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剛剣の姫と、至高の魔〜いつか君を超えて、その手を掴むまで〜  作者: Kuran


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第四十五話:過剰な防衛と、すれ違う二人

「さぁ、大金も手に入ったことだし、今日は奮発して好きなものを買いなさい! とりあえず一人三十万ピアずつ渡しておくわね」


 武具店の賑やかな店内で、エミリーは懐から札束を取り出し、指先で一枚一枚丁寧に数えて俺とクレアに差し出した。


 二百万ピアも入ったとはいえ、いきなり三十万ピアもポンと渡されると圧迫感がある。


 こんなに使っちゃって大丈夫なのか……?


 と一瞬不安がよぎったが、ハンターにとって装備は命を託す相棒そのものだ。ここで質の高い防具や武器を買い揃えることは、今後の生存率を高めるための立派な投資なのだと自分に言い聞かせ、ありがたく受け取ることにした。


 俺は広い店内を歩き回り、迷いに迷った末、現在着用している『ブラックミラージベスト』を、職人が手掛けた本物へと買い替えることにした。おそらく効果的にはあまり意味のない付与だが、やはりレプリカより本物がいい。


 店内にはもっと強力な特殊能力が付与された高級防具もずらりと並んでいたが、今の俺にはこの防具以上のしっくりくるものが見つからなかった。それに、どれも目ん玉が飛び出るほど高価だったのだ。貧乏性な俺には、渡された三十万ピアをいきなり一気使い切るほどの度胸はなかった。


 武器に関しても、前回買った数千ピアの安物鉄剣から、十倍以上の値が張る片手剣をチョイスした。


 どんな金属で鍛えられているのか詳しい素材までは分からないが、漆黒の刀身と洗練されたフォルムに一目で心を奪われたのだ。どうせ俺の戦闘スタイルは魔法がメインになる。宝の持ち腐れになるような名剣を買うより、これくらいが一番しっくりくる。


 買い物を終えて二人の様子を伺うと、クレアとエミリーはまだ楽しそうに武器の棚を物色している最中だった。


 しょうがないな……もう少し店内をぶらぶら見て回るか。


 そう思い、くるりと踵を返した——その直後。


 背後から迫っていた何者かと、強く肩がぶつかった。


「あっ……ごめんなさい」


 咄嗟に謝罪して振り返ると、そこに立っていたのは柄の悪い体躯の大きな男二人組だった。


「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!???」


「えっ……!?」


 ぶつかった大男の一人が、大袈裟に肘を押さえてその場に大袈裟にへたり込んだ。


 すると、隣に立っていたもう一人の男が、下品なニヤニヤ笑いを浮かべながら俺へと歩み寄ってくる。


「おいおいおい、兄ちゃん……! うちの相棒の腕、骨がいっちまってるぞ? どう落とし前つけてくれるんだぁ? ……まぁ、俺たちも別に鬼じゃねえ。揉める気なんて更々ねえんだよ。しかるべき治療費と慰謝料さえ用意してくれればなぁ?」


 あー……これ、典型的な当たり屋ってやつか。面倒くさいのに絡まれたな……あまりに古典的な言いがかりに俺が思わず呆れ果てていると、背後から怒りを帯びた足音が近づいてきた。さては俺たちがお金の受け渡しをしているところを見ていたな。


「ちょっとレイン、どうしたの? ……なんかさっきから、耳障りで汚い叫び声が聞こえてくるんだけど」


 異変を察知したクレアが、腕を組みながらやってきた。


「誰が汚い声だコラァッ!!」


 さっきまで肘を押さえてうずくまっていた男が、跳ね起きるように立ち上がり、額に青筋を立てて怒鳴り散らす。骨折どころかピンピンしているじゃないか。


「まぁまぁ相棒、落ち着けって。……こちらは哀れな被害者なんだからよ。……そうだなぁ、お兄さん。とりあえず手打ちとして百万ピア用意してもおうか? ……あぁ、もし払えないってんなら——その威勢のいいねえちゃんを一晩貸してくれるなら、チャラにしてやってもいいぜぇ?」


