第五十二話:見抜く目と、衝突
ガタゴトと車輪を鳴らし、俺たちを乗せた馬車はパナナの森を目指して街道を進んでいた。
「……ハァ」
対面に座るシズが、今日何度目か分からない深々とした溜息をつく。
「……本当にごめんなさい」
俺はシズに対して、本日三度目となる平謝りを捧げた。
「……入るパーティ、完全に間違えたかも。まさか200万ピアを手にした翌日に、手持ちが一文無しだなんて……」
パナナの森までの馬車代は、三人分で合計一万ピア。
距離自体はベラシーの森と大差ないものの、街道の整備状況や利用客の多さによって料金が変動するという基本知識を俺が欠いていたのだ。
手持ちの五千ピアでは足りず、受付前でオロオロしていた俺たちの代わりに、結局シズが自腹で立て替えてくれたのである。パーティに入って最初の仕事が馬車代の肩代わりだなんて、本当に申し訳なさすぎて顔が上がらない……。
そんな恐縮しきりの俺をよそに、シズはジッと隣のクレアを見つめると、唐突に口を開いた。
「……クレア。あなた、怪我してる?」
「えっ……? た、確かに怪我はしていたけど……もうすっかり治ったわよ!」
不意を突かれたクレアは、強がりを示すように両手の指をボキボキと打ち鳴らしてみせた。お嬢様なんだからそういう粗暴な仕草はやめなさい。
「……嘘」
「う、嘘じゃないわよ! 本当に何ともないんだから! ……だいたい、なんであなたにそんなことが分かるのよ!?」
問い詰められたシズは、小さく息を吐き捨てて答えた。
「……私の眼は、物だけじゃなく、身体状態や生命力の揺らぎまで見抜ける。魔石の価値を鑑定したのも、この眼の力」
と言いながら、シズは再びジッとクレアの全身へ怪しげな視線を走らせる。
クレアはなぜか「ひっ……!」と小さく悲鳴をあげ、咄嗟に両腕で自分の胸元を隠すようにガードした。
「いい形……大きさもほどよい」
シズの唇が、小悪魔のような不敵な笑みを刻んだ。
ん? 何の話だ……?
首をかしげる俺の横で、クレアの顔が爆発したかのように真っ赤に染まり、ゆでダコのように蒸気を吹き出し始めた。
……あっ! そういうことか……!!
「な、な、な、何に適当なこと言ってるのよこの女はぁぁぁっ! レイン、やっぱりこの子をパーティに入れるの止めましょう! ……ちょっとレイン? ニヤニヤしながら、あんた今何考えてるのかしら……?」
「え……?」
しまった、思考が漏れていた。
ハッと我に返ると、さっきまで顔を真っ赤にしていたクレアが、般若のような恐ろしい鬼の形相へと変化していた。ゆらりと立ち上がるクレア。
「お、おいクレア! 馬車が揺れて危な——」
「大丈夫よ。こんなことでバランスを崩すほど柔じゃないわ」
クレアは恐ろしい笑顔を浮かべ、しなやかな腕を大きく後ろへ引き絞った。
「この変態魔術師!!」
「ぶべっ!????」
放たれた一撃が俺の頬を直撃し、視界が派手にスピンした。
「……うん。今ぐらいの出力なら、怪我は悪化しない」
喉から変な声を漏らして倒れ込む俺を見下ろし、シズが淡々と呟く。
「……え? 今くらい、ってどういう意味よ……?」
「……今の打撃で、クレアの全力の一割ってところ。二割程度までの力で戦う分には、筋肉や筋膜の損傷は悪化しない。完全治癒させるなら、あと丸三日間の安静が必要」
あの意識が飛びかけた超強烈なビンタが……たったの一割の力……!?
