第五話:予選開幕と、お嬢様の嫉妬?
数日後の、いつも通りの登校時間。 クレアと共に教室の扉をくぐると、室内は早朝から異様な熱気に包まれていた。
「マジかよ……おい、嘘だろ!?」
「やった…… 」
「うわー……ダメだったか。また来年頑張るかぁ……」
喜び、落胆、驚き——様々な声が入り混じっている。クラスメイトたちの視線は、教室の掲示板に新しく貼り出された一枚の紙に集中していた。
その様子を見たクレアは、一瞬でピンと来たように掲示板へ駆け出そうとした——が、途中でハッと足を止め、振り向いて俺を睨みつける。
「何ぼーっと立ってんのよ。あんたも来なさい!」
「へいへい……」
しぶしぶクレアの後ろをついていく。 掲示板の前では人だかりができていたが、クレアが近づくと「ひっ……フォントネル様だ」と怯えた貴族生徒たちがサッと道を空けた。恐ろしい威圧感である。
「やっと発表されたわね」
クレアは食い入るように紙を見つめている。俺も彼女の肩越しに後ろから覗き込んだ。
『アイスライト杯予選・一年生出場者一覧』
レイン
クレア=フォントネル
エーベル=ランディル
シリア=グリッド
グリモア=マイコン
………………
グラッド=ラーナー
トール=アストレア
そこには、予選トーナメントに出場する十六名の名が連なっていた。ちなみに『=』の後ろに付いているのは貴族の家名だ。平民である俺は当然ただのレイン。 周りを見渡しても、平民の出場者なんて俺一人だ。さすが貴族学校、アウェー感が半端ない。
「でも、知らない名前ばかりだな……。お、うちのクラスからはグラッドとトールも無事に選ばれてるじゃないか! よかった」
出場者の決定は、二日目と三日目に行われた剣術・魔法の試験だけで決まったわけではない。 四日目からの数日間、午前中は座学の授業、午後からは他クラスも交えた一対一の実戦演習が行われ、その総合結果が加味されたのだ。
その実践演習、安全対策が施された木刀や腕輪をしていても、俺の魔法やクレアの剣術は、相手を一撃で気絶させるレベルの威力を叩き出していた。後半の演習に至っては、俺やクレアと当たることが決まった瞬間、戦う前から棄権する生徒が相次ぐ事態になっていたのだ。
まあ、名簿に載ってるような他クラスの上位の奴とは一度も当たらなかったけど……
強豪同士が予選前に潰れ合わないよう、配慮されていたのかもしれない。 ともあれ、クレアと一緒に予選に出られるのは純粋に嬉しい。
「よかったなクレア! とりあえず二人とも予選出場決定だ!」
晴れやかな気持ちで声をかけたのだが、振り向いたクレアの顔は、なぜかぶすっと不機嫌そうに歪んでいた。
「……何が『よかったな』よ。なんで私の名前が、あんたの下にあるのよ!」
「えっ? どうしたんだよ急に。順番なんて別にいいだろ?」
「ほんっとあんたはバカね! この名前の順番は、総合成績順よ!」
「ええっ!?」
ということは……俺がこの学年で総合一位だったってことか!? 確かに演習では一度も負けなかったけれど、まさかクレアやあのエーベルより評価が高いなんて。
「……ふん、まあいいわ。一位と二位はトーナメントの組み合わせ上、決勝まで当たることはないから。……絶対に勝ち上がってきなさいよ?」
「いやー……無理じゃないかなぁ……」
俺が気のない返事をすると、クレアの瞳からすっと光が消えた。
「……もし途中で負けたら、一生口を聞いてあげないから」
「えっ?」
「本気だから」
「ま、マジで……?」
「ええ、大マジよ。むしろ知り合いでもなくなりますので、そのつもりでよろしくお願いしますね?」
冷え切った完璧な笑顔と、丁寧すぎる敬語。
やばいやばいやばいやばい!! 敬語!!??
背筋に激痛のような冷汗が走った。この顔と態度は百%本気のやつだ! 恋人どころか、勝手に友達以上の位置にランク付けしていた幼なじみの座から即座に転落してしまう! それどころか知り合いですらない他人に落ちるなんて、人生の終焉と同義だ!
「や、やだぁぁぁっ! 頑張る! めっちゃ頑張るから敬語はやめてくれぇ!」
俺が本気で頭を抱えて深く頭を下げると、クレアは満足そうにフンと鼻を鳴らした。
「……ふふ。でも、もしちゃんと決勝まで勝ち残れたら……ご褒美をあげるわ」
「え……!? ほんとに!?」
「ええ、ほんと」
「ご、ご褒美って何……!?」
「……ふふん、内緒」
そう言ってクレアは悪戯っぽく微笑んだ。 クレアからのご褒美……! 一体なんだろう……!?
