第六十七話:零の男
「お前たちの戦っている姿は初めて見たが……なるほど、さすがはAランクハンターといったところだな」
控室へ続く廊下に差し掛かると、壁に背を預けて腕を組んでいたギルドマスターのマーシャルが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて出迎えてくれた。
そして、俺たちの後ろで欠伸をしながらトボトボ歩くシズへと視線を向けると、苦笑しながら声をかける。
「シズ、お前ももう少しやる気を出せ。いくらなんでもギルドマスターとして胃が痛くなる」
「……省エネ」
シズは短くそう呟くと、ぷいっと横を向いてしまった。
「マーシャルさん、これでひとまず20万ピア上乗せですね」
「……あぁ、分かっているさ」
俺の軽口に、マーシャルは露骨に顔をひきつらせた。
俺たちはそのまま控室で休むのではなく、他校の実力を自分たちの目で推し量るため、二回戦以降の対戦相手を見るべく観客席へと向かった。
観覧席へ出ると、待っていたグラッド、トール、リリーの三人がパッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「一回戦突破おめでとう、二人とも! いやー、レインも凄かったけど、クレアのあの煽りと一撃は最高にスカッとしたぞ!」
「……ふん、当然の成果よ。あんなところで躓いているようじゃ、優勝なんて口にできないわ」
グラッドの祝福に対し、クレアは腕を組んでフンッと鼻を鳴らした。口ではそう強がりつつも、嬉しさを隠しきれずに口元がわずかに緩んでいるのを俺は見逃さなかった。
やがて場内アナウンスが響き、俺たちの次の対戦相手を決める第二試合が始まった。
『セルリアン学院』対『ヴァルハイト練武校』
両校ともに魔法を苦手とするアイスライトのスタイルらしく剣、槍、そして素手による戦いが激しくぶつかり合う泥臭い肉弾戦が繰り広げられた。
結果は2対1でセルリアン学院の勝利。
……だが、観客席から見守っていた俺たちの感想としては、特に特筆すべき点もない戦いだった。
鋭い踏み込みや重い一撃はあるものの、普段からBランク以上の凶悪な魔物と死闘を演じている俺たちからすれば、脅威を感じる要素は皆無だ。
「……去年、一回戦敗退同士の学校」
シズがポツリと呟いた通り、互いに決め手に欠けるどんぐりの背比べのような試合だった。これなら二回戦も問題なく突破できるだろう。
そして——いよいよ大会の目玉でもある第三試合が始まった。
『アイスライト学院』対『グレイシア学院』。
グレイシア学院も去年は一回戦で敗退した下位校であり、誰もがアイスライト学院の圧勝を疑っていなかった。
しかし——試合開始早々、闘技場に激震が走る波乱が起こった。
『な、なんとぉーーーっ!? アイスライト学院の先鋒、グリモア=マイコン選手、痛恨の敗北ーーーっ!!』
観客席からどよめきが湧き上がる。
先鋒戦に出場していたのは、学院の一年生評価で第5位だった男、グリモアだった。相手の意表を突く槍の突きに反応しきれず、まさかの初戦敗退を喫したのだ。
「おいおいマジかよ……グリモアの奴、あっさり負けやがったぞ」
グリッドも驚きを隠せないようだ。
「トール、なんでグリモアが出てたんだ? 一年生の優勝者って、確か別の人だったよな?」
俺が尋ねると、トールが苦い顔をしながら、
「うん。確かに一年生の学年予選で優勝したのは、シリア=グリッドっていう女生だ。……もっとも、彼女の優勝は予選の準決勝と決勝がどちらも相手の『不戦敗』っていう、なんとも後味の悪い不名誉な優勝だったんだけどね。たぶん格下相手だと思って、先鋒にグリモアを出して温存しようとしたんだろうね」
だが、これによりアイスライト学院は一気に後がなくなった。
クレアが冷ややかな視線をコートへ向ける。
