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剛剣の姫と、至高の魔〜いつか君を超えて、その手を掴むまで〜  作者: Kuran


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第四十七話 :一千万の逸品と、割引の理由

 すっかり夜の帳が下りた暗闇の街を、俺とクレアはふたり並んで歩いていた。


 頭上に浮かぶ僅かな月明かりと、立ち並ぶ民家や商店の窓から漏れ出るささやかな灯りを頼りに、なんとか道に迷うこともなく今夜の宿『やすらぎ亭』を目指す。


 ……それにしても、気まずい。


 さっきの広場での感動的な仲直りがあったせいで、お互いに妙な気恥ずかしさが勝ってしまい、さっきから一言も喋らないまま無言でひたすら歩き続けているのだ。


 あ、ダメだ、息が詰まる……! 何か……何か当たり障りのない話題はないか……!


 耐えきれなくなった俺が必死に周囲へ視線を巡らせると、ふと彼女の腰元にある違和感に目が留まった。


「あ、そういえばさ……クレア。その腰の剣、今日買ったのか?」


「……え?」


 俺の問いかけにクレアは足を止めると、示し合わせるようにくるりと振り返った。そして、腰の鞘から一気にその獲物を引き抜くと、自慢げに俺の目の前へと突き出してきた。


「気付くのが遅いわよ! 見なさい、この剣を!」


 ——思わず息を呑んだ。


 そこに現れたのは、白銀の刀身を持つ、息を呑むほどに美しい長剣だった。


 刀身の根元から中ほどにかけては繊細で美しい金の透かし彫りが施されており、羽を模したかのような豪華な黄金の鍔の中央には、妖しく神秘的な光を放つ深紫の宝珠が埋め込まれている。


 お、おい……急に突き出すな、危ない! ……けど、なんて綺麗なんだ……


 頭上に冴えるわずかな月光を浴びて、白銀と黄金の刀身が夜の闇の中で神聖な輝きを解き放っていた。


「いい剣でしょ? 店で見つけた瞬間、一目惚れしちゃったの」


「確かに……ものすごい名剣に見えるな。……でもこれ、絶対高いだろ。よく買えたな……いくらだったんだ?」


 俺の問いに、クレアはフッと視線を逸らし、苦笑いを浮かべながら控えめに小声で呟いた。


「……百万ピア」


「ええっ!? ひ、百万ピアあぁぁっ!?」


 あまりの金額に俺はひっくり返りそうになった。渡された三十万ピアを遥かに超えているじゃないか!


「そんな大金、どうしたんだよ!?」


「か、借りたのよ! エミリーにお願いして、泣きついて借りたの!『これからのクエスト報酬から分割で返すから!』って! だって、どうしてもこの子が欲しかったんだもの! ……それにね、これでも元値は一千万ピアするのよ? 実質九割引! 信じられないくらいお買い得でしょ!?」


「はぁぁぁあ!? 一千万ピアぁぁっ!?」


 目ん玉が飛び出そうだった。一千万ピアといえば、国家の騎士団精鋭クラスや一流のハンターが持つような超一級品の業物だ。あの武具店の中でも間違いなく最高峰の目玉商品だろう。


 それがなぜ、たったの百万ピアで売られているんだ?


「な、なんでそんなに安くなったんだよ……!? まさかそれ、持ち主を不幸にする呪いの剣とかじゃ……」


「呪われてるなんて失礼ね! 名剣よ! アストライアっていうらしいわ!」


 クレアは不服そうに頬を膨らませて抗議した。


「この剣ね、店主が自分の職人人生のすべてを懸けて、精魂込めて鍛え上げた至高の逸品なんですって。でも……あまりに規格外すぎて扱える人間が誰もいなくて、何年も店の奥で売れ残っていたらしいの。私が試しに店内でブンブン振り回してたら、店主がボロボロ涙を流しながら『お願いだから持っていってくれ!』って頼み込んできたのよ。『お金がない』って言ったら、そこから破格の値段まで引き下げてくれたから、エミリーにお願いしたの!」


 ……店の中でそんな危険な大剣を振り回してたのかコイツ……相変わらず恐ろしいな……


 と思いつつも、首を傾げる。扱える人間が誰もいない? 確かに芸術品のような美しさだが、形自体は扱いやすい剣の類に見えるのだが……。


 俺が怪訝な顔をしていると、クレアがニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、剣の柄を俺の方へと差し出してきた。


「何よ、信じてないわね? ……ほら、持ってみなさいよ」


「え? あぁ……じゃあ、ちょっと失礼して——」


 持ってみろということだろう。俺は気軽に片手を伸ばし、クレアの手から剣の柄を受け取った——その瞬間!


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!????」


 突如として腕に襲いかかった破滅的な重量に耐えきれず、俺は引きずり落とされるように体勢を崩した。


 柄を握りしめたまま地面へ倒れ込む俺の目の前で、手離した剣先が——まるで豆腐にでも刺さるかのように、石畳の頑丈な路面へサクッと突き刺さった。


「なっ……ななな、なんだこの重さはっ!?」


 信じられない重さだ! まるで巨大な鉄塊どころか、密度を限界まで圧縮した高純度の鉛を握らされているかのようだ!


 俺は慌てて起き上がると、石畳に突き刺さった柄を両手でしっかりと握り締め、全身の筋力を振り絞って「ぬぬぬぬ……っ!」と引っ張り上げた。だが、剣はビクとも動かない。ピクリとも傾きさえしないのだ。


「ふふん、しょうがないわねぇ。……これで理由が分かったでしょ?」


 クレアは呆れたように肩をすくめると、かがみ込み、右手だけでひょいと軽やかに柄を掴んだ。

そして——何の力みもなく、まるで羽毛でも持ち上げるかのように片手で簡単に剣を抜き去ってしまった。


 ……あ、そういうことか……!!


 俺は冷や汗を流しながら納得した。


 この剣は常人を遥かに逸脱した超人的な筋力を持つ者でなければ、持ち上げることすら不可能な代物なのだ。


 普通のハンターや鍛え上げた騎士団員ですら、両手で持ち上げることすら叶わない重量の欠陥武器。そりゃあ、何年売りに出したところでクレアのような怪力少女が偶然訪れない限り、絶対に売れ残るに決まっている。


 ……っていうか、店主もなんでそんな人間離れした筋力前提の剣を作っちゃったんだよ。


 夜風に剣身を煌めかせながら、嬉しそうに剣を愛でるクレアを見上げ、俺は呆れつつも思わず苦笑してしまうのだった。

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