第四十一話 :消えた声と、まさかのパワー
「今の魔法は……何だったの!? すごい威力ね!」
エミリーが俺の元に一目散に駆け寄り、驚愕に瞳を輝かせながら問いかけてきた。だが、尋ねられた当の俺にすら、何が起きたのかまったく理解できていない。分かることといえば、途中で『幼い女の子の声』が脳内に直接響き、俺の意思を置き去りにして勝手に究極魔法が解き放たれたことくらいだ。
しかも、その効果は絶大でありながら、エミリーを完璧に避けてターゲットのみを凍結・粉砕するという、まさに俺が求めていた理想そのものだった。
声の主を探そうと、俺は周囲の樹木や空間をキョロキョロと見渡す。だが……やはり人影などどこにもない。今しがた聞こえた声は、エミリーの大人っぽい声でも、クレアの勝気な声でもなかった。もっとずっと幼い、小さな子供のような可憐な声だ。
「いえ……俺にもよく分かりません……」
「魔法を使った本人が『よく分からない』ってどういうことよ? 本当にバカになっちゃったの?」
後方へと避難していたクレアが、警戒を解いてゆっくりと歩み寄ってきた。
「違うんだ! 俺は最初、エミリーごと吹き飛ばす覚悟で上級魔法を使おうとしてたんだ……! でも急に女の子の声が聞こえて……それで、勝手に俺の手からあの究極魔法が飛び出したんだよ……!」
俺は自分の身に起きた不可解な現象を、ありのまま正直に打ち明けた。
狂言や妄想だと呆れられるかもしれない。だが、元騎士団のエミリーや貴族出身のクレアなら、何か伝承や魔法の知識を知っているかもしれないと思ったのだ。
「……女の子の声? あんた、ついに幻聴と妄想癖まで開花させたの?」
クレアの反応は予想通り論外だった。冷ややかな眼差しで軽蔑の眼差しを向けてくる。
「究極魔法……そして、女の子の声……」
対照的に、エミリーは顎に細い指を当て、節目がちに視線を落として深く考え込んでいた。
「エミリー! 何か心当たりがあるのか!?」
「……うーん。わかんないっ♪」
「えっ?」
「いやぁ、どこかの古い伝承か文献で似たような話を聞いた気がしたんだけど……忘れちゃったわ!」
そう言って、エミリーは可愛らしく真っ赤な舌をペロッと出してみせた。
……まあ、エミリーすら知らないなら仕方がない。だが、今回は結果的にこの謎の現象のおかげで命を救われたのだ。
もしあのまま制御不能な上級魔法を放っていたら、エミリーに大怪我を負わせたかもしれないし、最悪の場合それでもマンティコアを倒しきれずに全滅していたかもしれない。
俺は心の中で、『助けてくれて、ありがとうございました』と深く感謝を捧げた。
『——どういたしまして♪』
「あっ!! いまの声!! みんな聞こえたろ!? 確かに聞こえたよな!?」
俺が思わず叫び声をあげると——二人から向けられたのは、底冷えするほど冷ややかな視線だった。
あ、これ……哀れな奇人を見る目だ。まさか……本当に俺しか聞こえていないのか……!?
「レイン……やっぱり衝撃で頭に深刻なダメージを受けたのかしら……。街に戻ったら病院に行く? 『バカにつける薬はない』って言うけれど……」
「心配してないだろ絶対!」
容赦なく毒を吐くクレアに抗議するが、俺の言葉は虚しく森に消える。
「ま、まあまあ! とにかく今日は予期せぬトラブル続きで疲れたわね。無事にクエストの目的も達成できたし、今夜の野宿も回避できそうよ。……それに、あれを見てちょうだい」
エミリーが苦笑しながら指差したのは、マンティコアが粉々に砕け散った場所だった。氷の粒子が消え去った土の上に、リンゴほどもある光輝く深紅の宝玉が転がっていた。
「あれは……魔石か!?」
「そうよ! 魔石は討伐した魔物の格によって大きさや輝きが全く違うの。しかも、クエスト対象外の魔物の魔石も、ギルドで買取してもらえるわ! あのクラスの魔石なんて滅多に市場には出回らないんだから……信じられないような高値がつくはずよ! 楽しみねぇ!」
エミリーのテンションが一気に跳ね上がった。出会って以来、これほど純粋で無邪気な笑顔を見せるエミリーを俺は見たことがない。
……やっぱり、お金って人の心を明るくするんだな。
俺はその高額な魔石を回収するため、両手を伸ばして持ち上げようとし——
「っぐ……!? な、何だこれ……!? めちゃくちゃ重いっ!!」
ピクリとも動かない。
俺は深く腰を落とし、足腰に限界まで力を込めて「ふんっ!!」と息を吹き出したが……魔石は多少動くだけで、地面と一体化しているかのようだった。
どうしよう……これじゃ持っていくことすらできず、ギルドに売ることだってできないぞ……!
そんな俺のぶざまな姿に見かねたのか、エミリーが軽やかな足取りで歩み寄ってきた。
「どれどれ……はい、よいしょっと」
「へっ……!?」
エミリーがひょいと手を添えると、あれほどビクともしなかった巨石級の重さの魔石が、まるで米俵でも持ち上げるかのように両手で持ち上げた。
「あ、ありがとうございます……」
「いいのよ。レインはマンティコアにとどめを刺してくれた最大功労者なんだから。でも……一応男の子なんだから、もう少し筋力も鍛えなくちゃダメよ?」
「はい……面目ないです……」
重い荷物を女性に持たせるなんて……男として情けなさすぎて消えてしまいたい。
俺が激しく落ち込んでいると、クレアがエミリーの元へ歩み寄った。
「エミリー、私に持たせて。……今回、悔しいけれど私は何ひとつ役に立てなかった。せめて荷物持ちくらいさせて」
クレアが差し出した両手には、さっき固く握りしめた際にできた痛々しい血の跡が残っていた。
それを見たエミリーは一瞬躊躇する素振りを見せたが、彼女の誇りと悔しさを察したのか、優しく微笑んで魔石を手渡した。
「本当に……あなたも十分バカね。……重いから気をつけるのよ?」
「大丈夫よ。レインと違って、私は日頃から身体を鍛えているんだから」
クレアはそう言うと、あの超重量の魔石をリンゴを持つように片手でひょいと抱え込んで見せた。
「へぇ、流石ね! 私より力持ちなんて、騎士団でもそうそういないのよ?」
「ちょっと待てぇぇぇっ!! 流石におかしいだろ!!」
「何がおかしいのよ。現にこうやって持てているじゃない」
クレアは魔石をお手玉のようにひょいと空中に放り投げ、片手でキャッチしてみせた。
嘘だろ……!? この華奢な体のどこにそんな化け物じみた筋力が隠されてるんだよ……!?
驚愕する俺だったが、すぐに致命的な事実に気づいて絶望した。
つまり……いまの俺はパーティ内で一番腕力がないという衝撃の現実が露呈してしまったのだ。
決めた……! 今日から魔法の訓練だけじゃなくて、筋トレも死ぬ気で頑張ろう……!!
クレアの手元で軽快に踊る魔石を見つめながら、俺は心の中で血の涙を流して決意を新たにするのだった。




