第七十一話:赤の舞
通路の途中で俺に散々文句をぶちまけていたクレアだったが、観客席へ戻り、闘技場の中央で両校の選手が並び立つ姿を目にすると、一転してその表情を険しく引き締めた。
場内は、先ほどの第一試合とは比べるもないほどの緊張感に包み込まれていた。
王国側の学校が次々と敗退を喫し、もはやアイスライト王国の誇りと威信は、このアイスライト学院の肩にすべて重くのしかかっている状態だ。
そこへきて、一回戦で見せつけられたクリムゾン・クロイツの圧倒的かつ残虐な戦いぶり。普通の学生であれば、恐怖で身体が萎縮してしまっても無理はない。
現に、闘技場の中央でクリムゾン・クロイツの先鋒——シャロット・アルカンシェルと対峙しているアイスライト学院の1年生優勝者、シリア=グリッドは、明らかに落ち着きをなくしていた。
美しく洗練された佇まいの少女ではあるが、右手に握られた片手剣の先が、かすかに震えているのを俺は見逃さなかった。
対照的に、後方で待機するルシアンやジュリアスといった上級生たちは、さすがというべきか実に不気味なほど落ち着き払っていた。
ルシアンに至っては、退屈そうに大きな欠伸を噛み殺しており、そこには緊張感など微塵も感じられない。
『アイスライト杯準決勝・第二試合——アイスライト学院対、クリムゾン・クロイツ騎士学校! 第一試合・先鋒戦——試合開始!』
審判の甲高い叫びとともに、両者の身体が動いた。
開始と同時に先手を取ったのは、意外にも怯えていたはずのシリアだった。
恐怖を振り払うかのような鋭い踏み込み。得意のスピードを最大限に活かし、流麗な剣筋で片手剣を煌かせる!
……だが、クリムゾン・クロイツのシャロットは、武器すら手にしていなかった。
手ぶらのまま、舞い踊るような最小限の身体捌きで、シリアが放つ怒涛の連撃を掠めさせることすらなくひらりと交わしていく。
そして——シリアが勝負を賭けて放った、上段からの渾身の一撃。
シャロットはその刃を紙一重で身を翻してかわすと、空を切ったシリアの無防備な側腹部へ、旋風のごとき強烈な回し蹴りを叩き込んだ!
「がはっ……!?????」
痛烈な打撃音が響き渡り、シリアの身体は闘技場の後方へと吹き飛ばされた。
地面をゴロゴロと転がり、ピクリとも動かなくなる。
シャロットは追撃の手を緩めず、一回戦で見せたあの不気味な炎の刃を空中に幾重にも発現させ、倒れたシリアへ向けて一斉に放とうとした——その瞬間。
「そこまでっ! シリア=グリッド戦闘不能! 勝者——クリムゾン・クロイツ、シャロット=アルカンシェル!」
判定を下した審判が必死の様相で間に割り込む。
あまりにも呆気ない幕切れ。シャロットは不完全燃焼に納得がいかなかったのか、審判に向かって何やら喚き散らしながら、吐き捨てるように闘技場を降りていった。
「……すごいな。魔法だけじゃなくて、あのレベルの体術までこなすのか……」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。正直、あの先鋒の少女すら強さの底が見えない。
決勝でシャロットと当たるのはシズだ。
また前のように一秒で棄権するのかは分からないが……ふと隣を見ると、今のシズはどこか様子がおかしかった。
いつもなら眠そうに船を漕いでいるはずのシズが、微動だにせず、鋭く澄んだ瞳でじっとコートを見つめている。
「ハァ……情けないわね。先鋒が蹴り一発で沈むなんて」
クレアが溜息をつきながら呆れたように吐き捨てた。
俺は再び闘技場へと視線を戻す。
またしても初戦を落とし、後がなくなったアイスライト学院。だが、彼らの陣営に悲壮感は皆無だった。
ルシアンとジュリアスの二人には、自分たちが負けるはずがないという絶対的な自信が満ち満ちている。
……次の副将戦、勝った方が俺の直接の対戦相手だ。
じっと座って観客席から眺めているだけでは、居ても立ってもいられなくなった。
「クレア、シズ。俺、ちょっと近くで見てくる」
「えっ? ちょっとレイン……!」
背後で呼び止めるクレアの声を後に、俺は選手と関係者だけが入ることができる一階の観覧席、闘技場を目と鼻の先で一望できる絶好の場所へと駆け下りた。
中央では、アイスライト学院副将のルシアン=エデルガルドと、クリムゾン・クロイツ副将のロザリア=フリートが、ちょうど静かに対峙したところだった。




