第六十二話:賑やかな壮行会と、約束
「とうとう明日ね……! あぁ、腕が鳴るわっ!」
アイスライト杯の開幕を明日に控え、俺たちはギルドマスターのマーシャルが主催してくれた壮行会に参加していた。
会場となった大衆酒場には、俺たちやマーシャルだけでなく、アイスライトギルドに所属する多くのハンターたちが駆けつけてくれていた。
ハンターになって一か月。怒涛の勢いでクエストをこなしていくうちに、顔馴染みのハンターも何人かできている。いま俺の向かいに座り、ジョッキを片手に絡んできているのもその一人——同年代のハンター、ライトだ。
見た目も体格も、髪型から雰囲気まで何から何まで徹底的に平均的な男である。街ですれ違っても、誰も彼が魔物を狩るハンターだとは気づかないだろう。ランクはEらしい。
「それにしてもレインは良いよなぁ~! 史上最年少のAランクハンター様だろぉ? しかもハンター登録してたったの一か月だろ!? ほんとあり得ねぇって~!」
「いやいや、マジで運が良かっただけだって。たまたまマンティコアっていう高ポイントの魔物を倒す機会に恵まれたからさ……」
ライトは酒を一口も飲んでいないくせに、まるで泥酔しているかのようなテンションで絡んでくる。会場の熱気に気呑まれているのだろう。
周囲では強面の大柄ハンターたちが、マーシャルの奢りということもあって普段以上に勢いよく酒をあおぎ、大声でどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
ちなみに俺たちは未成年なので、当然ながら飲んでいるのは果汁ジュースだ。大人たちの目も当てられない乱れっぷりを見ていると、一生酒なんて飲まなくても良い気がしてくる。
……そう、俺は昨日、正式にAランクへと昇格を果たしたのだ。
シズからスピリットマスターの示唆を受けて以降、自分には普通の座学やイメージ特訓が意味をなさないと悟った俺は、この二週間ひたすら実戦クエストをこなしまくった。
クレアもすっかり怪我が完治したようで、最近の依頼ではBランク魔物相手に無双の剣技を披露して暴れまわっている。
シズも多彩な属性魔法を軽やかに行使し、危険な魔物も顔色一つ変えずに一瞬で処理してみせる。口には出さないものの、「魔法にはこんな応用や使い方がある」ということを、実戦の中で俺に見せて学ばせようとしてくれているのが痛いほど伝わってきた。
——一方の俺はといえば。
……全く、1ミリも成長できていない。
相変わらず、制御のできない火力の魔法を敵にぶつけるだけのバカの一つ覚えだ。あの日聞こえた少女の声も、あれ以来一度も聞こえてこない。
本当に……俺はスピリッツマスターなんてものなのだろうか……
「おいおい、なんか急に顔が暗いぞ? そんな調子で明日からの大会、大丈夫なのかよ~。……まぁでもあれだな! お前が一番恵まれてるのは、やっぱりパーティメンバーだよなぁ! あんな超絶美人で可愛い女の子二人を侍らせてクエストに行けるなんてさぁ……ほんと羨ましすぎて爆発しろって感じだぜ!」
それには……反論のぐうの音も出ない。
ハンター業界全体を見渡しても、男女比は7対3、下手をすれば8対2という男社会だ。そんな中で男一人に美少女二人という夢のようなパーティ編成なのだから、周囲から妬まれても文句は言えない。
「でも、ライトの相棒だってすごく可愛いじゃないか」
「ハッ! あんな奴のどこが良いんだよ! 見た目に騙されるな、中身はすぐ手が出る暴力女だぞ——」
……どこかで聞き覚えのあるキャラクター像だな、と思った瞬間。背後からゾクッと背筋が凍りつくような凶悪な殺気が漂ってきた。
ライトの背後に、彼の相棒であるフランが、恐ろしいほどの笑顔を浮かべて立っていた。直後、脳天へ容赦なく振り下ろされるフランの鉄拳。あまりの速度に、俺は思わず目を瞑った。
「いっっっっっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!????」
頭を抱えてテーブルに崩れ落ちるライト。合掌。
