第五十八話 :別れと、新たなる旅立ち
「さっきエミリーが俺を訪ねてきてな。その時にアイスライト杯の件も、新メンバーが入るかもしれないって話も伝えておいたんだ。『それなら安心ね』って微笑んで言ってたぞ。……あと、これをお前宛てに預かった」
マーシャルはズボンのポケットから、折りたたまれた一枚の封書を取り出し、俺へと差し出した。
それなら……安心……?
胸の奥で、嫌な予感と胸騒ぎが警鐘を鳴らす。
俺は受け取った手紙の封を素早く切った。すると横から、クレアが気になったのかぐいっと顔を覗き込んできた。
ふわりと彼女の髪から甘い香りが漂い、一瞬だけ胸が跳ねたが、俺はすぐに目の前の手紙に意識を集中させた。
そこに書かれていたのは、エミリーの柔らかく丁寧な字だった。
『手紙でごめんなさい。この手紙を読んでいるころには、きっと私はもうこの街にはいないでしょう。
レイン、クレア。あなたたちなら、二人だけでもハンターとして十分に立派にやっていけるわ。私には……どうしても果たさなければならない、やるべきことがあります。だから勝手で本当にごめんなさい。パーティを抜けさせてもらいます。
レインとは一か月、クレアとはたった数日の短い付き合いだったけれど、まるで可愛くて手のかかる息子や娘ができたみたいで、本当に楽しかった。もしまたどこかで会える時が来たら、その時はまた一緒にクエストへ行きましょうね。
きっとこれから、あなたたちの前には多くの困難が立ち塞がると思う。でも、二人なら……あなたたちなら、どんな壁だって絶対に乗り越えられる。頑張ってね。』
読み終えた瞬間、俺の全身からスーッと力が抜けていった。手紙を握りしめたまま、その場に呆然と立ち尽くす。
まさか……急にいなくなるなんて……
たった一か月。けれど、行く当てのない俺を拾い、剣術や魔法のいろはを教え、温かく見守ってくれたのは間違いなくエミリーだった。感謝しても足りないくらいの恩がある。最後に直接、「ありがとう」の一言くらい言わせてくれたっていいじゃないか……。
しかし……「やるべきこと」とは一体何だろう。
「……逃げたわね」
隣で手紙を読み終えたクレアが、もの凄く真面目な顔でぽつりと呟いた。
「えっ……? 何からだよ」
「覚えてないの? 昨日『次は私の得意な武器を見せてあげる』って言ったときのエミリーのあの動揺した反応を! きっと、その得意な武器を見られるのが恥ずかしくて耐えられなくなって、パーティを抜けたのよ!」
「……は?」
言われてみれば、確かにそんな会話をした気もするが……。
「そんな訳ないだろ! それに恥ずかしい得意な武器って何なんだよ!」
「う~ん……たとえば、『鞭』とか……?」
「あぁ、エミリーが女王様みたいに鞭をバシバシ振るって魔物を虐げてたら確かに二度と顔を合わせづらい……って、あるかそんなもん!? そんなくだらない理由で急にいなくなったりする訳ないだろ!」
「じ、じょうだんよっ! ちょっと場を和ませようとしただけじゃない!」
彼女なりに、しんみりとした空気を打破しようと気を遣ってくれたのだろう。……不器用なやつだ。
「……はぁ。まあ、いいや」
俺は溢れそうになる寂しさを一度深呼吸で押し殺し、背後に佇む少女へと振り返った。
「とりあえず、これでアイスライト杯への出場と、シズのパーティ加入が正式に決定したってことで……改めてよろしく頼むな、シズ!」
「……うん。よろしくね、シズ!」
クレアも元気を取り戻したように、シズの手をぎゅっと握りしめる。
シズは一瞬驚いたように目を丸くしたあと、どこか嬉しそうに、口元へ小さな笑みを浮かべた。
「……うん。……よろしく」
頼れる保護者だったエミリーの旅立ち。
寂しさと不安は拭えないけれど、俺たちの前にはアイスライト杯という新たな戦いと、シズという新しい仲間が待っている。
俺はエミリーからの手紙を大切に懐へ仕舞うと、二人と共にしっかりと前を見据えた。
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