第六十六話:一分の余興
「さあ、いよいよ大将戦ね!」
闘技場の中央へ進み出たクレアは、木刀を右手に軽く持ち、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた。姿勢を崩さず、まるで散歩でもするかのように優雅で、それでいて隙のない独特の半身の構えをとる。
対するコールドル校の大将——三年生のオーガストは、先ほどの中堅戦でモリーが一瞬で沈められたせいか、顔を真っ赤にして苛立ちを隠そうともしていなかった。身の丈ほどもある大剣を担ぎ、クレアを殺気立った眼光で睨みつけている。
『両チーム一勝一敗で迎えた最終戦! 勝ったチームが準決勝進出となります! それでは大将戦——ハンター代表クレア選手対、コールドル校・オーガスト選手! 試合開始!』
審判のコールが闘技場に鋭く響き渡った。
その瞬間——クレアが口を開いた。
「ハンデよ! 十秒間、私は一切攻撃しないから自由に攻めてきなさい!」
闘技場全体に通り抜けるような大声で、堂々と放たれた煽り文句。
「あ、あいつ……実力も分かってない三年生相手に何言ってるんだよ!?」
俺はベンチで思わず頭を抱えた。相手は去年の準優勝校で大将だぞ!?
隣のシズを見ると、「……何言ってるの」と言いたげに、深く溜息をついて首を振っていた。
クレアの煽りを聞いたオーガストの顔からは激怒で青筋が浮き出た。
「ふざけた真似を……っ! 後悔しても知らんぞ、小娘がぁぁぁぁっっ!!」
オーガストが地響きを立てて突進した。重圧を伴う大剣の一撃が、クレアの首元を刈り取らんと横薙ぎに襲いかかる!
鋭い衝撃音。しかし、クレアは手にした木刀の腹で、オーガストの大剣の軌道をわずかに受け流し、軽やかにステップを踏んでかわしてみせた。
「一秒!」
「舐めるなァッ!」
オーガストは激昂し、縦横無尽に大剣を振り回す。上段からの振り下ろし、足元を狙う払い、突き——怒涛の連続攻撃。だが、その全てがクレアの身に掠りもしない。
紙一重で身体を捻ってかわすか、木刀で最低限の力で受け流すのみ。オーガストは踏み込みのタイミングをずらしたり、フェイントを混ぜたりと様々な工夫を凝らして攻め立てるが、クレアはまるで未来が見えているかのように意に介さない。
「五秒! 七秒! はい、十秒経過~!」
「こんなもんじゃないでしょ、攻めてきなさいって! ほらほら、どうしたの!?」
十秒を超え、二十秒を超え、三十秒が経過した。そして一分。
オーガストの息が急速に荒くなっていく。全力の振りを一分以上も連続で叩き込み続けた結果、彼の筋肉は限界を迎え、大剣の先端が重そうに地面へと落ちた。肩を激しく上下させ、滝のような汗を流しながらクレアを睨みつける。
「ハァ……ハァ……っ、くそっ……!」
「……えっ? もう終わり? 体力ないわね」
クレアは呆れたように肩をすくめると、木刀を持ち直し、すっと上段に構えた。
「じゃあ——私の番ね」
次の瞬間、クレアの姿が消えた。
目にも留まらぬ踏み込みから一閃された木刀が、オーガストの脳天を正確に撃ち抜く。
激しい衝撃音が響き、オーガストは一切の反撃も叶わぬまま、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、白目を剥いて倒れた。
『勝者——ハンター代表、クレア選手ーーーっ!! 一回戦突破はハンター代表チームです!!』
審判が叫んだ瞬間——。
『うおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!』
俺の勝利の時とは比較にならないほどの、爆発的な大歓声と喝采が会場全体を揺らした。
地元校の敗北であるにもかかわらず、観客たちはクレアの見せた圧倒的な実力差、そして十秒のハンデを宣言してそれ以上のものを有言実行してみせた圧巻のパフォーマンスに魅了され、完全に心を掴まれていた。
「ふふん! 応援ありがとーう!」
クレアは歓声に応えるように、両手を大きく振って観客席に弾けるような笑顔を向けた。その堂々とした佇まいは、まさに闘技場を支配する女王そのものだった。
ベンチへ戻ってきたクレアへ、俺は苦笑交じりに声をかける。
「お疲れ様、クレア。見事だったよ」
そう言って、タッチをしようと右手を出して待つ。
「ふんっ、別にこれくらいで疲れてなんてないわよ!」
予想通りの返事が返ってきたが、クレアは嬉しそうに口元をほころばせると、俺が掲げた右手にパンッと弾けるような音を立てて力強く手を重ねてくれた。