全力で殴られたら俺の首骨が折れて即死するんじゃないか……? 絶対に本気でクレアを怒らせないと心に誓った。
「わ、わかったわよ……二割ね。それだけ出せれば十分だわ。今日も戦わずに見学だけなんて耐えられないもの!」
クレアはほっと息をつき、再び座席に腰を下ろした。……二割で納得したということは、やはり怪我が治っていなかったのは紛れもない事実だったようだ。それにしても、シズの眼は身体の内部状態まで丸裸にしてしまうのか。恐ろしい眼だ。
「……でも、戦えるなら良かったな、クレア」
「ほんとよ。今日はあんたのセクハラ魔法に頼らなくて済みそうだわ」
その言葉に、対面のシズがピクッと眉を動かした。
彼女は瞳を俺へと向けてくる。
「……変態魔術師? セクハラ魔法って、何……?」
「ふ、普通の魔法だよっ! ただちょっと威力が規格外なだけで!」
「……ふーん」
シズのジト目が、俺の全身を舐めるように見つめる。
一体何を見られているんだ……!? まさか変態判定をされているんじゃないだろうな……。
* * *
そんな怒涛のやり取りを経て、馬車は無事にパナナの森の入口へと到着した。
「……【サスペクト】」
森に一歩踏み込み、魔法を発動させた瞬間、脳内に膨大な反応が浮かび上がった。
強い個体は少ないが、数が尋常ではない。十や二十どころではなく、数十体規模の群れだ。
奥の方には本命であるマッドベアらしき凶悪な魔力気配も伝わってくる。確かに周囲の雑魚よりは強大だが、以前戦ったマンティコアに比べれば脅威度は遥かに下だ。
「……面倒。数が多すぎる」
「だな。……まぁ、街道側に寄ってくる邪魔なやつから順に片付けていくか」
俺とシズは顔を見合わせ、無言で頷き合った。
「ちょっと待ちなさいよ! 二人だけで納得してないで、私も混ぜなさいよ!」
仲間外れにされたクレアが、焦ったように俺たちの視界へ割り込んでくる。
「クレア、この先に魔物の群れがぎっしり湧いてるんだよ」
「えっ……? クレアは感知できない?」
「こいつ、魔力量が小さすぎて、自分の目視できる範囲くらいしか『サスペクト』の探知が届かないんだ」
「……それ、サスペクトの意味ない」
「う、うるさいわねぇっ! 私にはこの剣があるから魔法なんて不要なのよ!」
クレアは強がりながら、腰の剣を引き抜いた。
「……クレアって、アイスライトを地で行くような人ね」
「ん? アイスライトを地で行く……? どういう意味だ?」
俺が尋ねようとした、その瞬間——シズの雰囲気が一変した。
「……来る」
シズの鋭い視線に引っ張られるように森の奥へ目を向けると、樹木の影からぞろぞろと気味の悪い魔物の群れが姿を現した。
その数、三十体以上。凶暴なウルフや、ゴブリンのような異形が勢揃いしている。
「……Eランク、Dランクの雑魚ばかり。問題ない」
「ふん、雑魚の山じゃない! 私に任せなさい!」
クレアが待ってましたと言わんばかりに、先陣を切って魔物の群れのど真ん中へ飛び出していった。ずっとウズウズしていたのだろう。
「……本当に世話の焼ける人。援護する」
シズが前に両手を突き出し、詠唱体勢に入る。
ちょっと待て!? あの位置で広域魔法を撃ったら、前線のクレアまで巻き込まれるんじゃ……!?
俺が制止しようとするが、シズは静かに目を閉じ、驚異的な集中力で魔力を練り上げていた。
一方、群れの渦中に飛び込んだクレアは、一閃——凄まじい横薙ぎを放った。
重圧な刃の軌跡に巻き込まれた三体の魔物が、まるで豆腐のように真っ二つに切断される。さらに彼女は流れるような剣術で、次々と魔物を切り刻んでいく。魔物たちの反撃などかすりもしない。
これが……たったの二割の力だというのか。鬼神のような立ち回りに息を呑んでいると、シズが静かに魔法を紡いだ。
「——『ウォーターボール』」
シズの手前に現れたのは、俺が作るような巨大な水塊ではなく——ボール大の精緻な水球が、数十個。
それらは美しい軌道を描いて一斉に放たれ、前線で暴れるクレアをミリ単位で回避しながら、背後や側面の魔物たちの眉間を寸分の狂いもなく撃ち抜いた。
倒れ伏す魔物たち。一瞬にして十数個の魔石が地面に転がる。
な……なんだ、今の精密な魔法は……!?
広範囲かつ超威力。
その無駄のない魔法の理を目撃した瞬間、俺は自分がマンティコア戦で見せた極限の魔法と同質の、洗練された高みに戦慄していたのだった。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白い」「次も読みたい」と感じていただけたら、下の「★」評価やブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます!




