第三十三話:男一人と、美女二人の一夜の過ち(注:起きません)
「どれにしようかしら……あっ、これなんかちょうどいいんじゃない?」
クレアが自信満々に掲示板の一角を指さす。
「どれどれ……」
【エンシェントドラゴンの討伐】
クエストランク:S
報酬:三千万ピア
概要:グレナダ地方の伝説の洞窟を根城にしているエンシェントドラゴンの討伐。現在は休眠中ですが、いつ目覚めて暴れだすか分かりません。腕に覚えのあるSランクハンターの皆様、至急討伐をお願いします。
注:本クエストはAランク以下のハンターの受注を固く禁じます。
バカバカバカ! 本当にこの人、マーシャルさんの話を一言たりとも聞いてなかったな!?
思わず心の中で激しいツッコミを叩き込んでしまった。いきなり最高難度のSランクなんて受けられるわけがないだろ! それに、もし仮にSランクだったとしても、俺は命が幾つあっても足りないドラゴンとなんて絶対に戦いたくない!
「あのね、クレアさん? 俺たちまだ登録したばかりのFランクだから、受けられるのはEランクまでだよ? さっきの説明、聞いてた……?」
「わ、わかってるわよ! それくらい知ってて、ちょっと冗談を言ってみただけじゃない! も、もう、本当はこっちにするつもりだったのよ!」
耳まで真っ赤にしたクレアは、誤魔化すように焦りながら掲示板から一枚の依頼書をバッと剥ぎ取り、俺の胸元に押し付けてきた。そのコミカルなやり取りを横で見つめていたエミリーさんが、クスクスと愉しそうに喉を鳴らしている。
【ゴブリンリーダーおよびゴブリンの討伐】
クエストランク:E
報酬:五万ピア
概要:ベラシーの森に出現したゴブリンリーダーの討伐。リーダーは数体の配下ゴブリンを率いて森の生態系を荒らし回っています。近隣の被害が拡大する前に素早い討伐をお願いします。
俺が依頼書を読み込んでいると、ふいに横から甘い香りが漂い、エミリーさんが顔を覗き込んできた。視界いっぱいに広がる整いすぎた大人の美女の顔。至近距離すぎる吐息に、俺の心臓はドキンと跳ね上がった。
いかんいかん! 落ち着け俺! 隣にはクレアだっているのに、何動揺してるんだ……!
「うーん、この依頼は丁度良さそうね。ゴブリンといえば初歩的な雑魚魔物の代表格だし。配下を含めて四体いるから、危険度的にEランク指定になっているんでしょうね。……ただ、場所がベラシーの森かぁ」
エミリーさんは人差し指を顎にあて、うーんと小さく唸った。
「乗合馬車を使っても片道三時間はかかるわね。今から出発すると、森に着く頃には日が暮れて野宿になっちゃうわ。野営道具もまだ揃っていないし……今日は一度安宿を取って、明日の早朝に出発しましょうか」
ゴブリン。その名なら俺も知識として知っていた。
人間の子供ほどの体躯でありながら、腕力は鍛えた大人を優に凌ぎ、一定の知性も持ち合わせている狂暴な小鬼だ。とはいえ、高等な魔法を使うような個体は滅多におらず、脅威度としては低い部類に入る。
エミリーさんの現実的な提案に、俺たち二人に異論はなかった。
ハンター初日から道具もなしに野宿なんて真っ平御免だし、今日は学園の追放劇から家屋解体、ギルド登録まで怒涛の出来事が続きすぎて、体も心も疲労困憊だったのだ。せめてまともなベッドのある部屋で泥のように眠りたい。
俺たちが選んだのは、平民街のなかでもごく標準的な旅【やすらぎ亭】だった。
もっと安価な宿もあったのだが、さすがに元・良家のお嬢様であるクレアを泊まらせるにはあまりに衛生面が絶望的だった。
「じゃあ、私がパパッと受付で部屋を取ってくるわね」
エミリーさんがフロントへ向かう間、俺とクレアはロビーの硬いソファで待機することにした。クレアはすでに限界らしく、船を漕ぎながら今にも倒れそうになっている。
しばらくすると、鍵をチャラチャラと鳴らしながらエミリーさんが戻ってきた。
「お待たせ~。無事に部屋、確保できたわよ」
「ありがとうございます!」
俺は丁寧にお礼を言い、自分の分の部屋の鍵を受け取ろうと手を差し出した。……が、エミリーさんは鍵を渡そうとせず、不思議そうに首を傾げた。
「……なに? その差し出された手は」
「何って……俺の部屋の鍵を受け取ろうかと……」
「何言ってるのよ、ばかねぇ。みんなで同じ一部屋に決まってるでしょう? 三人分も部屋を取ったら、貴重な生活費が勿体ないじゃない」
「「えええええええええっ!?」」
ロビーのソファで半分意識を飛ばしていたクレアが、驚愕のあまり弾かれたように跳ね起き、叫び声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよエミリーさん! エミリーさんと私が同室なのは分かるわよ!? でも、なんでこの……このケダモノと同じ部屋で寝なきゃいけないのよ!?」
「ケダモノって……ひどい……」
濡れ衣どころではない扱いに、俺はガクッと肩を落とした。俺が一体いつクレアに野獣のような真似をしたというのだ。
「別にいいじゃない、節約は第一よ? それに、これから本格的にハンターとして活動を始めたら、野外での過酷な野宿なんて日常茶飯事になるわ。男だ女だなんて言って、一緒に寝られないなんて我儘は通らないんだから。今日はその予行演習だと思って諦めなさい」
エミリーさんはそこでニッと悪戯っぽく口端を上げ、剃刀のように細く鋭い瞳で俺をジロリと見つめた。
「それに……レイン君が、クレアさんに手を出すような度胸があるようには見えないしねぇ?」
「ぐっ……!!」
図星を突かれて何も言えない。……いや、信用されているのはありがたいのだが、男として度胸がないと断言されるのも、なんだか複雑な心境である。
「うぐぐ……」
エミリーさんの至極正論(?)な理屈に押し切られ、クレアも反論の言葉を失ったようで、渋々といった様子でガクンと肩を落とした。
こうして、無職三人組の「運命の一夜」が、ひとつの部屋で幕を開けることになったのだった。
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