「こんばんは、レイン。ごめんねぇ、うちのバカが失礼なこと言っちゃって」
フランは可憐な動作でスカートを整えると、ライトの隣にちょこんと腰掛けた。
ライトは暴力女と否定するが、客観的に見てもフランは十分に可愛い。肩まで伸びた美しい黒髪を、両サイドで赤いリボンで結んだ可憐な少女だ。
見た目だけならとても暴力を振るうようには見えないのだが……今しがたの惨劇を目の当たりにした以上、信じるしかない。ハンターになる女性は、やはりどこかしら武闘派なのだろうか……。それともここがアイスライトだからだろうか。
俺の母親はどういう感じだったのかな……
「ううん、楽しく話させてもらってたよ。……クレアとシズなら、あっちで飲み物を取ってきてる最中」
「あ、来た来た」
振り返ると、両手にジュースのグラスを持ったクレアとシズが歩いてくるところだった。
同年代の女の子ということもあり、クレアたちとフランはここ数日でかなり仲良くなっている。ライトとフランも幼馴染同士でパーティを組んでいるらしく、どこか俺とクレアに似ていて親近感が湧くのだ。
「あら? 席が一つ足りないわね」
クレアが俺をジト目で見下ろしながら言ってきた。
テーブルは4人掛けだ。クレアとシズが座るには、誰か一人が立たなければならない。「あんたが立ちなさいよ」と目が雄弁に物語っている。
「あっ、私たちはもう帰るね! このバカもダメみたいだし」
フランはライトの頭をパシッと叩いて無理やり起き上がらせると、彼を引っ張って立ち上がった。お互い苦労が絶えないな……頑張れよ、ライト。
「ねぇフラン、明日のアイスライト杯には出なくていいの?」
立ち去ろうとする二人を引き止め、クレアが尋ねた。
「私たちじゃ無理無理! 去年の大会も観戦したけど、まだまだ実力不足だわ。下手に怪我してクエストを受けられなくなるのも嫌だしね。……でも、応援には絶対行くから! 優勝してよね、二人とも!」
「ふふん、任せなさい! 絶対勝つから見てて!」
溢れんばかりの自信と輝くような笑顔で、クレアが答える。
こういう姿勢は、本当に素直に尊敬できる。彼女は自分の強さや努力を、決して疑わない。俺も彼女の爪の垢を煎じて飲むべきだろう。
「……私たちもそろそろ宿に戻りましょう。明日も朝が早いし……シズも限界みたい」
ふと隣を見ると、シズが立ったまま目を閉じ、ゆらゆらと舟を漕いでいた。今にも崩れ落ちそうだ。
「そうだな。明日、全力で頑張ろう」
「バカ言わないで! 頑張るだけじゃダメよ! 絶対に優勝するの! 私とレインが一回も負けなかったら、問答無用で優勝できるんだから!」
「優勝かぁ……相手は学校の優秀な生徒や騎士団の候補生だろ? そう簡単には……」
「はぁ……しょうがないわねぇ」
クレアは呆れたように溜息をつくと、俺の顔をじっと見つめてニッと不敵に微笑んだ。
「あんたが一回も負けずに全勝出来たら……特別にご褒美をあげるわ。その代わり、一回でも負けたら厳しい罰ゲームね!」
「ご、ご褒美……!? それって何……?」
「——内緒」
クレアは可愛らしく人差し指を自分の唇に当てると、片目をパチンと瞑って悪戯っぽく微笑んだ。その反則的な可憐さに、俺の心臓がドクンッと大きく跳ね上がる。
かつて、騎士学校でのアイスライト杯予選の時も、彼女と同じような約束を交わしたことがあった。
あの時はボルタの介入や事件によって途中で立ち消えになってしまったけれど……今回は絶対に、そのご褒美とやらを勝ち取ってみせる!
相手はあのクレアだ。過激なことなんて求めない……けれど、それでも男として期待せずにはいられない。
やるぞ……絶対勝つ……っ!
今までにないほど全身にメラメラとモチベーションが湧き上がってくるのを実感しながら、俺は完全に立ったまま熟睡してしまったシズを背中に優しくおんぶした。
そして、隣で嬉しそうに歩くクレアと共に、明日の大一番に向けて宿屋への道を歩み出すのだった。
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