第四十六話:二人のこたえと、仲直り
エミリーは大柄な男の首根っこを軽々と掴んで肩に担ぎ上げた。
「分かりました。ご迷惑をお掛けします」
俺ももう一人の男を背負い、エミリーと共に夜のギルドへと向かった。ギルドには、過酷な任務で傷ついた冒険者を治療するための医務室が併設されている。
「おいおいおい……こりゃあまた派手にやったな。上級魔法でもぶちかましたのか?」
運び込まれた二人の凄惨な負傷具合を見て、受付のマーシャルが目を丸くして驚いていた。
「いえ……ただの初級魔法です……」
「はっはっは! 嘘が下手だな坊主! 初級魔法で人間がこんなズタズタになるかよ。コイツらは性格は最悪だが、一応は叩き上げのC級ハンターだぞ?」
マーシャルは俺の言葉を冗談だと決めつけ、取り合おうとしない。
だが事情を詳しく聞くと、俺に絡んできたあの二人組は、ギルド内でも以前からタチの悪い問題児として目をつけられていた存在だったらしい。手頃で弱そうな町人や駆け出しハンターを狙っては言いがかりをつけ、金銭を脅し取ったり暴力を振るったりを繰り返していたそうだ。
……俺、そんなに弱そうに見えたのかな……
少し凹む俺だったが、復讐を恐れて誰も今までギルドに正式な告発を出せずにいたのだという。
今回は俺たちが叩きのめしたタイミングで、一部始終を目撃していた武具店の店主がギルドへ駆けつけ、全面的にあの二人が悪質だったと証言してくれたため、俺たちが罪に問われることはなかった。
「……じゃあ、俺たちはこれで失礼します。エミリー、行こう」
事情聴取と説明を終えると、俺は居心地の悪さから逃げるようにギルドをあとにした。
「エミリー、俺……クレアを探してきます。どうやら、本気で怒らせちゃったみたいで……」
「……そっか。よし、行ってきなさい! 私は昨日と同じ宿で待ってるからね」
エミリーは包み込むような優しい笑みを浮かべ、手をひらひらと振りながら宿の方角へ歩いて行った。
静まり返る夜の街へと駆け出す。胸の奥がチクチクと痛み、クレアのあの悲しげで涙に濡れた表情が頭から離れなかった。
「ちくしょう……どこに行ったんだよ……っ!」
すっかり日が落ち、夜の静寂が街全体を包み込み始めていた。人通りもまばらになった路地を走り回ること十数分。ふと、耳奥に聞き慣れた音が飛び込んできた。
——空気を鋭く引き裂く風切り音。荒い息遣い。毎日のように隣で聞いてきた、俺にしか分からないクレアの剣の音だった。
音を頼りに裏道の小さな広場へ向かうと、そこには街灯の光を浴びながら、一心不乱に剣を振り抜くクレアの姿があった。怪我など微塵も感じさせない猛烈な踏み込み。彼女の周囲にまるで荒れ狂う嵐が巻き起こっているかのような、激しくもどこか痛々しい剣技。
俺が思わずその気迫に見とれていると、クレアの動きがピタリと止まった。
「……何か用?」
背を向けたまま、汗を拭うクレア。一度もこちらと目を合わせようとしない。
「さっきのこと……謝ろうと思って」
「……もういいわよ。私も体を動かしてすっきりしたし。なんで怒ってたかも忘れちゃった。だからあんたも、さっきのことは忘れなさい」
つとめてあっけらかんと言い放つクレアだったが、やはり一度も振り向かず、その声にはいつもの凛とした強さが欠けていた。
「いや……ちゃんと謝らせてくれ。ごめん、俺が悪かった。もう二度とあんな真似はしない。だから……許してくれ」
俺はクレアの背中に向かって、深々と頭を下げた。
沈黙が広がる。俺は視線を上げ、じっと彼女の背中を見つめた。汗を拭う振りをして、腕で必死に目元を擦っているように見える。
「お、おい……クレア……?」
心配になり、そっと彼女の華奢な肩へ手を伸びした——その瞬間。
クレアが勢いよく振り返り、俺の手を強く弾き飛ばした。鋭い眼差しで俺を睨みつけるその瞳には、こらえきれなかった大きな涙が溢れていた。
「だから……謝らないでよっ!!」
クレアの叫びが、夜の広場に響き渡る。
「私は今……私自身に腹を立ててるのっ! 全部、私が弱いせい……! 私がもっと強ければ、ボルタだって止められた! 私が強ければ、家や爵位を奪われることもなかった! レインが学院を退学になることも……あんな恐ろしい顔で人を殺そうとすることもなかった……っ! 全部……全部私が弱かったから……っ!!」
まるで堤防が決壊したかのように、溢れ出す言葉と涙。
クレアは俺が思っていた以上に、これまで起きた全ての不幸を「自分の無力さのせい」だと抱え込み、深く傷ついていたのだ。
だけど——それは、
「クレア……俺だって一緒だっ!」
俺は叫び返し、彼女の瞳を真正面から見つめ返した。
「俺が強ければ、あの時ボルタを捕まえられた! 俺が弱いから、いつもクレアに心配ばかりかけて……いつも傷つけているんだ!」
溢れ出る感情を抑えきれず、俺は踏み出し、クレアの小さな身体をそっと力強く抱き寄せた。クレアは逃げることも抵抗することもなく、俺の胸に顔を埋めたまま、ポロポロと涙を流して震えていた。
「……だから、一緒に強くなろう。誰にも負けないくらいに。お互い大切なものを、ちゃんと自分たちの手で守れるくらい……強くなろう」
俺が夜空を見据え、力強く誓いを立てると、クレアの小さな手がぎゅっと俺の背中の服を掴んだ。
……だが、それはほんの一瞬のことだった。俺が答えるように腕に力を込めようとした瞬間——。
クレアの両手が強烈な力で俺の胸を押し弾いた。あまりの腕力に俺は無防備のまま後ろへ吹っ飛び、豪快に尻餅をついた。
「痛たたたっ……! な、何するんだよ急に!?」
お尻を押さえながら見上げると、そこには目元をほんのり赤くしながらも、すっかり涙を拭い去り、いつもの高飛車で自信に満ちあふれた笑みを浮かべるクレアが立っていた。
「ふん! この程度の力で倒れるようじゃ、まだまだ鍛え直しね! 足腰が弱い証拠だわ。明日からまた、徹底的に筋トレを再開するわよ!」
仁王立ちで腰に手を当て、俺を見下ろしながら言い放つ。……うん、やっぱりいつもの、威勢のいいクレアだ。
「……はぁ、また激しい筋肉痛の日々か……」
俺が諦めたように肩を落として呟くと——クレアはすっと顔を明後日の方向へ逸らし、耳まで真っ赤に染めながら、消え入りそうな蚊の泣くような声で囁いた。
「……い、一緒に強くなるんでしょ。……私も頑張るから、レインも……ちゃんとしなさいよ……っ」




