第四十三話:報酬と、眠り姫
「さぁ、まずはハンターギルドへ直行するわよ! なんせ私たちは今、明日のパンを買うお金すら残っていないんだから!」
日がすっかり落ち、平民街の街灯の下、エミリーが声を張り上げた。……元貴族が二人も在籍しているパーティが、まさかここまで困窮するだなんて誰が想像できただろうか。
「早く行きましょう! お腹がペコペコだし、久しぶりに温かくて美味しいものが食べたいわ! ……それに、新しい装備も買わなきゃ。私の鉄剣、エミリーが真っ二つに折っちゃったんだから」
「ごめんね、クレア。熟練の達人ならあんな剣でも使いこなすんでしょうけれど……私、剣はどうにも苦手でね」
剣が苦手——?
俺から見れば、エミリーのあの残像が残るほどの連続一閃は十分すぎるほどの超一流に見えたのだが……。実際、稽古をつけてもらった時も俺は手も足も出なかったのだ。気になって仕方がなくなり、俺は思い切って尋ねてみた。
「エミリーの得意な武器って何?」
「えっ……!? な、内緒……かなぁ」
エミリーは露骨に視線を泳がせ、口ごもって答えようとしない。得意な武器が内緒と言われると、余計に気になって夜も眠れなくなる!
「えーっ! 武器の種類くらい別にいいじゃない! 出し惜しみしないで早く教えてよー!」
クレアも好奇心を刺激されたのか、すさまず横から追撃を開始した。いいぞ、クレア!
「うーーーーっ……分かったわよ! 次、武器屋へ買いに行く時は、ちゃんと私の得意な武器を買うから! それでいいでしょ!?」
観念したように、若干やけくそ気味に言い放つエミリー。
「しょうがないわね、楽しみにしておくわ。……ちなみに私はもちろん剣よ。なんなら身の丈を超える大剣だって着こなしてみせるわ!」
聞いてもいないのに、分かりきった自慢をドヤ顔で語るクレア。まあ、彼女が剣を振り回す姿以外、想像もつかないのだが。あとは拳。
「まっ、何にせよお金がなきゃ、装備どころか今日の夕食すらお預けよ。急ぐわよ!」
俺たちは自然と早足になり、ライトが灯るハンターギルドの扉をくぐった。
活気あふれる館内を抜け、カウンターへ向かうと、ギルドマスターのマーシャルが不敵な笑みを浮かべて出迎えた。
「よう、新人さんたち。記念すべき初クエストの首尾はどうだった?」
エミリーはドヤ顔のしたり顔を浮かべると、カウンターの上にゴブリンから回収した緑色の濁った魔石をジャラッと並べた。
「ふふん、この程度のクエスト、私たちにかかれば朝飯前よ」
「ほう……確かにゴブリンの魔石だな。新人の初陣にしては上出来じゃないか。……よし、これが今回の報酬だ」
マーシャルは手際よく魔石を受け取ると、かわりに四万ピアをカウンターへ置いた。
「あれ……? 報酬って確か、三万ピアじゃなかったでしたっけ……?」
俺の記憶が正しければ、張り紙の提示額は間違いなく三万ピアだったはずだ。
「三万はあくまでクエスト達成の基本報酬だ。ギルドでは持ち帰った魔石の純度や質に応じて討伐上乗せ金が出るのさ。今回の魔石は、ゴブリンの個体にしてはなかなか上等な魔石だったからな」
マーシャルが丁寧に解説してくれた。なるほど、そんなお得なシステムがあったのか。思わぬボーナス臨時収入に心が躍る。
「ねぇねぇ、エミリー……! これは一体、いくらくらいになっちゃうのかしら……!?」
クレアが興奮で頬を染めながら、足元に大切に置いたマンティコアの魔石を指差した。
「そうね……お楽しみは最後に取っておくものだけれど、そろそろ本命のお出ましと行きましょうか!」
エミリーは深紅に妖しく輝くリンゴ大の魔石を抱え上げると、得意満面でカウンターの真ん中にドカンと置いた。
「さぁ、マスター。これも引き取ってもらおうかしら?」
「なっ……!?」
マーシャルはまるで直撃の雷に打たれたかのように目を見開き、口をぐうの音も出ないほど開けて魔石を凝視した。
「こ、これは……まさか……いやいや、そんなバカなはずがない。おいお前たち……これ、どこで手に入れた? 本物なのか……!?」
目の前にある凄まじい密度の魔石が信じられない様子だ。それもそのはず、マンティコアなんて本来なら少なくともA級以上のベテランハンターがパーティを組んで挑むような大物なのだ。俺たちだって、あの謎の究極魔法が奇跡的に発動しなければ今頃お腹の中に収まっていた可能性もある。
「間違いなく、私たちがベラシーの森で討伐した本物の魔石よ。気が済むまで調べても構わないわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……! もしこれが本物なら、相当な高ランクの魔物だったのは間違いない。だが……情けないが俺の目利きじゃ正確な鑑定価値までは弾き出せん! すぐに専門の鑑定士を呼んでくるから、ここで動かずに待っていてくれ!」
冷や汗を流しながら、強気なエミリーに気圧されるマーシャル。
「早くしてちょうだいね。私たち、お腹が空いていて忙しいんだから」
「わ、わかってるよ……っ!」
マーシャルは慌てふためいて奥の執務室へと駆け込むと、一人の小さな少女の手を引いて戻ってきた。
「待たせたな! こいつはシズだ。うちのギルドで最高の鑑定能力の持ち主でな。あらゆる物の真価を見抜く天才なんだ」
紹介された少女——シズは、見たところ十歳よりちょっと上に見える。銀白色の肩まで伸びた髪と淡い青灰色の瞳で、小柄で華奢な少女。白と濃紺を基調に金の装飾を施した上品な衣装をまとっている。花飾りと黒いリボンを髪につけ、どこかミステリアスな印象を受けた。
だが——。
「……ねむい。……ねる」
シズは一言そう呟くと、コテンと首を傾げ、なんと立ちつくしたままスースーと規則正しい寝息を立て始めた。
……立ったまま寝た!? どんな高等スキルだよ……!!
呆然とする俺たちの前で、ギルドマスターが頭を抱えるのだった。