 男は舌をベロリと下品に舐めずり回し、鳥肌が立つような気味の悪い笑みでクレアの身体を舐め回すように視線でなぞった。


「はぁぁぁあ!? 誰があんたたちみたいなゴミ屑と——」


 ブチ切れたクレアが激昂し、前に出ようとした——その瞬間。


 俺は静かに片手を差し出し、クレアの前に立ち塞がって制止した。


「おい……ここじゃ店の迷惑になる。……外に出ろよ」


 冷ややかに言い放つ俺の瞳に、怒りの火が灯るのを感じた——。


「え? レ、レイン……?」


 クレアの困惑した声が耳に届く。だが、今の俺にはそれを優しく受け止める余裕なんてなかった。体中を激しいマグマのような怒りが駆けめぐり、全身が意思に反して震えている。


 ……許さない。クレアを傷つけようとする奴は……絶対に許さないっ!


 自分でも抑えきれない怒りの理由は、痛いほど分かっていた。


 ボルタの凶手から守りきれず傷を負わせたあの日。学校で卑劣な生徒たちに襲われかけたあの時。


 俺の無力さのせいで、彼女に絶望的な思いをさせてしまった過去が、鮮烈なフラッシュバックとなって脳裏を灼く。二度と、あんな思いはさせたくない。何より、大切な仲間を守りきれなかった不甲斐ない自分自身が一番許せなかったのだ。


 もしもクレアを害そうとする奴がいるならば——それが誰であろうと、容赦なく殺してやる。


「ハッ! ガキが、女の前だからって調子に乗りやがって! いい度胸だ、後悔させてやるよ!」


 俺とクレア、そして二人の大男は、武具店の裏手に広がる静かな更地へと移動し、対峙していた。


「おい坊主、俺たちが誰だか分かってんのか? 俺たちは泣く子も黙るC級ハンター様だぞ。今なら土下座してその女と全財産を置いていきな。そしたら見逃してやる!」


 さっきまで肘を押さえて大袈裟に痛がっていた男も、骨折など嘘のように剣をぶんぶんと振り回して威嚇してくる。


 ……よかった。本当に怪我をさせていたならこっちが悪者になってしまうからな。これで……遠慮なくやれる。


 彼らがC級ハンターを名乗ったことには少し驚いたが、不思議と負ける気など微塵もしなかった。今の俺を満たしているのは、冷徹なまでの殺意だけだ。


「……ハンターってのは、そんな雑魚でもなれるんだな。御託はいいから早く来いよ。一瞬で楽にしてやるから」


「ね、ねぇ……レイン、大丈夫……!?」


 背後から、クレアが引きつった不安げな声をかけてくる。


「大丈夫だよクレア。こんな奴らに負けたりしない」


「いや、そうじゃなくて……っ!」


 クレアが何かを制止しようと口を開かけたが、それを待たず二人の男が獰猛な笑みを浮かべて同時に襲いかかってきた。俺は冷ややかな瞳で右手を開き、前に突き出す。


「【ウインド】」


 突風が爆発的に吹き荒れた。ただの初級の風魔法——だが、腕輪のない今の俺が放てば、風は無数の透明な刃へと変貌する。


 刃となった風圧が二人の男の肉体を深く切り刻み、悲鳴とともに豪快に吹き飛ばした。血だらけになりながら地面をのたうち回り、必死に立ち上がろうとする男たち。だが、これで十分な距離が生まれた。


 俺は再び右手を構え、静かに次の言葉を紡ぐ。


「【ファイアーボール】……死ね」


 俺の手のひらから、人間の大きさを遥かに超える巨大な火の球体が現れた。


 ……かつて、トールと死闘を繰り広げた時もこの流れだったな。だが、今の俺には威力を抑える腕輪すらない。この距離でこれをぶち込めば、確実に跡形もなく燃え尽きるはずだ。


 男たちの顔から血の気が引き、絶望と死の恐怖に顔を歪めるのが見えた。


 さっきまで威張っていた男が、涙と鼻水を流しながら必死に手を振って謝罪しているようにも見える。

だが——もう遅い。消え失せろ。


「やめなさいってば!!」『——だめだよ!』


 頭の中で二人の女性の声が激しく重なった——と思った瞬間!