負けたら完全なる他人、勝てば魅惑のご褒美。まさに天国と地獄の二択である。 やるしかない。トーナメントは全十六人だから、決勝まで行くには三回勝てばいいんだ。
ただ……懸念はある。上位陣の強さだ。 特に三位のエーベル=ランディル。演習での彼の戦いぶりを遠目から見ていたが、体の切れも魔法の精度も、他の生徒とは次元が違っていた。
その時、教室の扉が豪快に開けられた。 そこに立っていたのは、まさに懸念の渦中にいた男——緑髪をなびかせた、エーベル=ランディルだった。
「おい。この教室にレインという男はいるか?」
静まり返る教室。クラスメイトたちの視線が一斉に俺へと注がれる。
「え……俺?」
エーベルは俺の顔を捉えると、カツカツと優雅な足取りで俺の目の前まで歩み寄ってきた。
「な、何か用かよ……?」
威圧感に気押され、思わず少し引き下がってしまう。
「初めて見る顔だな。……フン、俺より上と評価された奴のツラを見に来てやったのさ」
「何言ってるのよ。あんたもバカね、二日目に会った時に紹介したでしょ」
すっと割り込んできたのはクレアだった。凛とした態度でエーベルを牽制する。
「そうだったか? 興味のない有象無象の顔はすぐに忘れてしまう性分でな。……だが、一瞬でも俺の上に立ったのだ。レイン、名前くらいは覚えておいてやろう。順当にいけば、お前とは準決勝で当たる。……それまでにくだらない雑魚に負けるなよ?」
エーベルは不敵に口角を上げると、今度はクレアへと視線を向けた。
「それと、二位のフォントネル。お前も決勝で叩き潰し、学校側の評価がいかにデタラメだったかを証明してやる」
「言わせておけば。そんな機会、永遠に来ないわよ。だってあなたは——レインに負けるもの」
クレアがバチバチと激しい火花を散らす。
えっ、俺、勝つ前提になっちゃってる!?
「ハッ、言いたい放題言ってくれる。……では、楽しみにしているぞ」
エーベルは挑発的な捨て台詞を残し、嵐のように去っていった。
……しかし、気になることを言っていたな。 『順当にいけば準決勝で当たる』……?
「ねえクレア、対戦相手の組み合わせってもう決まってるの?」
「あんた……渡した紙に書いていたでしょ。トーナメント表は一位と十六位、二位と十五位が当たるように組まれるのよ。だから一位のあんたの一回戦の相手は、十六位の生徒。そして三位のエーベルとは、順当にいけば準決勝で当たるわ」
「そうだったのか……」
たしか途中で木に顔をぶつけて、それ以降読んでなかった。
「おはよう、レイン」
一騒動が収まったタイミングで、トールが苦笑いを浮かべながら近づいてきた。
「あ、トール……おはよう」
「いやあ、さすが一位様は注目度が違って大変そうだねぇ」
「茶化すなよ……。でもトール、予選出場おめでとう! ……って、あれ?」
「そうだよ、気づいた? 一回戦でいきなりレインと激突だよ。ハハハ……負け確定じゃないか。お願いだから骨を折るくらいで勘弁してね? ちなみにグラッドは二位のクレアさんと当たることになって、今教室の隅で魂抜けてるよ」
「あちゃあ……」
グラッドの方を見ると、真っ白に燃え尽きた顔で机に伏していた。無理もない。クレアの演習での戦いぶりは凶悪の一言で、対戦相手の半数が救護室へ直行、現在も数名が入院中なのだ。腕輪が付いていてそれである。恐ろしすぎる。
「お気の毒に……。ってことは、一回戦でうちのクラスの出場枠は半分になっちゃうのか。ただでさえうちのクラスは出場者が四人しかいないのに」
「えっ? 半分? 四人……? ……ん? ちょっと待ってレイン、僕、確認してくる!」
トールは首をかしげ、慌てて掲示板へと走り出していった。 彼が何かを確かめ、こちらに戻ってこようとしたまさにその時——
タッタッタッ……と、響く甲高い靴の音。
「はいはい! みんな席についてー!」
担任のリタ先生が教室に入ってきた。 俺とトールは最速の動きで自分の席へと着席する。
リタ先生はめちゃくちゃ厳しいのだ。 以前、座学中にウトウトしていたら額に恐ろしい威力のチョークという名の破壊弾が飛んできて、一晩コブが退かなかったことがある。あの時もクレアに「バカね」と冷ややかに言われたっけ……。俺、毎日のようにバカって言われてないか?
