第七十話:不意打ちの岩
『大変お待たせいたしました! アイスライト杯準決勝・第一試合——セルリアン学院対ハンター代表の試合を開始いたします!』
場内に高らかなアナウンスが響き渡る。
先ほど見せつけられたクリムゾン・クロイツの異常な戦いぶりに闘技場全体がまだざわつくなか、先鋒戦のコールを受けて闘技場の中央へ進み出たのはシズだった。
だが、当のシズは先ほどから何かを考えている様子で、うつむいてブツブツと独り言を呟きながら、フラフラと適当な位置で足を止める。
対戦相手のセルリアン学院の先鋒は、すでに剣を構えて準備万端といった体勢だ。
しかし、目の前のシズが自分を一切見ようともせず、心ここに在らずといった体で立ち尽くしているため、あからさまに苛立ちを募らせて眉をひそめていた。
……まあ、どうせ今回も試合開始と同時に『参りました』って棄権するんだろうな。
前回の戦いを思い出して俺があまり気にも留めずに見守っていると、隣のクレアが我慢できなくなったように叫んだ。
「シズ~! 試合始まるわよ~! 集中しなさいッ!」
その甲高い声援にハッとしたように肩を跳ねさせ、シズがパッと前を向く。
その瞬間に——試合開始の合図が響き渡った。
「舐めるなよ、小娘がぁぁぁっ!」
シズの隙だらけの佇まいにブチギレた相手が、怒号を上げながら一直線に突っ込んでくる。
正面から迫る剣士に対し、シズはただ無表情のまま、スッと右手を真っ直ぐに突き出した。
「——【ストーン・キャノン】」
シズの掌の前方に突如として出現したのは、拳ほどもあるゴツゴツとした岩石の群れ。
それが十数発、凄まじい風切り音を立てて高速で相手へと射出された。
「なっ、ぐおっ!?????」
突進していた相手は慌てて足を止め、剣を振り回して岩を弾いてやり過ごそうとする。
しかし、あまりに密度が高く高速な岩の連打を捌ききれるはずもない。
痛烈な打撃音が響き、足や腕へ容赦なく岩弾が叩き込まれる。そしてついには、そのうちの一発が相手の額をダイレクトに撃ち抜いた。
ドサッ……。
脳震盪を起こした男は白目を剥き、剣を手放してそのまま後ろに崩れ落ちた。
『勝者——ハンター代表、シズーーーっ!!』
場内に呆気にとられた勝ち名乗りが上がる。
シズは一瞬だけ倒れた相手を見下ろすと、またいつものようにトボトボとした足取りで俺たちの元へと戻ってきた。
俺は思わず苦笑いを浮かべながら声をかける。
「シズ、この大会は戦わないんじゃなかったのか?」
「……いきなり、目の前に剣を構えた男が走ってきてビックリしただけ」
淡々とそう応えるシズの表情からは、「ビックリした」という感情など一微塵も読み取れなかった。……まあ、これがシズなのだと妙に納得してしまう自分がいる。
「よし、じゃあ次は俺の番だな」
腰に差していた漆黒の片手剣を鞘から引き抜いた。
「あら、今回は魔法じゃなくて剣を使うのね?」
クレアが少し意外そうに声をかけてくる。
「あぁ。実践で剣を使った経験ももっと積んでおきたいからな」
俺がニッと笑ってみせると、クレアは腕を組んで不敵に口元を吊り上げた。
「へえ? そんな余裕を見せて、もし負けたりしたら盛大に笑いものにしてあげるわよ」
相手は二年生の年上だが、先ほどの一回戦の戦いを見ている限り、正直言って魔法を使わずとも負ける要素は皆無だと感じていた。
中央へと向かうと、目の前には俺と同じくらいの背格好をした男が、片手剣を構えて待っていた。
セルリアン学院の副将だ。先鋒が倒され、もう後がないという絶望感からか、その顔は必死の形相に引きつっている。
『第二試合・副将戦——試合開始!』
合図と同時に、相手は捨て身の覚悟で猛然と斬りかかってきた。
鋭い踏み込みから繰り出される連続の斬撃。
だが——俺にはその動きが恐ろしいほど緩慢に見えた。
俺は漆黒の剣の腹で、相手の剣筋を最小限の動作で軽くいなしていく。
エーベルのような目にも留まらぬ速度もなければ、クレアのような大気を揺らす力強さもない。あまりにも凡庸な剣技だった。
どれだけ必死に剣を振るっても一向に手応えが得られない焦りからか、相手の振りは次第に大きくなり、踏み込みが雑になっていく。
俺はその瞬間を見逃さなかった。
相手が大振りの上段から振り下ろしてきた剣筋を、すっと半身を引いて滑らせるように逸らす。
バランスを大きく崩し、がら空きになった男の首元へ——俺は即座に剣を一閃させた。
首を跳ね飛ばすほんの数ミリ手前で、俺はピタリと剣を止めた。
首筋に冷たい刃を突きつけられた男は、頭上から冷や汗をダラダラと流し、恐怖で全身を硬直させている。
「……まだ、続けるか?」
静かに問いかける俺に対し、男は絶望に満ちた表情で力なく手から剣を落とした。
「……こ、降参だ……っ」
小さな声で敗北を受け入れる言葉が漏れる。
『勝者——ハンター代表、レインーーーっ!! 二連勝により、ハンター代表の決勝進出が決定いたしましたーーーっ!!』
アナウンサーの興奮した叫びが響き渡る。
ノーマークだったハンターの寄せ集めチームが、よもや決勝まで勝ち残るなど誰も予想していなかったのだろう。
観客席からもどよめきと大きな拍手が送られた。
俺は剣を腰の鞘へ納めると、爽快な気分でクレアとシズの下へ戻っていった。
完勝だったし、クレアに少しは褒めてもらえるかな。
期待に胸を膨らませてクレアの方を見やった俺だったが——。
「つ、つ……っ!!????」
そこにいたクレアはワナワナと身体を震わせ、プルプルと震える指先で自分自身を指さしていた。
「な、なに……? クレア、どうしたんだ?」
「……私の番はぁぁぁぁぁっ!?????」
爆発したクレアの怒号に揺れる。
「あんたたち二人で勝ち決めちゃったら、私の出番がないじゃないのよ!!」
「い、いや! 団体戦なんだからしょうがないじゃないか」
負けたら負けたで文句を言うくせにどうすればいいんだと理不尽に思う。
「うるさいわね! 私のこのたぎったやり場のない気合いはどうすればいいのよ!!」
怒り狂うクレアを必死になだめながら、俺たちは次の準決勝第二試合——アイスライト学院対クリムゾン・クロイツの戦いを見守るため、観客席へつながる通路を慌ただしく歩いていくのだった。




