第三十二話:刺さる視線と、熱烈な歓迎
「分かったわ。じゃあ早速ハンターズギルドに行くわよ。お金は一秒でも早く手に入れたいものね」
ハンターズギルドは平民街の通りに面した場所にあるため、喫茶店を出てからさほど時間もかからずに到着した。
視界に飛び込んできたのは、街並みの中で一際強い主張を放つ真っ赤な外壁の大型建築物。そこが、無法者と猛者たちの集うハンターたちの聖域——アイスライトハンターズギルドであった。
一歩足を踏み入れると、熱気と酒の臭い、そして金属と汗の匂いが混ざり合った独特の空気に包まれる。広い室内には、多種多様な老若男女のハンターが溢れていた。併設された酒場で大きなジョッキを傾けて大笑いする者、壁一面に張り出された掲示板の前で険しい顔をしてクエストを物色する者、あるいは愛想を振りまく受付の女性職員を必死にナンパしている者——。
彼らの装いは実に自由で個性的だ。身の丈ほどもある大剣を背負う者、実用性重視の皮の甲冑に身を包む者、極彩色の髪をなびかせる者。貴族街で見られるような、型にはまった窮屈でお堅い礼服を着た者など一人もおらず、誰もが自分の生き方を謳歌しているように見えた。
「とりあえず、受付で登録手続きを済ませましょうか」
エミリーさんの提案に従い、ずらりと並ぶ五つの受付カウンターのうち、ちょうど空いていた一番左の窓口へと向かう。
……ん? なんだか視線が痛いな……
ふと気になって周囲を見渡すと、ギルド内にいたハンターたちの会話がピタリとやみ、刺さるような熱い視線が俺たちに集まっていた。
『おいおい、あいつらの服……アイスライト学院の制服じゃねえか?』
『なんでこんな掃き溜めに貴族のボンボンが来てんだよ』
『けっ、高貴なお貴族様が平民を冷やかしに来たのか?』
『なんだあいつ……美女二人をはべらかしやがって。許せん……!』
最後の露骨な嫉妬は横に置いておくとして、聞こえてくるのは貴族に対する嫌悪と妬みが混ざり合った刺々しい声ばかりだ。平民階級にとって、貴族という存在はあまり好意的に受け取られていないらしい。
じわじわと異物を見るような殺気がギルド内に満ち始めた、その時だった。
「——道をあけな、野郎ども」
奥の執務室から、一人の男が靴音を響かせて歩み出てきた。肩下まで伸びた艶やかな黒髪をなびかせているが、その体躯は筋骨隆々という言葉すら生ぬるいほどの大柄な筋肉の鎧。背中には巨大な大剣を無造作に背負っている。……正直、サラサラの長い黒髪とゴリゴリの超絶マッチョ体型のアンバランスさが凄まじい。
「ようこそ、我がアイスライト支部へ。俺はこのギルドでマスターを務めている、マーシャルだ」
ザワつくハンターたちを一睨みで黙らせると、マーシャルと名乗った男は、薄っぺらい営業用の笑みを浮かべて俺たちの前に立った。
「それで……学院の輝かしい生徒様方が、一体何の用ですかな? 申し訳ありませんが、当ギルドでは貴族様の社会科見学はお断りさせていただいているのですが」
「あらあら、失礼ね。私たちは見学ではなく、ハンターとして登録しに来たのよ」
棘のある言葉を、エミリーさんは優雅な笑みであっさりと受け流した。
「なんせ、つい先ほど爵位を剥奪されて無職になったばかりでね。今日から食べていくお金もないの。……まさか『元・貴族はハンターになれない』なんて意地悪なルールはないでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、マーシャルはポカンと口を開け——次の瞬間、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「ガッハハハハハ! 爵位剥奪だって!? 一体全体、どんな大ポカをやらかしたらそんな事になるんだよ!」
マスターの爆笑につられ、さっきまで険悪な空気を漂わせていたハンターたちも一斉に吹き出し、ギルド内は腹を抱えて笑う大爆笑の渦に包まれた。
「がはは! まあいい、理由なんてどうでもいいさ! 俺たちハンターは来る者は拒まず、去る者は追わずだ! 歓迎するぜ、落ちこぼれの元貴族様方! 自由の世界へようこそ!」
さっきまでの見え透いた愛想笑いは完全に消え去り、マーシャルは底抜けに明るい笑みを浮かべて俺たちの肩をバシバシと叩いた。
特別にマスター室へと案内され、俺たちは問題なくハンター登録を完了させた。手続きの合間、マーシャルからハンターのランクシステムについて詳しい説明を受ける。
特に事前の入会試験などはなく、どんなに実力があろうと最初は全員一律でFランクからのスタート。依頼を達成するごとに難易度に応じたポイントが加算され、規定値に達することで次のランクへ昇格できる仕組みだ。
クエストは自分の現ランクから一つ上のランクまで受注可能だが、ランクが上がれば当然、出現する魔物の危険度も跳ね上がる。
「いいか? 一つ上のランクに挑むのは自由だが、身の程知らずな背伸びは命取りになる。己の実力を過信して死んでいった奴を、俺は嫌というほど見てきたからな」
マーシャルはそれまでのフランクな態度を一変させ、真剣な眼差しでそう釘を刺した。
「——クレア、ちゃんと理解できた?」
「バカにしないでちょうだい! 仕組みなんて一度聞けば十分よ。……さて、手っ取り早く大金を稼ぎたいから、いきなりEランクのクエストから片付けましょうか!」
俺の心配を余所に、クレアは腕組みをして不敵に鼻を鳴らした。
絶対ちゃんと聞いてなかっただろこの人……。実戦で魔物と戦ったことすらないのに、最初から格上挑戦する気満々じゃないか……!
「おいおいおい! お前さん、俺の話を右から左へ受け流してただろ! お前たち、実戦での魔物退治は未経験なんだろ!?」
案の定、マーシャルが額に青筋を立てて焦り出す。しかしそこに、エミリーさんがクスリと微笑みながら割って入った。
「まあまあ、ギルマス。私は昔、騎士団時代に何度か魔物の討伐経験がありますし……この子たちなら大丈夫ですよ。こう見えて、飛び切りの規格外ですから。FやEランク程度なら、楽勝で捻り潰せるんじゃないかしら?」
「な、なに……? とてもそんな坊ちゃんお嬢ちゃんには見えんが……。まあ、俺は一応止めたからな! 死んでも化けて出てくるなよ!」
「ふふ、ご心配なく。じゃあ早速、受けるクエストを選びに行きましょうか」
自信満々なクレアは、待ちきれないといった様子で意気揚々と巨大な掲示板へと歩き出した。
それを見送ったマーシャルは「やれやれ、最近の若い奴は……」と呆れたように首を横に振りながら奥の部屋へと戻っていく。
俺とエミリーさんは苦笑いを浮かべながら、暴走気味な元・令嬢の背中を慌てて追いかけたのだった。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白い」「次も読みたい」と感じていただけたら、下の「★」評価やブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます!




