第五十三話:精密なる魔法と、水魔法の悪夢
「ふぅ……片付いたわね」
クレアはシズの超精密な援護射撃があったとはいえ、額に汗ひとつかかず、三十体近くいた魔物の群れをあっさりと殲滅してみせた。
剣を鞘へ納める。刃こぼれどころか、傷ひとつついていない。さすがに高額なだけある。前の粗悪な鉄の剣だったら、すで折れていたかもしれない。
クレアの剣技の凄まじさは知っていた。あれで二割の力だと思うと恐ろしいが、まだ理解の範疇だ。
しかし——シズの放った魔法には、体に衝撃が走るほどの衝撃を受けた。
俺の魔法は、とにかく無駄に巨大で使い勝手が悪い。
対してシズの魔法は、標的のみを確実に穿つため、威力も範囲もミリ単位で精密に計算し尽くされた美そのものだった。
もし……俺も彼女のように、魔力を極限まで制御して魔法を扱えたとしたら……。
「……ちょっと、さっきからボケーッとしてどうしたのよ? というかあんた、さっきの戦闘サボってたでしょ!」
「あぁ、いや、悪い悪い! 二人の戦いぶりがあまりにも凄すぎて、思わず見惚れててさ」
「そ、そお? ……まあ、あんたが私の美しい剣技に見惚れてたっていうなら、特別に許してあげるわ」
不意打ちの褒め言葉に恥ずかしくなったのか、クレアはそっぽを向いてツンと鼻を鳴らすと、倒れた魔物たちから魔石を回収し始めた。
「……次は、あなたの魔法を見せて」
横にいたシズが、無表情のままジッと俺を見つめて口を開いた。
「い、いや……俺の魔法なんて……」
シズの完璧な魔法を見た後だと、自分の大雑把でブサイクな魔法を披露するのは、なんだかたまらなく惨めで格好悪く思えてしまったのだ。俺が言葉を濁していると——。
「……クレア。あなたは、今日はもう見学。これ以上動くと怪我が悪化する」
せっせと魔石を拾っていたクレアへ、シズが無慈悲なストップを言い渡した。
クレアはガバッと顔を上げ、不機嫌全開で詰め寄ってくる。
「なんでよっ!? 私はまだまだピンピンしてるわよ!」
「……だめ。約束を破って三割の力を出していたのはあなた」
「なっ……!????」
シズは一瞬の戦闘を見ただけで、力の入れ具合まで完全に見抜いていたのか……。
「な、何言ってるのよ! ち、ちゃんと二割でたたた戦ったわよ!」
「……動揺で噛みすぎ。嘘が下手」
冷たく切り捨てるシズ。……うん、クレアの動揺っぷりを見る限り、シズの指摘は当たっているのだろう。相変わらず嘘を隠すのが下手すぎる。
「……私は忠告した。これ以上暴れて、ベッドから起き上がれなくなっても知らない」
「……ぐぬぬっ……!」
シズの低い声で告げられた現実的なリスクに、クレアはぐっと悔しそうに唇を噛みしめた。
「……わかったわよ……大人しくしてればいいんでしょ……!」
「……よし。というわけで、あとはレインに任せる。私も……魔力切れ」
「絶対ウソだろ!?」
俺は思わず突っ込んだ。どうしても俺に魔法を使わせたいらしい。
どう見ても涼しい顔をしているし、魔力切れなんて見え透いた嘘だと思うのだが……クレアと違ってシズは表情が変わらないため、追及する証拠が出せない。
「……ハァ、分かったよ。やればいいんだろ、やれば」
観念して頷くと、シズの瞳がほんの少しだけ満足そうに揺れた。
「……良かった。マッドベアの弱点は水属性の魔法だから、それだけ覚えておいて」
「水属性、か……」
「み、水魔法ですってぇ!?」
突如、クレアが悲鳴をあげて両腕で己の胸元をガードした。
「……クレア? どうしたの?」
「な、なんでもないわよっ! それより早く行くわよ! もう戦えないなら、さっさと倒して帰るわよっ!」
顔を真っ赤にしたクレアは、スタスタと一人で森の奥へ突き進んでいく。
「……クレア。そっちは入口に戻る道。マッドベアはこっち」
「っ……! わ、わかってたわよ! 足腰を鍛えてるのよ!」
マッドベアのいる方角とは正反対へ歩き出していたクレアは、大慌てで引き返してきた。
……サスペクトが届かないというのも、色々と大変そうである。
俺たちは苦笑いしながら、森の最深部——マッドベアの縄張りへと足を踏み入れた。
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