第六十八話:暗い通路の衝突と赤面する少女
激しい鼓動を打つ胸を押さえながら、俺は控室へと続く薄暗い通路へと飛び出した。そこへ丁度、闘技場から戻ってきたアイスライト学院の五人と正面から鉢合わせになった。
俺の突飛な行動に驚き、後ろから追いかけてきたクレアも、俺の隣で足を止める。
視線の先には、一年のグリモアとシリア。二年のルシアン。そして、三年のジュリアス。もう一人は俺たちの知らない女性だった。小柄で華奢な佇まいでありながら、自分の背丈ほどもある頑丈で巨大な大盾を背負っているのが妙に印象的だった。
「……この役立たずが! ジュリアスさんの手を煩わせるんじゃない! 学院の面に泥を塗りやがって、この恥さらしがっ!」
ルシアンの鋭い怒号が響き渡る。試合で負傷した左肩をかばい、痛みに耐えながら歩いていたグリモアは、先輩からの容赦ない威圧に縮こまり、怯えたように肩を震わせていた。
……学院のために、身体を張って戦った仲間に対して、心配や労いの言葉ひとつないのか……?
理不尽なまでの空気に不快感を募らせながら、俺は立ち止まり、彼ら五人の前に堂々と立ち塞がった。
背後でクレアが「ちょっとレイン、どうしたのよ急に……」と不安そうに俺の服の裾を引っ張る。
立ち塞がった俺たちにルシアンが、不機嫌そうに眉をひそめた。
「なんだお前らは。たしか、ハンター代表の連中じゃないか。……邪魔だ、そこをどけ」
ゴミでも見るような視線で俺たちを睨みつけてくる。すると、その後ろでグリモアが、俺たちの顔を見てハッと目を見開いた。
「ル、ルシアン先輩……! こいつら、元アイスライト学院の一年ですよ! 例の事件で退学処分になった、レインとクレアです!」
「あぁ……なるほど」
グリモアの報告を聞いたルシアンは、まるで値踏みでもするかのように、頭からつま先まで俺たち二人を品定めするように見つめた。
「あの一時噂になっていた、犯罪者の血を引く息子と、貴族位を剥奪された女か。……ハッ、今更何の用だ? 勝者である我々に、激励にでも来てくれたのか?」
ニヤリと、意地の悪そうな歪んだ笑みを浮かべるルシアン。
だが、俺は怯むことなく、その視線を真っ向から見返した。そして、頭を深々と下げて見せると、口元に薄い笑みを浮かべた。
「いえ……以前、ジュリアス先輩のお父様であられる、レオナルド=ファレル様には『大変なお世話』になりましたので。そのご子息へ、一言ご挨拶でもお伝えしようかと思いまして」
頭を下げつつも、上げる瞳には鋭い敵意と挑戦的な色を隠そうともしなかった。
後ろに立っていたジュリアスは、俺の嫌味に対しても特に表情を変えることなく、低く洗練された声で淡々と応じた。
「……随分と父を恨んでいるように見えるな。だが、あれは国と法が下した正当な裁定だ。私に恨みを向けるのはお門違いというものではないか? それに、私自身には一切関係のない話だと思うのだがね」
少しも表情を崩さず、事もなげに問いかけてくるジュリアス。
……あぁ、分かっているさ。
ジュリアスの言う通りだ。これは俺の勝手で醜い怨恨であり、ただの憂さ晴らしに過ぎない。だが——この男の鼻を明かしてやらなければ、俺の気が済まないのだ。
「ええ、おっしゃる通りです。……ですが、これだけは言っておきたかったんですよ」
俺は笑みを深くし、ハッキリと言い放った。
「決勝まで、無事に上がってきてくださいね。そうすれば、うちのクレアが貴族位を剥奪されたのがとんでもない間違いであったと、国のお偉い方々に証明してくれますよ。……ジュリアス先輩、あなたの生涯初の黒星と共にね」
俺の煽りを聞いたジュリアスは、一瞬の静寂の後、くっくと静かに肩を揺らして笑った。
「ははっ……威勢よく何を言うかと思えば。自分自身の手ではなく、女の威を借りて挑発してくるとは……呆れた男だな」
ジュリアスの嘲笑に調子を良くしたように、盾を持つ女性生徒以外のメンバー——ルシアンやグリモアたちが、一斉に俺を馬鹿にしたような下品な笑い声を上げた。
だが——その嘲笑を突っぱねるように、凛とした澄んだ声が割り込んだ。
「しょうがないじゃない。私が大将なんだから!」
クレアが俺の前へ踏み出し、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「副将のレインには、あなたで我慢してもらうわ。……ジュリアス先輩はそれなりに歯ごたえがありそうですけれど、ルチアンさん? あなた、レインが相手じゃ10秒も持ちそうにないわね」
クレアはルシアンを小馬鹿にしたような表情で見下ろし、ニッと煽るような笑みを向けた。
「なっ……! 貴様、俺の名前はルシアンだ!!」
ルシアンは屈辱と怒りで顔を真っ赤にし、全身をプルプルと震わせた。
「いいだろう、覚悟しておけ落ちこぼれども……! 決勝の舞台では、お前の目の前で彼氏を惨殺し、細切れに切り刻んでやる姿を見せてやる!!」
吐き捨てるように捨て台詞を残すと、ルシアンを先頭にアイスライト学院の五人は、俺たちを威圧するように横をすり抜け、通路の奥へと立ち去っていった。
……嵐のような緊張感が去り、俺は突然飛び出してしまったことを謝ろうと、隣のクレアの方を振り返った。
「クレア、ごめんな……俺、頭に血が上って——」
「つっ……!!????」
しかし、そこにいたクレアは謝罪を聞くどころではなかった。顔をリンゴのように真っ赤に染め上げ、恥ずかしさのあまり身体をプルプルと震わせている。
そして、曲がり角へと消えていくルシアンたちの後ろ姿に向け、か細くも必死な大声を張り上げた!
「か、彼氏じゃないわよっ! そこは訂正しなさいーーーッ!!」




