第六十一話:最強への道の始まりと、終了
「……え? まさか知らなかった……?」
普段は感情をほとんど表に出さないシズが、今日一番の驚きに満ちた顔で目を丸くした。俺のアイスライトは魔法後進国なのかという問いに対し、呆れ顔のクレアが腕を組んで代わりに答える。
「あんた、本当に自分の生まれ故郷? アイスライトの人間は、他国の人間に比べて生まれつき魔力保有量が低いのよ。だから当然、魔法に関する学問や理論の進歩も他国から大きく遅れてるらしいわ」
そんな話、生まれてこの方一度だって聞いたことがないぞ。少なくとも学校の講義では誰も教えてくれなかった。
まあ、プライドだけは天をつくほど高かったあの学院だ。「自分たちの国は魔法の分野で他国にボロ負けしています」なんて不都合な真実を生徒に教えるはずもないか。
だが、ちょっと待て。確かアイスライトは、周辺国からも一目置かれる屈指の強国として知れ渡っていたはずだ。魔法がダメなのに、なぜ他国から恐れられているんだ?
俺の脳裏に浮かんだ疑問を見透かしたように、クレアが言葉を続ける。
「でもね、アイスライトが他国から恐れられているのは、魔法以外のあらゆる分野が過剰なまでに優れているからよ! 洗練された剣術に体術、底なしのスタミナと耐久力……そして相手の魔法に対する耐性もね! だからこれまで、アイスライトは一度も負けずに勝ち続けてきたの! たとえ魔法が使えなくたって、私たちは最強なのよ!」
クレアはまるで自分の偉業であるかのように胸を張り、仁王立ちで誇らしげに言い放った。
なるほどな……
今クレアがドヤ顔で語った特徴は、まさにクレア自身そのものだった。
魔法の素養はからきしだが、剣を握らせれば圧倒的な剣技とタフネスで敵を粉砕する。思い返せば学院でも、魔法を主軸に戦う生徒はほとんどいなかった。魔法は補助で全員が剣士や武闘派ばかりだったのは、そういった背景があったからなのか。
……じゃあ、俺が学校で魔法成績トップだったのって、実は井の中の蛙……?
俺が心の中で勝手にショックを受け、地味に落ち込んでいると——次にシズが静かな声を挙げた。
「だから。この魔法後進国のアイスライトで、スピリッツマスターに出会えるなんて思いもしなかった。現在、世界中で存在が確認されているスピリッツマスターは、二人」
「「……二人!!????」」
俺とクレアの声が完全に重なった。世界中で、自分を含めたとしてもたったの三人!?
「そう、三人だけ。レインは、この世界の最強の魔術師になれる可能性を秘めている」
「最強の……魔術師……」
その言葉が耳に届いた瞬間、全身の血液が激しく沸騰したかのように、身体の奥底から熱いものが一気に込み上げてくるのを感じた。
俺は別に、英雄になりたいわけでも、他者を屈服させる強さが欲しいわけでもなかった。ただクレアの隣に立ち、彼女と共に穏やかな日々を笑って過ごせれば、それだけで良かったのだ。
だが——あの日。あの惨劇の日。
俺は自分の無力さゆえに、クレアを守ることができなかった。彼女の大切なものを、何ひとつ守ってやれなかったのだ。
このまま弱いままでいれば、いつかまたクレアを失ってしまうかもしれない。いつかまた、彼女に耐えがたい悲しみを背負わせてしまうかもしれない。
あの日から俺は、誰よりも強く、圧倒的な力を求めていた。
クレアをあらゆる脅威から完璧に守り抜くための力を。二人で笑って生き抜くための力を——!
その力が、本当に俺の中に眠っているかもしれない。それが堪らなく、涙が出るほど嬉しかったのだ。
しかし——。
「現状のレインは、まだ1ミリも使い物にならないけれど」
ドスンと底へ叩き落とすシズの一言で、俺は瞬時に冷酷な現実へと引き戻された。
そうだ。そうなのだ。
仮に俺が世界に三人だけのスピリッツマスターだとしても、肝心の魔法を自在に制御・行使する方法が分からなければ、宝の持ち腐れ以外の何物でもないのだから。
「シ、シズさん……っ! スピリッツマスターのための……新しい特訓方法は!?」
藁にもすがる思いで、俺は恐る恐る尋ねた。
シズは一瞬だけ間を置くと、無表情のままぽつりと呟いた。
「わからない」
頼みの綱だった魔法の師匠が、あっけなく匙を投げた。
終わった。俺の最強伝説、開幕前に終了。
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