第四十九話 :再びの極貧と、エミリーの寝息
「うー……頭が割れるように痛い……」
翌朝。すっかり陽が昇った室内で、エミリーは痛む頭を抱えながらベッドの上に力なく座り込んでいた。俺とクレアはすでに身支度を完璧に終え、あとは彼女の準備を待つばかりという状態だったのだが……。
「ねぇ~……今日はクエストお休みにしませんかぁ~? ほんとに無理です、ごめんなさい……」
言うやいなや、エミリーは身を翻して再びベッドへ潜り込み、枕に顔をうずめてしまった。
「……ハァ、しょうがないな。今日は無理せず休むか」
「駄目よ」
俺が苦笑いしながら折れようとすると、クレアが引きつった深刻な表情ではっきりと拒絶の声をあげた。彼女はすたすたとベッドへ歩み寄ると、上かけ布団をめくってエミリーをジッと見下ろした。
「エミリー。……手持ちのお金、あといくら残ってるの?」
その問いを聞いた瞬間、エミリーは半分だけ体を起こし、無言で自分の服のポケットや懐をガサゴソと捜索し始めた。
……やがて、二日酔いで青白かった彼女の顔から、さらにスーッと血の気が引いていくのが目に見えて分かった。
そして——彼女は震える手で、手持ちの数枚の紙幣と硬貨をベッドのシーツの上に並べた。
「え……?」
俺は自分の目を疑った。
そこに並べられていたのは、合計してもせいぜい五千ピア程度のなけなしの小銭だけだったのだ。
「……やっぱりね。昨日の夜、食堂の支払いでエミリーの懐からお金を探した時、全然見当たらないから嫌な予感はしてたのよ。……本当にこれだけなのね」
「ち、ちょっと待ってくれ!?」
俺は思わず叫んでいた。
一昨日にマンティコアの魔石買取で手に入った大金は二百万ピアだ。
俺が装備新調とエミリーの飲み代の肩代わりで三十万。クレアの剣が百万。エミリーが三十万受け取っていたとしても……まだ残金はあるはずだ。もしや……。
「エミリー……お金、何に使ったんですか……!?」
「うぅ……ごめんなさい……っ! 武具店に欲しい既製品の武器がなくて……店主さんに特注で新しい武器の作成を頼んだら、前金で高くなっちゃって……」
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、縮こまるエミリー。
……まぁ、百歩譲って武器の特注は仕方ないかもしれない。クレアだって百万ピアの名剣を買っているし、これからB級の過酷なクエストを受けるなら、上質な装備を揃えるのは生存率に直結する先行投資だ。いつまたマンティコアのような凶悪な魔物と鉢合わせるか分からないのだから。
それにしても……元貴族の血筋だからなのか、クレアもエミリーも金の使い方が豪快すぎる。
……ダメだ、このパーティの金銭管理は、俺が金庫番になってガチガチに握らないと破産する……!
俺は心の中で深く決意を固めつつ、更なる疑問を投げかけた。
「ちなみに……手持ちが少なかったのに、昨日の夜はどうやって食堂の客全員に酒を奢るつもりだったんですか?」
「……え? 奢る……? 何の話……?」
ぽかんと首を傾げるエミリー。やはり昨日の記憶がまるごと飛んでいるらしい。酒の怖さを身をもって知った俺は、昨日の食堂での惨状を事細かに説明してやった。
「ふ、ほんとぉぉぉに、ごめんなさいぃぃぃっっ!!」
事の重大さを理解したエミリーは、ベッドの上で綺麗すぎる土下座をかまし、プルプルと震えながら謝罪した。
「もう済んだことは仕方ないわ。……でも、これでよく分かったでしょ? 私たちは一夜にして再び極貧に逆戻りしたのよ! 今日中にクエストに出て稼がないと、今夜の宿代すら払えないわ! 休む暇なんてハナから無いの!」
……一番お金を使った張本人であるクレアが一番威風堂々と偉そうに言い放つ。言っていることは正しいのだが、どこか解せない。
「うぅ……そうね。私も頭が痛いなんて言っていられないわね……っ!」
エミリーは意を決してベッドから立ち上がろうとするが、足元がフラついて壁に激突しかけている。おまけに近づくだけでまだもの凄く酒臭い。
「エミリーは大人しく休んでいてください。今日は俺とクレアの二人で行ってきますから。依頼のランクを落とせば二人でも十分こなせますし、今日明日の生活費くらいなら稼いできます」
「そ、そう……? 本当にごめんなさい……。今の私じゃ、足手まといどころか背中を預けられないものね……。じゃあ、お言葉に甘えてお願いするわ……」
言うやいなや、エミリーは倒れ込むようにベッドへ突伏し、一瞬で「スースー……」と、いや「ガーガー」イビキを立て始めた。切り替えが早すぎる。エミリーさんの結婚できない理由が垣間見えたかもしれない。
「よし、行こうクレア。今日中に最低一つはクエストを達成して報告まで終わらせないと」
「そうね、急ぎましょう! 今日は私もバッチリ戦うわよ!」
「……おい、怪我はもう大丈夫なのか?」
「全く問題ないわ!」
やる気満々のクレアだが、内心少し不安だ。戦いたがりな彼女のことだから、たとえ痛みが残っていても「治っていない」とは絶対に言わないだろう。まぁ、ゴブリン程度の低ランクモンスター相手なら問題ないとは思うが。
「絶対に無理はするなよ?」
「ふん、あんたは自分の心配でもしなさいよ。……今日はセクハラ魔法なんて使わないでよ?」
「なっ……!?」
吐き捨てるように言われ、俺は思わず絶句した。
人の魔法に変な属性名を付けないでほしい。あれは本当にわざとじゃないんだ……!
俺たちは呆れと困惑を混ぜ合わせた溜息をつきながら、極貧からの脱出をかけて、早朝のギルドへと足を踏み出すのだった。