「一回戦敗退なんてことになったら、過去の歴史で一度もない大汚点よ……。アイスライト学院の名門としての威厳が崩れ去ってしまうわ」
それを聞いたリリーが声を絞りだす。
「でも、これでアイスライトは、学院最強の二人を出してくるはず」
俺が決勝で当たるかもしれない相手だ。自然と緊張感が体をめぐる。
続く副将戦。負けが絶対に許されなくなったアイスライト学院から姿を現したのは、二年生予選の優勝者、ルシアン・エデルガルドだった。
しなやかな体躯に、身の丈を超える長槍を携えたルシアンは、先ほどまでの醜態を払拭するかのような洗練された槍術を展開。一切の苦戦を強いることもなく、圧倒的な間合いの支配力で相手を追い詰め、相手選手の途中棄権によってあっさりと一勝を勝ち取った。
たしかに強かった。しかし、もちろん全力ではないのだろうが、正直俺には脅威というものを感じなかった。エミリーさんのスピードには遠く及ばず、クレアの剣を振る圧力も感じない。俺が剣のみで戦えば互角かもしれないが、俺には魔法がある。
勝負の行方は、すべてを決定付ける大将戦へ。
そして——闘技場の中央へ、ゆったりとした足取りで一人の男が現れた。アイスライト学院の三年生優勝者——ジュリアス・ファレル。
その洗練された佇まい、そして審判が読み上げたその名を聞き、その姿を見た瞬間、俺は頭を殴られたような衝撃を受け、思わず観客席からガバッと立ち上がっていた。
「まさか……っ!????」
「……気づいたか、レイン」
突然立ち上がった俺の反応を見て、グラッドが重々しい声で語りかけてきた。
「あいつは……ジュリアス・ファレル。クレアや、お前にとっての宿敵の相手……あのレオナルド・ファレルの実の息子だ」
胸の奥が、冷たい感情で塗りつぶされていく。
レオナルド・ファレル。
クレアから地位や土地を奪った貴族の血を引く男——。
「ジュリアスはな……学院創設以来、もっとも才能に恵まれた男と評されている。校内での試合はもちろん、他校との対外戦を含めても生涯無敗の記録を更新し続けている。……去年のアイスライト杯でも、圧倒的な力で優勝を果たしたフロストハイム学園に対し、唯一副将として白星を挙げた怪物だよ。ついた二つ名は『零』。やること全部一位だからさらにその上ってことらしいぜ」
グラッドの説明を聞くまでもなく、その男が纏う空気だけで理解できた。静寂を身に纏い、一切の無駄がない立ち姿。右手には、美しく繊細な装飾が施された一振りの片手剣が握られている。
『それではアイスライト杯第一回戦・第三試合、大将戦——試合開始!』
試合は——本当に一瞬だった。
玉砕覚悟で、全身の威力を込めて突っ込んだグレイシア学院の大将。だが、ジュリアスは表情一つ変えず、ただ静かに一歩だけ半身を引いた。
一筋の閃光。
静かに放たれた一閃が、相手の胸元を深く切り裂いた。
「ガッ……!????」
鮮血が豪快に舞い散り、白刃の残光が消えるよりも早く、相手の巨体がドサリと地面へ倒れ伏した。
ピクリとも動かない。
「ヒッ……!? きゅ、救護班! 直ちに救護班をーーーっ!」
審判の悲痛な叫びとともに、青ざめた救護班が雪崩のようにコートへ飛び出していく。
だが、当のジュリアスは倒れた相手に一瞥すら送らず、鮮血を纏った剣を一振りし、優雅に鞘へと納めると、何事もなかったかのように静かな足取りで闘技場を降りていった。心配する素振りも、勝利の喜びすらもない。ただ作業を終えたかのような冷酷さだった。
『勝者——アイスライト学院、ジュリアス・ファレル!! 二回戦進出はアイスライト学院です!!』
場内はその勝ちっぷりへの歓声と、勝ち名乗りが響き渡る。
だが俺の耳には、その歓声すら届いていなかった。
胸の中で激しく渦巻く衝動に突き動かされるように、ジュリアスへ向かって、がむしゃらに駆け出していた。