 背中に激しい衝撃を受け、俺はバランスを崩して地面にガクリと膝をついた。


 手のひらから解き放たれたはずの巨大な火球は、軌道を大きく歪められて空へと打ち上がり消滅した。


 死の恐怖から間一髪で逃れられた二人の男は、腰を抜かして失禁し、安心したのかそのままガクッと気を失って倒れ込んだ。


 俺が慌てて振り返ると——そこには、怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざり合った表情で、ボロボロと涙をこぼすクレアが立っていた。


 ……なんで、そんな顔をしてるんだ……? 俺は……俺はただ……


 俺が困惑していると、クレアは俺の襟元を両手で強く掴みあげ、強引に立ち上がらせた。


「あんた……何やってるのよっ!! 本気で殺す気だったのっ!?」


 その声は震えており、明らかな怒りと激しい動揺が滲んでいた。


「何って……あいつらが、クレアを傷つけようとしたから……」


「私が何よっ!?」


 俺の言い分を最後まで聞くことなく、クレアは涙を撒き散らしながら叫び続けた。


「私がまたあいつらにやられるとでも言いたいわけ!? 私は……私は、自分の身くらい自分で守れるわよっ! あんたにそんな顔で守ってもらうなんて……屈辱だわっ!!」


 頭を殴られたような衝撃が走った。


 なんだよそれ……。俺はクレアのために……クレアを守りたくて……っ!


 クレアの言い方にどうしても納得がいかず、俺は激昂のまま、思ってもいない最低な言葉を口にしてしまった。


「……ふざけんなよ! それに、これは俺の喧嘩だ! クレアには関係ないだろ、邪魔するなよっ!!」


 言い放った瞬間、クレアの表情から怒りが消え、絶望的な悲しみへと変わった。俺の襟を掴んでいた彼女の手から、スッと力が抜けていく。


「……か、関係あるわよ……っ!」


 クレアはボロボロと大きな涙を溢れさせながら、掠れた声で訴えた。


「私は……あんな恐ろしい顔をしたレインなんて、見たくない……! だってレインは……優しくて、それに、私が……っ! ……バカッ!! もう知らないっ!!」


 そう言い残すと、クレアは溢れる涙を拭いもせず、夜の街へと走り去ってしまった。


 去っていく彼女の背中を見送りながら、俺は冷や水を浴びせられたように一気に冷静を取り戻した。


 ……俺は、一体何をやってるんだ……


 胸の中に重い後悔が押し寄せる。確かに過剰防衛どころか、やり過ぎだった。


 クレアが背中を押して止めてくれなければ、俺は間違いなく人を殺していた。少し絡まれた程度で……いくら相手が悪党だとしても、重大な犯罪を侵したわけでないハンターを簡単に殺していいはずがないのだ。


 しかも、クレアのためと自分に言い訳をしながら、一番守りたかった彼女を酷く傷つけ、悲しませてしまった……。


 ……あとで、ちゃんと謝らないと。


 呆然と立ち尽くす中で、ふと疑問が浮かぶ。


 ……また、あの女の子の声が聞こえた。


「ちょっと! 何があったの!?」


 騒ぎを聞きつけたエミリーが、急ぎ足でやってきた。


「いや……ちょっと、コイツらと揉めて……」


 俺は血だらけで泡を吹いて気絶している二人の男を指差す。


「揉めてって……まあ、レインのことだから絡まれたんだろうけれど、それにしてもやり過ぎじゃないかしら……。……ハァ、仕方ないわね。事情は後で聞くとして、とりあえずこの二人をギルドへ運ぶわよ」


 エミリーの呆れた溜息を聞きながら、俺は暗い夜空を見上げ、深く胸を痛めるのだった。

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