第三十八話:解かれた制御と、透け透けの乙女たち
ゴブリンの魔力を捉えた俺とエミリーは、敵に気付かれないよう気配を消し、慎重に忍び足で密林を進む。クレアはまだ【サスペクト】で敵の微細な反応を捉えきれないらしく、俺たちの背中にしがみつくように付いてきていた。
「……この木立の先ね。いたわ」
エミリーの囁きに合わせ、俺も枝葉の隙間からそっと視線を向けた。
そこには、四体のゴブリンが倒れた巨大な熊を囲み、下品な口で肉を喰らっている光景があった。そのうちの一体は、他の個体の倍近い体躯を誇り、首には獣の骨で作った首飾りを下げている。……あれがボスだろう。
「レイン、一気に逃げられたら面倒よ。魔法で一撃で仕留めちゃいなさい」
エミリーが耳元で小声のアドバイスをくれる。
「分かりました」
俺は即座に息を整え、右手を前方に突き出した。
「それと……」
エミリーが何か言いかけた、その時だった。
「ねぇねぇ! どこにいるのよ? 私にも見せなさいよ!」
しびれを切らしたクレアが、俺の肩をグイと押し退けて強引に前へ躍り出た。
——バキッ!!
静寂に包まれた森の中に、乾燥した太枝が割れる音が響き渡った。
このドジっ子クレアぁぁぁぁっ!!
案の定、肉を貪っていたゴブリンたちが一斉にこちらへ首を向けた。ボスゴブリンが耳障りな声をあげ、部下たちに指示を出そうとしている!
逃がすかよっ!
俺は躊躇することなく、イメージを練り上げて呪文を放った。
「ウォーターボール!!」
森の中で火魔法を使うほど俺は愚かではない。中級の水魔法で一網打尽にしてやる——そう自信満々に唱えた直後だった。きっとエミリーもそれを言いたかったのだろう。
「バカッ! やめなさいレインっ!!」
背後からエミリーの悲鳴に近い制止の声が聞こえた。……え? バカ? やめろ? 俺、何かマズいことしたか……?
疑問が脳裏をよぎった瞬間——
俺の手のひらから解き放たれたのは、一般的な水球の概念を遥かに超越した、直径三メートルを優に超える超巨大な水の兵器だった。
「えっ……嘘だろ……!?」
濁流と化した巨大な水塊は、進路上にあった太い樹木を根こそぎ薙ぎ倒しながら疾走し、四体のゴブリンを熊の死体ごと一括で呑み込み、爆散した。
弾けた水は大粒の雨となり、俺たちの元へ集中豪雨のように一気に降り注いだ。
「きゃああああっ!!?」
クレアの叫び声がこだまする。
…………びしょ濡れだ。全身、見事に水浸しである。
呆然としながら己の手首を見つめ——俺はハッと息をのんだ。
あ…………! あの腕輪がない……!
学院では左手首に嵌められていた、魔力を制御する腕輪。退学になった際に没収された、あの存在を完全に失念していたのだ!
同じく頭から全身ずぶ濡れになったエミリーが、ため息をつきながら髪をかき上げた。
「……やっと気づいたようね。あなたは今まで、学院の腕輪によって魔力出力を十分の一に制限されていたのよ。それを外した素の状態で中級魔法なんて撃ったらどうなるか、察しがつくでしょう? ……今のあなたなら、ゴブリンなんて初級魔法で消し飛ぶわよ」
エミリーが懇切丁寧に解説してくれたのだが……正直なところ、彼女の言葉は半分も頭に入ってこなかった。
何故なら——濡れて肌にぴっちりと貼りついたエミリーの衣服から、漆黒のレースがあしらわれた大人の下着がバッチリと透けてしまっていたからだ。
たわわで豊かな胸の谷間と美しく絞られたウエストのラインが、艶やかに眼前にさらされている。
だ、だめだ……抗えない! 男として目が奪われる……!
慌てて視線を横へ逸らした俺だったが、そこにはさらなる兵器が待っていた。
同じく全身濡れ濡れとなったクレアだ。
彼女の白い旅装は完全に水分を吸って透明化し、下に身につけていた純白の可愛らしい下着がくっきりと浮かび上がっていた。
エミリーほどの圧巻のボリュームはないものの、しっかりと主張する美しいお椀型の膨らみと、恥ずかしそうに震える薄いお腹のラインが丸見えだ。
あまりの眼福に、自分の顔がリンゴのようにカッと赤くなっていくのが分かった。
当の二人も最初はぼんやりしていたが、俺の異常な赤顔と不自然すぎる視線の泳ぎに違和感を覚えたらしい。
はっとして己の身体を見下ろし——
……来るぞ。
次の瞬間、クレアの甲高い悲鳴がベラシーの森の静寂を完膚なきまでに引き裂いた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!???」
自分の身体を両腕で固く抱きかかえるように遮り、その場にへたり込むクレア。大きな瞳にうっすらと涙を浮かべ、殺気あふれる眼光で睨みつけてくる。
対照的にエミリーは、特に慌てる様子もなく「あらあら」と余裕の微笑みを浮かべていた。さすがは大人の女性、肝が据わっている。
「わざとやったわねえぇぇっ!? あんな大げさな魔法をわざと暴走させて、こんな嫌がらせをするなんて……見損なったわ! この変態! スケベ! 痴漢野郎っ!!」
「言いがかりだろ! スケベなのは認めるけど、変態じゃないし、触ってないから痴漢でもない!」
とはいえ、事故とはいえ自分のうっかりで彼女たちをこんな目に遭わせてしまったのは事実だ。俺は再びマントを脱ぎ、水気を軽く払ってからクレアの肩へ優しくかけ直した。
「本当にごめん。でも、絶対にわざとじゃないんだ。……濡れてて申し訳ないけど、これで身体を隠しててくれ」
「……っ!」
クレアは毒気を抜かれたように一瞬目を見開いたが、すぐにぷいと横を向き、マントをきゅっと強く巻き直した。
「……次やったら、絶対に許さないんだからね」
「ああ、今後は重々気をつけるよ……」
俺の謝罪を聞き届け、クレアはマントに包まりながらゆっくりと立ち上がった。
「あら? クレアだけズルいわねぇ。私への羽織ものは無いの変態さん?」
エミリーが濡れた胸元を隠そうともせず、ニヤニヤと意地悪な笑みを向けてくる。勘弁してください。
「すみません……他に大きな布が無くて……」
「ふふふ、いいのよ冗談。こんな下着姿くらい、見られたってどうってことないわ。クレアも早く慣れなきゃね。野営中に水浴びをしていて覗かれるなんて、この世界じゃよくある話なんだから」
「そんな奴がいたら、容赦なく両目とも握り潰すわ!!」
本気の殺気を込めて恐ろしい宣言をするクレア。
……もし将来的にそんなチャンスが訪れることがあっても、絶対に覗くのはやめておこうと心に固く誓ったのだった。
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