第七十三話:奇行
全身を焦がされ意識を失ったルシアンが担架で運ばれていく中、アイスライト学院の面々は失意に打ちひしがれ、下を向いて重い足取りで闘技場を後にしようとしていた。
だが、ジュリアスとリリスの二人だけは、一切表情を変えることなく歩みを進めていく。
その去りゆく背中に向かって、クリムゾン・クロイツの大将を務める女性が耳をつんざく大声を張り上げた。
他の二人と比べてもひと回り以上大柄で、服の上からでもはっきりと分かるほど強者のオーラを放つ女性だ。
「ジュリアス・ファレル! いいのかこのままで! 勝敗こそ決したが、一矢報いたいとは思わんのか! 私は今からお前と戦ってやっても構わんぞ!!」
その野性味溢れる挑発に対し、ジュリアスは歩みを止めず、ただ一瞬だけ冷ややかな視線を走らせた。
だが、何ひとつ言葉を発することもなく、まるで興味を示さずそのまま姿を消した。
「チッ……つまらん男だ」
吐き捨てるように呟くと、クリムゾン・クロイツの三人も鼻で笑いながら闘技場を去っていった。
一方、闘技場観客席の最上階。
厳重な兵の警備によって守られたその場所には、たったひとつしか部屋が存在しない。
国賓を招くためだけに作られたその貴賓室は、高価な絵画や骨董品が飾られ、煌びやかな絨毯や豪奢な家具が並ぶ、まさに別世界のような絢爛さを誇っていた。
その巨大なガラス窓から、戦いの終わった静かな闘技場を見下ろすひとりの男がいた。
男の名は、ヴァルター・フォン・アイスライト。
このアイスライト王国を統べる国王である。
蒼銀の重厚な鎧を身に纏い、国色である深い青に金の刺繍が施された豪奢なマントを羽織ったその体は、一国の王でありながら歴戦の猛者と言っても差し支えないほどに逞しく鍛え上げられていた。
「まさか、アイスライト学院まで敗れるとはな……我が国の未来は大丈夫なのか?」
深く重々しい声で、王は背後に控える臣下たちへと尋ねた。
「も、申し訳ございません、王よ! 早急に各校の教育課程を見直し、強化策を講じます!」
側近の男が汗を拭いながら深々と頭を下げる。だが、王の険しい表情は晴れない。
「その程度で変化があれば苦労はない……」
納得のいっていない王に向かい、もうひとりの老兵が言葉を挟んだ。
「しかし王よ、今回は我が国の至宝と名高いジュリアス・ファレルが敗れたわけではございません。それにアイスライト学院には、今回は出場を見送ったエーベル=ランディルも控えております。さらにフロストハイムの大将も出番のないまま大会を去っただけにすぎませぬ」
「ふむ……ファレルとランディルの息子か。……ならば次大会からは、大将まで出番が回る『勝ち抜き戦』にルールを改めるべきだな。どっちにしろ今大会は最低の結果だ。まさか他国の新設校に、我が名のついたアイスライト杯を奪われることになるとは」
不機嫌そうに吐き捨てると、王は部屋で最も豪華な革張りの椅子へと腰を下ろした。
「……決勝はハンター代表とクリムゾン・クロイツか。それにしても、あのハンター代表が残るとはな。……ふん、決勝ぐらいは見届けてやるか。ルビナリアの連中に優勝カップを渡すくらいなら、我が国のハンターどもに持っていかれた方がよっぽどマシだ」
多忙を極める国王は、フロストハイムやアイスライトのような優勝候補の試合しか観戦せず、その他の時間は持ち込んだ雑務をこなしていたため、これまでのハンター代表の試合を一切見ていなかったのだ。
当然、これまでの歴史におけるハンター代表の酷い戦績から、期待など皆無に等しかった。
……そして、俺たち三人は決勝戦までの待ち時間を、あてがわれた控室でそれぞれの形で過ごしていた。
決勝進出にともない、クリムゾン・クロイツとは別の個室が用意されたため、部屋の中には俺とクレアとシズの三人だけだ。
クレアは準決勝で出番がなかった不完全燃焼のエネルギーを吐き出すように、例の模造刀をひたすら振り続けている。
シズも珍しく目を開けたまま、膝を抱えてじっと集中しているようだ。よほどあのクリムゾン・クロイツの魔法が気になっているらしい。
俺からしてみれば、確かに威力は凄かったが……普通に自分でも使える魔法だし、そこまで特別なものには感じなかったんだけどな……
俺もじっとしているのが暇になったので、部屋の隅で魔法の練習を始めることにした。
かと言っていつもの調子で魔法を唱えれば、魔力を抑える腕輪を付けているとはいえ、この部屋を一瞬で水浸しにするか、焼き尽くしてしまう。
だが最近、こんな俺でも室内で安全に練習できる画期的な魔法があることに気づいたのだ。
俺は右手を突き出し、そっと呟く。
「——【ストーン・クリエ】」
本来は建材や投石に使うための、ごくごく初級の土魔法だ。
頭の中でイメージしたのは、手のひらにちょこんと乗るくらいの小さな石。
しかし、手の平の先から現れたのは、予想通り俺の膝まで届くようなサイズの巨大なゴツゴツとした岩石だった。
……腕輪で魔力を抑え込んでいてこれである。
だが、この魔法ならどれだけ失敗しても石が室内に増えて邪魔になるだけで、誰も傷つけないし部屋も破壊しない。
俺は何度か同じ魔法を唱えてみたが、案の定、部屋の隅に同じサイズのデカい岩が四個、五個と増えていくだけだった。
「……ハァ」
落ち込む俺の様子を、素振りを止めたクレアがジト目で見ていた。
「あんた……本当に魔法に関しては全然成長しないわね」
「俺だって、頑張って抑えようとしてるんだよ……。そういうクレアはどうなんだよ」
俺が少しすねて言い返すと、クレアは一転して誇らしげな笑みを浮かべ、指を三本立ててみせた。
「フフン! 聞いて驚きなさい! 私、ウォーターを連続で三回まで打てるようになったわ!」
「えっ!? ほんとに!?」
以前は一回撃っただけで魔力切れを起こし、その場にバタリと倒れてしまうほどの極小魔力量だったはずだ。
それがわずか二週間ほどで、なんと三倍の成長!?
驚いて思わずシズの方を見ると、こくりと頷いた。
「……本当。暇さえあればずっと魔法の練習してる。私も付き合わされて、お昼寝の時間が減ってる……」
めんどくさそうに首を振るシズに対し、クレアは顔を真っ赤にして慌てて手を振った。
「ちょっとシズ! 余計なこと言わなくていいのよッ!」
……クレアは着実に、泥臭く努力を重ねて強くなっている。
それに比べて俺は……こんなことじゃ、クレアを追い越して思いを伝えるなんて夢のまた夢だ……。
俺が思い悩んでいると、俺と積まれた岩を交互に見つめていたクレアが、何かを閃いたように声を上げた。
「そうだわ! レイン、私に向かって魔法を打ちなさいよ!」




