第六十八話:圧倒的な実力差と、やる気のお嬢様
審判の唐突な勝者宣言によって我に返ったのか、対戦相手のマッスがこちらを指さして何やら喚き散らしている。
興奮しすぎて何を叫んでいるのか全く聞き取れないが、顔を真っ赤にしてブチギレていることだけは確かだ。観客席からも、コールドルの白星を喜ぶ歓声と同時に、拍子抜けした観客からの怒号や罵声が入り交じって飛び交っていた。貴族の中にはハンターの無様な失態をあからさまに嘲笑している者たちもいる。
「ちょっとシズ! 何やってるのよあんた!」
ベンチに戻ってきたシズに対し、クレアが仁王立ちでご立腹の声をあげる。
「……私、最初から戦うとは言ってない。ただの人数合わせ。……それに、あなたたち二人がいれば一敗くらい関係ない」
「そ、それはそうだけど……!」
シズは悪びれる様子もなくベンチへ腰を下ろすと、眠そうに小さな指で目をこすり始めた。
確かに戦うとは一言も言っていなかったが……これで後がなくなったのは事実だ。正直、俺自身はこの大会の順位なんてどうでもいいと思っている。だが、負けたらクレアに何を言われるか分からない。あいつ、罰ゲームがどうとか言っていたしな……。
とにかく、やれるだけやってみるか……
「……あっ、レイン」
俺が覚悟を決めて闘技場へ足を踏み出そうとした時、シズに呼び止められた。
「どうした?」
「……これ、渡しておく。クレアにはこれ」
シズが差し出してきたのは、学校時代に見覚えのある魔力抑制の腕輪と、木製の模造刀だった。
「シズ、これって……」
「そう。あなたたちが本気を出したら、相手を殺してしまう」
「えっ、でも相手は去年の準優勝校で、年上の上級生だろ? いくらなんでも腕輪まで嵌めるのは……」
「……私だってちゃんと手加減するわよ」
俺たちの言葉を聞いたシズは、呆れたように小さく溜息をついた。
「いいから言うこと聞いて。……本当はこれでも足りないくらい」
シズの真剣な眼差しに気圧され、俺は静かに腕輪を受け取り右腕にはめた。クレアもしぶしぶ模造刀を受け取ると、納得がいかない様子でその場でブンブンと素振りを始める。
「……レインは、それでも魔法は中級まで。上級は絶対に使用禁止」
「いや、流言それはいくらなんでも制限しすぎじゃ……」
「……やってみれば分かる」
有無を言わせぬ強い語気で、シズが言葉を遮る。
シズと出会ってまだ一か月だが、こと戦闘における彼女の判断力は心の底から信用している。……それに、指示されたことで少し気が楽になったのも事実だ。
俺自身、自分の魔法の威力が尋常ではないことくらい自覚している。だが、全力で戦えばシズの言う通り相手を死なせてしまうかもしれないし、下手に手加減を模索すれば足元をすくわれるかもしれない。
『腕輪を嵌め、中級魔法まで』という明確な制限を設けてもらったおかげで、やるべきことがシンプルになり、一気にやりやすくなったのだ。
「分かったよ。負けてもしらないからな」
苦笑いを浮かべながら、俺は中央の白線へと向かった。
『両者、準備が整ったようです! それでは第二試合・中堅戦——ハンター代表レイン選手対、コールドル校代表2年覇者・モリー選手! 試合開始!』
場内に審判のコールが響き渡り、合図とともに試合が始まった。
「あれぇ~? お前は降参しないのかぁ? ハンター代表は全員秒で逃げ出す作戦だと思ってたんだがなぁ!」
「残念でしたね。俺と大将はちゃんと戦いますよ」
「ハッ! そうか、そりゃ良かった! じゃあお前を派手にボコボコにして、観戦に来てる騎士団の偉いさんにアピールさせてもらうとするか……! 派手に死ねぇっ!」
モリーは大剣を片手で軽々と引き抜くと、地響きを立てて突っ込んできた。
間合いに入った瞬間、大剣を両手で握り直し、上段から一直線に振り下ろしてくる——!
……おっそ。本当に本気で振ってるのか……?
俺はあまりの遅さに拍子抜けしながら、余裕をもってその剣筋を見極めた。身体を僅かに紙一重横にずらすだけで、大剣は空を切り、地面を激しく叩きつける。
……隙だらけだ。打っちゃっていいのかな、これ。
「——【ファイアボール】」
かざした右手から、普段の自分からすれば極限まで絞り込まれた、小さめの火球が放たれた。空振りの体勢のまま固まっていたモリーの胸元に、火球が当たる。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!????」
小さく放ったはずの火球は、着弾と同時に激しい爆風と炎を巻き起こした。モリーは絶叫をあげながら吹き飛び、そのまま白目を剥いて倒れ込んだ。
『し、勝者——ハンター代表、レイン選手ーーーっ!』
審判の引きつった宣言が響くが、闘技場内はあまりに呆気ない結末に言葉を失い、水を打ったように静まり返っていた。
あまりの完勝だった。
拍子抜けした思いのままベンチへ戻ると、シズがポツリと呟いた。
「……分かった? 代表選手といっても所せんは学生。ハンターランクで言ったら精々Dランク、優勝校でCランクに届くかどうかといったところ。……まあ、普通は十代でDランクなら十分すぎるほど優秀なんだけど。……既にAランクの依頼をこなしているあなたたちが、なぜこんな大会に出たがるのか理解できない」
そうだったのか……。
同年代のライトもまだEランクだったし、すでにBランク以上の凶悪な魔物と日常的に死闘を繰り広げている俺たちからすれば、Dランク程度の動きは止まって見えるのも当然だったのだ。準優勝校の二年生でこれなら、優勝はもう決まったようなものではないだろうか。
「よくやったわレイン、じゃあ、次は私の番ね。すぐに倒してくるから待ってて!」
クレアは模造刀を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべて勢いよく闘技場へと飛び出していった。背中を見送る俺に、シズが問いかける。
「……シズ、さっき『なぜ大会に出たがるのか分からない』って言ってたよね」
「……うん」
「俺たち、本当はアイスライト学院の代表としてこの大会に出るはずだったんだ。クレアはずっと前から、学院の看板を背負って優勝するんだって意気込んでた。……でも俺のせいで貴族の位を剥奪されて、学校を辞めることになって……あいつ、俺なんかを庇ったから」
言葉にするたび、胸の奥がキリキリと締め付けられるように痛む。クレアの輝かしい未来や人生を狂わせてしまったのは、間違いなく俺だ。
「だから……この大会で、自分たちを追い出した貴族や学院の連中に見せつけたいんだと思う。『私はまだ終わっていない』って。……正直、俺はこの大会に出るのが嫌だったけど、ハンター枠で参加資格があって本当に良かったと思ってるよ」
伏し目がちに語る俺の言葉を聞き、シズはクレアの背中を見つめながら静かに首を横に振った。
「……そう。でも、クレアは後悔なんて1ミリもしていないと思う。だって、毎日すごく楽しそう。……今だって」
促されて闘技場の中央へ視線を向けると、そこにはまるで公園に駆け込む子供のような、無邪気で爛々とした笑顔を浮かべるクレアの姿があった。
シズの温かい言葉とクレアの晴れやかな表情に、俺の胸を占めていた罪悪感が少しだけ解けていく。
「……そうだな。確かに、すごく楽しそうだ」




