第六十四話:コールドルの大歓声と、省エネ師匠
出場者が集まる控室へと足を踏み入れると、そこは熱気とピリついた緊張感に満ちていた。
ギルドで日常的に目にする強面なベテランハンターたちとは異なり、室内は俺たちと同年代の若い生徒たちで溢れている。誰もが自らの腕前と所属校の看板に確かな自信を覗かせている。
以前の俺なら、こんな空間に放り込まれれば真っ先にオドオドと挙動不審になっていただろう。だが……不思議と恐怖も気押される感覚も湧いてこない。この一か月、命懸けのクエストで多種多様な魔物と死線をくぐり抜けてきた経験が、俺の肉体と精神に確固たる自信を植え付けてくれたのだろう。
……ただ、油断は禁物だ。
部屋の隅には、血のような真っ赤な制服に身を包み、立ち姿だけで周囲を威圧する重苦しい気を纏った一団も混ざっている。油断すれば一瞬で足をすくわれる可能性もある。
絶対に勝つ……勝って、クレアからご褒美を貰うんだ……!
「……リリー、すごく幸せそうだったわね」
不意に、隣にいたクレアがポツリと小さく呟いた。
「あ、あぁ……そうだな。トールとうまくいってるみたいで良かったよ。ほんと、羨ましいくらいだな」
「……ほんとね」
「えっ?」
「っ……あ、対戦表が張り出されたわよ! 早く見に行きましょう!」
クレアは分かりやすく動揺すると、足早に掲示板へと向かってしまった。
どうしたんだ、クレア……? 今、ボソッと『ほんとね』って同意したか……?
掲示板の前で、クレアは貼られた一枚の対戦表をまじまじと見つめていた。俺もその肩越しに視線を走らせる。
「一回戦の相手は……コールドル校? うわぁ、いきなり地元の開催地校かよ……」
地元勢だけにやりにくそうな相手だな、と眉をひそめていると、一緒に覗き込んでいたシズが静かに口を開いた。
「……去年、準優勝の学校」
「しかも去年、主力だった当時の1年生と2年生がそのまま残っているみたい……油断できない相手ね。……でも、逆にここさえ突破しちゃえば、次の準決勝はどっちが上がってきても消化試合みたいなものね」
一回戦から大会屈指の強豪とぶつかるなんて、相変わらずクジ運がない。……まあ全八校のトーナメントだし、去年の優勝校と初戦で当たらないだけマシと思うべきか。
ちなみにアイスライト校は逆側のトーナメントブロックだ。決勝まで勝ち進まない限り当たることはない。今年の一年生で最強であるエーベルも欠場らしいし、元々去年三位の学院が決勝まで上がってこられるかも怪しいが。なによりそのブロックには、あの不気味な雰囲気を漂わせていた学校。クリムゾン・クロイツ騎士学校がいる。
……と、そこで俺は控室に集う他校の面々を見て、ある決定的な違和感に気づいた。
他校のパーティはどこも各学年二名ずつ、計六名で構成されている。対する俺たちは三人。……あれ?
「なあクレア……そもそもアイスライト杯って、どういうルールで勝ち負けを決めるんだ?」
クレアが再び「このバカは……」と言わんばかりの呆れ顔を向けた。だから知らないものは知らないんだって!
「あんた本当に何も知らないのね……。三対三の団体戦よ。学校なら各学年から一人ずつ代表が出るの。私たちはハンター代表枠だから学年制限なしの自由。……当然、私が大将を務めるわ。ちなみに上の学年の試合にも出場していいルールだから、一年が二試合出ることも可能だわ」
自信満々に胸を張るクレア。相手の大将は当然三年生になるはずだが、全く物物する様子がない。
……ん? クレアが大将で、俺は……。
「……私は先鋒。この三人の中じゃ、一番弱いから」
シズが先鋒か。
中堅の俺は二年生が相手。学校時代、俺は一年生の中では負け無しだったが、他校の二年生がどれほどの猛者なのかは見当もつかない。俺の魔法は相変わらず出力調整のできない役立たずのままだし。
『——コールドル校、およびハンター代表の選手の皆様。試合の準備が整いました。闘技場中央へお進みください』
係員の女性アナウンスが控室に響く。
部屋の奥から、コールドル校の選手六名が歩み出てきた。
全員が超大型の体躯を誇り、全身が丸太のような筋肉で覆われている。幼さの残る顔つきと、あまりにアンバランスな肉体美。これもシズの言うアイスライトの極地なのだろう。だが……不思議と恐怖は湧かなかった。いける。
闘技場へ足を踏み入れた瞬間——。
ブーーーーーーーーーッッッ!!
耳を刺すような凄まじい大ブーイングの嵐が俺たちを襲った。
直後、コールドル校の選手が入場すると、割れんばかりの大歓声と歓喜の悲鳴が湧き起こる。地元の開催地校で、しかも去年の準優勝校だ。アウェイなのは重々承知していたが、クレアは今にも観客席に飛びかからんばかりの顔で拳を握りしめていた。
両チームが中央に整列すると、場内に審判のアナウンスが響き渡る。
『さあ、今年も開幕いたしましたアイスライト杯! 第一試合から登場するのは、開催地にして去年の準優勝校、コールドル校! 対するは……過去大会において全敗記録を更新し続けているハンター代表! 今年こそ歴史的汚名を晴らせるか、はたまた予想通りの全敗か! それでは先鋒戦——ハンター代表シズ選手、コールドル校マッス選手、中央へ!』
シズは相変わらずだるそうに、トボトボと中央へ歩み出た。
対するマッスと呼ばれた男は、シズの華奢な体を舐め回すように見下ろし、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。シズの実力はこれまでのクエストで嫌というほど見てきた。まだ全力すら見せていないはずだ。相手が強豪とはいえ、シズが負けるイメージは湧かない。だが、相手の蔑むような視線がどうにも胸くそ悪い。
『両者、構え——始め!!』
審判の手が振り下ろされた、まさにその瞬間。
シズはすっと片手を挙げた。
「……参りました」
静かに一言だけ言い残すと、シズは丁寧に一礼し、くるりと背を向けて俺たちの元へとトボトボ歩き戻ってきた。
「「「……えっ?」」」
静寂。
あまりの出来事に、俺も、クレアも、対戦相手のマッスも、そして超満員の観客たちすらも全員が鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。
『あ、い……勝者、コールドル校マッスーーーッ!?』




