫なのか……?」
クレアは走ったまま軽く振り返り、不機嫌そうに眉をひそめた。
「だから大丈夫っていってるじゃない! しつこいわね!」
しつこいって……俺はただ心配しているだけなのに。
それに、クレアは今までも自分の怪我や痛みを隠して無理を重ねることが何度もあったのだ。到底鵜呑みにはできない。
俺は隣を並走するシズと視線を合わせた。
シズの目には誤魔化しが一切効かない。以前もクレアの隠していた怪我の正確な状態を一目で見抜いていた。
シズも俺の不安を察したようで、走りながら鋭い視線でクレアの包帯をじっと観察した。
「……信じられないけど、問題ないと思う。……でも、さすがに万全とまではいかないみたい」
あのシズが「問題ない」と言うのであれば、ひとまず本当なのだろう。
いざとなればクレアには悪いが、俺とシズでなんとしても二連勝して優勝を奪い取るか、いざとなれば棄権してもらうという考えもあったが、その最悪の事態は免れそうだ。
……まあ、仮に「棄権しろ」と命じたところで、猛反対して暴れ出すのは目に見えているのだが。
闘技場内へ飛び出すと、観客席からのどよめきが鼓膜を揺らした。
中央では、すでにクリムゾン・クロイツの面々が、血のように赤いローブを羽織り、堂々とした立ち姿で俺たちを待ち構えていた。
俺たち三人も慌てて定位置へと向かう。
「申し訳ない、少し遅くなった!」
俺が頭を下げて謝罪すると、クリムゾン・クロイツの大将である大柄な女性が、クレアの腕の包帯に目を留めてフッと口元を緩めた。
「ふむ……遅れた理由は、その包帯のせいかな。喧嘩か特訓かは知らんが、私との戦いに水を差すような真似だけはしてほしくなかったな」
長身のルーナは、腰に手を当てて残念そうに首を振ってみせる。
するとクレアは、一切の気後れも見せずにグッと胸を張って威圧してみせた。
「大丈夫よ! むしろ、これくらいでちょうどいいハンデになるくらいだわ!」
「はっはっは! なるほど、威勢がいい!」
ルーナは豪快に笑い声を上げると、態度を和らげた。
「これは失礼した。それに、まだこの大会で戦う機会がなかったから名を知らないだろう。私はルーナ・アルカディアだ。よろしく頼む」
そう言ってルーナは大きな手を差し出した。クレアもそれに応じ、互いにしっかりと握手を交わす。
その流れにつられるように、先鋒のシャロット、副将のロザリアも、シズと俺に向かってそれぞれ手を差し出してきた。
「よろしくお願いします」
俺も一言添えてロザリアと手を握り合い、挨拶を終えて手を離そうとした——のだが。
……離れない。
ん……?
不思議に思って顔を覗き込むと、ロザリアはフードの隙間から、同性すら見惚れるような可憐で愛くるしい笑顔を向けていた。
「一回戦も二回戦も、しっかり見てたよ。……あなた、かなり強いでしょ? 試合、すっごく楽しみにしてるね」
そう優しく耳元で囁くと、ようやく指の力を抜いて手を離してくれた。
……そのあまりにも愛らしい笑顔の奥底に、底知れぬ凄まじい殺気が濃厚に込められているのを、俺の肌は確かに感じ取っていた。
互いに挨拶を済ませ、それぞれの待機ベンチへと戻っていく。
……だがその直後、俺は背後から先ほど以上の強烈な殺気を感じて冷や汗をかいた。
クレアだ。
顔はにっこりと微笑んでいるものの、目が全く笑っていない。
「……ずいぶんと楽しそうに、仲良く手をつないでいたわね?」
「い、いや! ただの握手だし! あれは向こうが手を離さなかったんだって!」
俺は必死に手を振って弁明したのだが——。
「ふん、どうだか……。相手に同情するわね、まさか他国に来て変態に粘着されることになるなんて」
クレアはそれだけ吐き捨てると、プイッと明後日の方向を向いてそっぽを向いてしまった。
……また変態扱いかよ。
俺はハァと深く肩を落とすのだった。




