第六十九話:深紅の異分子
「……ちょっとレイン、なんであんたまでニヤニヤしてるのよ! 冗談じゃないわよ本当に!」
顔を真っ赤に熟れさせたクレアの抗議を受けながら、俺たちは観客席へと戻ってきた。『彼氏』という単語一つであそこまで取り乱すとは……そこまで全力で否定しなくてもいいのに、と落ち込んでしまう。
戻ってきた俺たちの尋常じゃない雰囲気を察したのか、トール、グラッド、リリーの三人が心配そうに駆け寄ってきた。
「おい、二人とも大丈夫か? 先輩たちと何かあったのか?」
「……ごめん、ちょっと向こうの奴らに宣戦布告してきた」
「お前なぁ……」
俺のあっけらかんとした報告に、グラッドは呆れたように大きく首を振った。
ふと隣を見ると、シズはすでに限界を迎えたらしく、お昼寝の真っ最中だった。椅子に座ったまま船を漕ぎ、首がコクンコクンと大きく揺れて今にも横へ倒れそうだ。
『大変お待たせいたしました! 続きまして、アイスライト杯第一回戦・第四試合——前年度優勝校【フロストハイム学園】対、【クリムゾン・クロイツ騎士学校】の試合を開始いたします!』
場内アナウンスが響き渡り、両校の選手たちが闘技場へ進み出てくる。
フロストハイムの青と白を基調とした鎧姿に対し、対戦相手の生徒たちは目を引くような血のように鮮やかな真っ赤なローブを身に纏っていた。フードで顔はよく見えないが、全員が女性のようだった。しかも人数は3人だけ。
「なぁトール、あのクリムゾン・クロイツって学校、強いのか? 俺はあんまり聞いたことがないんだが……」
「いや、俺も聞いたことがないんだよな……」
トールが不思議そうに首をひねった、その時だった。
「……クリムゾン・クロイツ。たしか、隣国のルビナリア連邦にある学校。しかも、去年新設されたばかりのはず」
いつの間にか目を覚ましていたシズが、淡々と呟いた。
「シズ、相変わらず何でも知ってるな……」
感心しつつも、俺の頭には新たな疑問が浮かぶ。
伝統あるアイスライト王国の大会に、なぜ隣国の新設校が出場しているのだろうか?
俺の疑問を汲み取ったかのように、場内アナウンスが補足を入れた。
『今大会は、我がアイスライト王国と数少ない同盟国であるルビナリア連邦との親睦をより一層深めるため、国王陛下の特別なお計らいにより、クリムゾン・クロイツ騎士学校の皆様を特別招待選手としてお招きしております!』
「親睦……」
アナウンスを聞いたシズが、珍しく鋭い眼光でコートを見つめながら反応した。
「……ただの親睦のために伝統ある大会へ他国を招待するはずがない。……おそらく、アイスライトの圧倒的な強さを見せつけるための『生贄』。だからこそ、初戦に前年度優勝校のフロストハイムをぶつけた。……でも」
シズが何かを言いかけた、まさにその瞬間——。
『第一試合・先鋒戦——試合開始!』
試合が始まった。
そして——あまりにも呆気なく、そして惨劇のような幕切れが訪れた。
試合開始の合図と同時に、クリムゾン・クロイツの先鋒が放ったのは、炎で作られた無数の刃。
フロストハイムの先鋒はいくつかの刃を自身の剣で叩き落すが、やがてそれも間に合わず全身を魔法の刃で切り裂かれ、血を噴き出し、気を失い倒れた。
『な……っ!? 勝者、クリムゾン・クロイツ、シャロット=アルカンシェル!』
フードがはだけ、長い赤い髪が露わになっている。
静まり返る場内。続いて行われた副将戦も、全く同じ惨状を辿った。
襲いかかる大剣の斬撃を軽々と魔力を纏った素手で受け止めたクリムゾン・クロイツの副将が、至近距離から爆炎の魔法を叩き込んだのだ。爆風により、フードから柑橘色の短い髪がのぞいた。
全身を猛火で焼かれた副将が絶叫をあげて転がり、駆け寄ってきた救護班が必死の様子で消火と手当てにあたっていた。
先鋒戦、副将戦ともに——試合時間はわずか1分すら経っていなかった。
『勝者——クリムゾン・クロイツ、ロザリア=フリート!! 2対0の圧倒的ストレート勝ちで二回戦進出です!!』
場内は歓声どころか、異様な恐怖と困惑に包まれ、静まり返っていた。
「お、おいおいマジかよ……っ!???? あいつら、去年の優勝校だぞ……!?」
グラッドが顔を青くして驚きを隠せないでいる。
リリーもその惨状に恐怖し、トールの腕にぎゅっと抱きついて震えていた。
「……もしかしたら、私たちの相手はアイスライト校ではなく……あのクリムゾン・クロイツになるかもしれないわね」
クレアが腕を組み、いつになく真剣な眼差しで真っ赤なローブの集団を見下ろしながら呟いた。
いくらジュリアスが個人として圧倒的な強さを誇っていようと、この大会は『団体戦』だ。
大将であるジュリアスが出る前に、先鋒と副将がこうも呆気なく惨敗してしまえば、アイスライト学院の敗退はその時点で決定してしまう。
ふと隣を見ると、いつも眠そうにしているシズが珍しく集中した様子で闘技場を見つめていた。
「……あの炎……不自然……魔力が……」と、ずっと小さな声でブツブツと独り言を呟いているのが妙に気にかかる。
異様な熱気と動揺が場内に渦巻く中、間もなく俺たちの準決勝が始まる時間となった。俺たちは緊張感を持ち直し、重い足取りで再び闘技場へと移動を始めたのだった。




