第五十九話:感覚派の師匠と、クレアの成長
「今日も初級魔法の基礎練習」
「嫌だっ!」
俺がシズを師匠と仰ぎ、魔法の特訓を始めてから二週間が経っていた。
その間、日銭を稼ぐために様々な依頼をこなしつつ、空いた時間を見つけては街の外に広がる草原でシズに手ほどきを受けているのだが——。
「『嫌だ』じゃない! さっさとやる!」
「いー・やー・だ! もう二週間ずーーーっと初級魔法ばっかり練習してるのに、1ミリも進歩してないじゃないか!」
「……センスない。やらないなら寝る」
シズがポーカーフェイスのまま、すんと目を閉じて草むらに寝転がろうとする。……くっ、俺だってここまで苦戦するとは思わなかったのだ。
あれだけ変幻自在に魔法を使いこなすシズに教われば、俺の大雑把な魔法も少しはマシになると思っていたのに——。
「分かった、分かったから寝るな!……【ウォーター】!」
気を取り直し、右手を出して初級水魔法を唱える。
本来の【ウォーター】は、目の前に生活用水程度の水を作り出すごく基本的な魔法だ。野宿や旅先での飲み水確保、洗濯などに重宝される便利な魔法なのだが……俺が使うと——。
「……誰も、豪雨を降らせろなんて言ってない」
俺たちの目の前には、まるで巨大な嵐でも通過したかのように、地面が一瞬で泥沼と化す光景が広がっていた。
「俺だってなぁ! 頭の中でコップ一杯分の水を必死にイメージしたんだよ!」
「……下手くそ」
そう。魔法の発動には明確なイメージが何より重要。それは学校の授業でも嫌というほど習った基礎中の基礎だ。
しかし、なぜか俺がいくらコップ一杯、果てはスプーン一杯の小さな水をイメージしても、出力されるのは容赦のない豪雨なのだ。
それに……シズの教え方にも問題があると思う!
「だから……【ウォーター】は、魔力をポヨンと丸めて、それをフワッて弾けさせればいいだけ」
「だから! その擬音だらけの説明がサッパリ分からないんだよ!よくそれで人に物を教えようと思ったな!?」
俺が叫ぶと、シズはムスッと不機嫌そうに頬を膨らませた。
この二週間で進歩したことといえば、シズが感情を素直に表に出してくれるようになり、普通に軽口を叩き合えるようになったことくらいだ。
アイスライト杯の開幕まで、あと2週間余り。正直、自分の魔法のポンコツぶりに焦りを感じていた。
「諦めなさい、シズ。レインは根っからの脳筋バカだから仕方ないのよ。アイスライト杯は私とシズの二人で無双しましょう」
暇そうに木陰に座り、枝切れで地面に謎の落書きをしていたクレアが、くすくす笑いながら話しかけてきた。
「バカじゃない! 俺は至って普通の感覚でやってるんだよ!」
「ふふん。——【ウォーター】」
クレアが不意に立ち上がり、右手を前にかざして呪文を唱えた。
すると、彼女の掌の先に、鍋一杯分ほどの滑らかな水の玉が浮かび上がり、パシャリと草むらへ落ちた。
「ク、クレアが……魔法を使った……!?」
「ふふふん! 実は私もシズに秘密特訓を受けていたのよ! 剣技だけでなく魔法まで負けたら、レインが私に勝てる要素なんて何一つ無くなっちゃうものね!」
ドヤ顔で胸を張り、いつものように腕を組んで仁王立ちするクレア。
……だったのだが。
ふらっ……。
次の瞬間、急に膝から崩れ落ちた。顔色が急速に土気色へ変わっていく。
「クレアっ!? どうした、大丈夫か!?」
「……大丈夫……ちょっと、立ちくらみがしただけ……」
「これ、食べて。苦いけど、よく噛んで噛呑み込んで」
シズが懐から乾燥した薬草の葉を取り出し、クレアの口元へ差し出した。クレアは疑う様子もなくそれを口に含み、苦痛に顔を歪めながらゴクリと呑み込む。
すると数秒と経たずに、青ざめていた彼女の頬に血色が戻ってきた。
「……ふぅ。助かったわ、ありがとうシズ」
「今の葉っぱは何なんだ?」
「……『魔力回復草』。魔力を少しだけ回復してくれる薬。……レインに良いところを見せたいからって無理しすぎ」
「えっ? クレア……まさかあの鍋一杯の水一発で魔力が尽きたのか!?」
「ふ、二人とも……っ! う、うるさいわねぇっ!????」
クレアは顔を真っ赤にしてソッポを向いた。
だが……以前のクレアなら、初級魔法ですら形にすることすらできなかったはずだ。それが魔力切れを起こしたとはいえ、完璧な形状の【ウォーター】を成功させてみせた。
……やっぱり、上手くコントロールできないのは俺に致命的な原因があるのか。
「……あんたは気楽でいいわよね。魔力切れなんて味わったことないでしょ? 前にマンティコアを一人でぶっ飛ばした時だって、まだまだ余裕そうだったし……魔力切れって本当に頭が割れそうに辛いんだから!」
「まあ、確かに魔力切れなんて経験したことないな。というか……魔法を使って疲れたこと自体、一度もないぞ?」
「……えッ!?」
その瞬間、あの無口でクールなシズが、聞いたこともないような素っ頓狂な大声をあげた。
……まあ、大声と言っても普通の人間の話し声くらいの音量なのだが、彼女にしては天地がひっくり返るほどのリアクションだ。
「き、急にどうしたんだよシズ」
「……本当に疲れない? ……全く?」
「あぁ。たぶんこの【ウォーター】を連続で百回くらいぶっ放しても平気だと思う。まぁ、地面がぐちゃぐちゃになって面倒だからやらないけど」
実際、百回も試したことはないが、クレアが入院中に一人で特訓していた時は、中級以上の攻撃魔法をそれこそ何十発と乱れ打ちしていた。それでもクレアのように体調を崩すこともなければ、息が上がることもなかったのだ。
「……まさか。……レイン、あなた……」
シズは小さな右手を顎に当て、眉間にシワを寄せて深く深く考案し始めた。
やがて彼女は手を下ろすと、これまで見たこともないような真剣な眼差しで、まっすぐに俺の瞳を射抜いた。
「……スピリッツマスター……なの?」