「みんな、もう確認したと思うけれど、アイスライト杯予選の出場者が決定しました! うちのクラスから選ばれた出場者は、その場で立ちなさい!」
リタ先生の号令で、俺、クレア、トール、グラッドが立ち上がる。 ……と、そこでもう一人。 一番後ろの窓際の席から、小さな影がスッと立ち上がった。
メガネをかけた、小柄で大人しそうな女の子だ。
あ……あの子、誰だっけ……?
入学してまだ数日、しかも演習ばかりだったため、クラス全員の顔と名前を把握しきれていなかった。そういえば朝、教室に入った時に「やった」って小さく歓声を上げていた子だ。
俺がじっと見つめていると、うつむいていた彼女がふと顔を上げた。目が合う。すると彼女は「ひゃいっ!?」と小さな悲鳴を上げ、熟したイチゴのように顔を真っ赤にして、再びものすごい勢いでうつむいてしまった。
えっ……俺、なんか怒らせるような顔してたか……?
「うちのクラスからは、この五名が出場します! 選ばれなかった人も来年チャンスがありますから、しっかり鍛錬に励むこと! さあ、みんな拍手!」
教室中に盛大な拍手が響き渡る。 なんだか照れくさくて、俺も自分自身に拍手をしてしまった。 隣を見るとクレアは胸を張って偉そうに腕を組んでいた。……貴族なんだから、もう少しおしとやかにしたらどうなんだ。
「はい! ということで、今日の午後は先生たちが明日の予選の設営準備をするため、授業は午前中の座学のみで終了です! 午後はしっかり体を休めなさいね!」
「やったー!」と教室中に歓声が上がる。 よし、午後は早く帰って泥のように寝よう。連日の演習と特訓で体も疲れている。
午前中の座学が終わり、帰宅の準備をしていると、机の前にトコトコと影が差した。
顔を上げると——先ほどのメガネの女の子が、両手を胸の前でぎゅっと握りしめて立っていた。
「ど、どうしたの……?」
「レ、レイン君っ! あ、あの……っ! 私、リリー=シンクレアと言います! あのっ、明日……お互い一回戦を勝ち上がったら、二回戦で当たるかもしれないので……よ、よろしくお願いしますっ!!」
息もつかせぬ早口でまくし立てると、リリーは真っ赤な顔でペコリと一瞬で頭を下げ、風のように教室を飛び出していってしまった。
「あ……うん、よろしく……?」
ぽかんとその背中を見送っていると——背肌が痛むほどの凄まじい殺気が突き刺さった。
おそるおそる殺気の出どころに目を移す。 そこには、氷のような笑みを浮かべたクレアが立っていた。
「……随分と仲良しなのね?」
「えっ!? い、いやいや! 今、初めて挨拶されただけだって!」
「そうかしらぁ? さっきも授業中、ずーっとあの子のこと鼻の下伸ばして見てたじゃない。あの子もまんざらでもなさそうだったし……いいんじゃない? シンクレア家と言えば、大金持ちで有名な名門貴族よ。よかったわね、将来安泰の逆玉になれて」
どこをどう見たらそうなるんだよぉぉぉっ!
俺の心の中にはクレアしかいないのに!
「ち、違うんだよクレア! 俺は……だって俺は……っ!」
言え……! 言うんだ俺……! お前が好きだとか、お前しか見えてないとか、言っちゃえよ俺のバカ!!
喉まで出かかった言葉が、恥ずかしさと恐怖でどうしても形にならない。
「……『だって』何よ。……ふん、今日は一人で帰るわ。ついてこないでね!」
クレアはぷいっと横を向くと、一瞬だけ俺を睨みつけ、フンスと鼻を鳴らして一人で教室を出て行ってしまった。
すれ違いざまにビンタか腹パンでも食らうかと身構えていたのだが、何もされなかった。
「なんなんだよ、急に……」
ポツンと一人取り残された教室で、俺はガックリと肩を落とした。
……いや、待てよ? あのクレアが、わざわざ俺と他の女の子のやり取りに口を挟んできて、勝手に不機嫌になって一人で帰った……?
これって……もしかして……ヤキモチ……!?
いやいやいや! 期待しちゃダメだ! 勘違いして調子に乗ったら後で殺される! ただ単に「自分の飼い犬が他人に懐こうとしたのが気に食わなかった」だけだ、絶対にそうだ。
「はぁ……明日はいつも通りのクレアに戻ってますように……。……大丈夫だよな? え、大丈夫だよね……!?」
俺は一人、明日開幕するアイスライト杯予選への不安と、クレアの機嫌という二重の恐怖に怯えながら、一人家路に帰るのだった。
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