第四十八話 :散財と代償
「さっ、早く帰りましょ。エミリーを待たせてるんでしょ。……もう、お腹ペコペコだわ!」
「あぁ、そうだな。心配させてるかもしれないし、急ごう」
俺たちはすっかり冷えた夜風の中、足を速めて宿屋『やすらぎ亭』へと戻った。
一階の受付にエミリーの姿はなく、奥の食堂の方から何やら耳をつんざくような大歓声と、聞き覚えのあるご機嫌な女性の声が響いてくる。
「っはーっはっは! 今日は私のおごりだーっ! みんにゃぁぁ、酒だ酒! たらふく飲めーっっ!!」
……嫌な予感しかしない。
急いで食堂の扉を押し開けると、そこには案の定、顔を真っ赤に熟れさせて大盃を掲げるエミリーの姿があった。
周囲には豪快に笑う屈強な大男のハンターたちが群がり、まるで祭りのように盛り上がっている。そして足元を見ると、すでに数人の男たちが白目を剥いて転がっており、中には鼻血を放出してノックアウトされている男の姿まで。
一体全体、俺たちがいない間に何があったんだ……!?
俺は頭を抱えつつ、慌ててエミリーの元へと駆け寄った。
「エミリー! 何やってるんですか! それに……おごりだとか、変な大声が聞こえましたよ!?」
「ありゃあ~? リェインじゃないですかぁ~。にゃにって……見ての通りお酒を飲んでるんですよぉ~。ふふ、だーめですかぁ~?」
うわっ、酒臭い! 至近距離で息を吹きかけられ、濃厚なアルコール臭が鼻をつく。完全に酔っ払いのお姉さんだ。これはもう問答無用で連れ帰るしかない。
「皆さん、盛り上がっているところ本当にすみません! 連れが完全に酔っ払ってるので、今日はこれで連れて帰ります!」
男たちに頭を下げてエミリーを抱き起こそうとすると、食堂の奥からエプロン姿の店員が悲壮感を漂わせながらダッシュで飛んできた。
「あ、あの! お連れ様ですか!?」
「はい、そうですが……」
「よかったぁぁぁ! あの、大変申し上げにくいのですが、お会計が少々大変な高額になっておりまして……! 先にご清算をお願いできないでしょうか!」
高額……。そういえばさっき「全員におごりだ」とか恐ろしいことを叫んでいたな。は冷や汗を流しながら、恐る恐る金額を尋ねた。
「あの……おいくらでしょうか……?」
「二十万ピアになります!」
「に、二十万ピアぁぁぁぁっ!????」
俺が武具店で血の滲むような節約をして、やりくりして手元に残した全財産が、まさかの一瞬で綺麗さっぱり消し飛ぶ計算だ!
とはいえ、酔い潰れている女性の服の懐を人前でガサゴソ漁るわけにもいかない。俺は泣く泣く財布を引っ張り出し、自分の手持ちのほとんどを店員の手へ手渡した。
「あ、ありがとうございました!」
店員は満面の笑みで深々と頭を下げるや否や、気が変わらないうちにと言わんばかりのスピードで厨房へ逃げて行った。
「ハァ……行きましょうか」
俺はすでに完全に落ちて「スースー……」と寝息を立て始めたエミリーを背中に抱え上げた。
その瞬間——背中にズッシリと乗っかる、豊満で柔らかすぎる圧倒的な感触。
っ……!?!?
心臓が跳ね上がった。理性と戦いながら、俺は背後で腕を組んで冷ややかな視線を送ってくるクレアに察せられないよう、必死に仏のような無表情を装った。
なんとか部屋まで運び込み、エミリーをベッドへ優しく横たえる。
「……ふぅ。さて、俺たちも下に降りて飯でも食いに行くか!」
「そうねぇ。……なんだか妙にご機嫌じゃない、レイン? 何か良いことでもあったのかしら……?」
クレアはジト目になり、眉間にしわを寄せて俺の顔面をじーっと至近距離で覗き込んでくる。
……やばい、完全にバレてる……っ!
「べ、別に何でもないよ! お腹減ったろ、さっさと行こうぜ!」
これ以上突っ込まれたら命がない。俺は慌てて部屋を飛び出した。クレアも眉をひそめて納得いかない表情だったが、それ以上追及してくることはなかった。
* * *
食堂へ降り、美味い料理を胃袋に流し込んだ俺たちだったが、伝票が運ばれてきた段階で、ある致命的な事実に気がついた。
「……なぁ、クレア。今、お金いくら持ってる?」
「はぁ? 何言ってるのよ。さっきエミリーにお金を借りてあの剣を買ったんだから、一銭も持ってるわけないじゃない」
「……俺もだ」
さっきエミリーの飲み代として二十万ピアを全額放出したため、俺の財布も一文無し。
飯を食っておきながら、二人揃って無一文という最悪の状況に陥っていた。
「仕方ない……エミリーの部屋に行って、お財布から出させてもらうか。ちょっと行ってくるから待ってて」
「……いや、私がいくわ」
「え? いいのか?」
俺が聞き返すと、クレアはまるで路地裏にいるゴミ虫を見るかのような、冷酷で蔑むような眼差しで俺を見下ろしてきた。
「当たり前でしょ。背中に胸が当たってニヤニヤ顔を必死に隠してたようなスケベ男に、無防備に寝てるエミリーの部屋へ行かせるわけないじゃない」
やっぱり速攻でバレてたぁぁぁぁぁっっ!?
クレアはフンと鼻を鳴らすと、蔑むような目線を俺に残したまま、軽やかな足取りで二階へと上がっていった。
その後、無事に?エミリーの財布から代金の支払いを済ませ、風呂に入ってベッドへ潜り込んだのだが——その日の夜、クレアが俺と一言も口をきいてくれることはなかった……。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白い」「次も読みたい」と感じていただけたら、下の「★」評価やブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます!




