第三十話:再びの更地と、自責
学園を追放された俺たちは、とりあえずエミリーさんの家へと足を向けていた。昨日置かれていた書き置きの様子からして、そろそろ王都での用事を終えて帰宅している頃合いのはずだ。
「……全く。クレアまで退学になる必要はなかっただろ。首席で卒業するんじゃなかったのか?」
「な、何よ。過ぎたことをいつまでもウジウジ言わないでよ! 男のくせに女々しいわね!」
女々しいって……むしろクレアの豪快さが男前すぎるだけだと思うのだが。
「それに……」
クレアはふっと視線を泳がせ、小さな声で呟いた。
「私を助けてくれたレインだけ退学なんて……そんなの、納得いかないじゃない……っ」
真っ赤になった耳を隠すように顔を背ける。ツンとすました横顔の下に見える、年相応の少女らしい照れくさそうな表情。こういうギャップには、どうしても胸がくすぐられてしまう。
「ま、俺たちならきっと何とかなるさ」
「当たり前でしょ! ボルタをぶん殴って倒して、もう一回自力で貴族に返り咲いて、あのいけ好かない連中に一発拝ませてやるまで突っ走るわよ!」
「はいはい。そのためにも、まずはクレアの怪我を治すのが先決だけどな」
「うっ……わ、分かってるわよ……っ!」
父親が国を裏切り、犯罪者の烙印を押され、さらには学園まで退学処分。客観的に見ればどん底の連続だ。それなのに、不思議と俺の心は晴れやかだった。
理由は言うまでもない。隣に、この不屈で愛おしい少女がいてくれるからだ。——クレアも同じように思ってくれていたら嬉しいのだが。
「ねぇ……レイン。場所、間違えてないわよね……?」
「……いや。ここで合っている、はずだ」
立ち止まった俺たちは、眼前に広がる光景に絶句していた。
家がない。昨日までそこにあったはずの、エミリーさんの温もりあふれる邸宅が——影も形もなく消え去り、綺麗な更地と化していた。
「……夢か?」
「夢なら覚めてほしいわね……」
最初は俺も道を一本間違えたのかと疑った。だが、更地の隣に建つ鮮やかなエメラルドグリーンの豪邸、向かい側にある噴水公園、そしてこの一ヶ月間、毎日のように通い詰めた見慣れた石畳。
どこをどう検証しても、ここがエミリーさんの家の跡地であるという残酷な事実を証明していた。もしかして、エミリーさんの身にも何か……嫌な予感が脳裏をよぎり、背中に冷や汗が流れる。
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
静寂を切り裂いて、朗々たる女性の絶叫が響き渡った。
振り返ると、そこには頭を抱えて全身をプルプルと震わせているエミリーさんの姿があった。俺たちの姿を見るやいなや、彼女は凄まじいダッシュで詰め寄り、俺の両肩をガシッと掴んできた。
「ねぇレイン君!? 何があったの!? 一晩家を空けただけで家が更地になるってどういう原理なの!?ねぇ!!」
「わ、分かりませんよ! 俺たちも今着いたばかりで困惑してるんです! 昨日はクレアの家が差し押さえられて解体されましたし……っていうか俺たち、今日で学園も退学になりました!」
「……え?」
俺の怒涛の報告を聞いた瞬間、エミリーさんはハッと目を見開き、ゆっくりと肩から手を離した。
「まさか……退学ってことは、クレアさん、あなたも爵位を剥奪されたのかしら?」
クレアは悔しさに唇を噛み締めながら、小さく頷いた。
「はい……。まあ、私の退学は自業自得なところもあるんですけど……って、エミリーさんまで剥奪されたんですか!?」
「ええ。昨日王都に呼び出されたのはその件よ。まあ、今さら貴族の肩書なんてどうでもいいけれど……まさか私財までまるっと没収して、家まで跡形もなく平らにしていくとは思わなかったわねぇ」
からからと乾いた笑いを浮かべるエミリーさんを見て、俺の胸に重く冷たい罪悪感が押し寄せた。
「……俺のせいだ」
俯き、拳を強く握りしめる。
「俺を裁判で庇ってくれたからだ……。権力者たちは、俺に肩入れした人間を順番に潰しているんだ……。ごめんなさい、俺のせいで……っ」
間違いなかった。クレアは父親の件があったとはいえ、実績ある優秀な生徒だ。本来なら即座の剥奪などあり得ない。ましてやエミリーさんは宮廷でも一目置かれる存在だったはずだ。俺という異分子を庇ったこと以外に、二人がこんな不当な扱いを受ける理由がない。
申し訳なさで押し潰されそうになり、肩を落としたその瞬間——
背中に強烈な衝撃が走り、俺は思わず前へつんのめった。クレアが容赦なく俺の背中をひっぱたいたのだ。
「自惚れるんじゃないわよ、バカレイン! 私が貴族だったのはお父様の威光があったからよ! お父様がいなくなった以上、爵位を失うのは当然の結果! だから今度は、私自身の力で一から貴族になって見返してやるの! あんたがウジウジ気にする要素なんて微塵もないのよ!」
仁王立ちになり、ふてぶてしく胸を張るクレア。それを見たエミリーさんも、うふふと笑い、肩をすくめた。
「そうねぇ。私も最近ちょっとお仕事サボり気味だったし、そろそろ干される頃かなーとは思っていたのよね。上層部から打診されてた頭の硬そうな貴族との見合い話も、蹴り飛ばしたばかりだったし」
「でも……っ!」
「『でも』じゃないわよ! 本当になんて女々しいの! 私が気にしなくていいって言ってるんだから、つべこべ言わずにそのフニャフニャしたこんにゃくみたいな背筋をピシッと伸ばしなさい!」
クレアはぷいっと横を向いた。
不器用で、乱暴で、どこまでも優しい励まし。自分だって家も地位も失って一番辛いはずなのに、俺を前に行かせようと強がってくれている。
落ち込んでいる場合じゃない。クレアも、エミリーさんも、絶望的な状況の中で笑って前を向いているんだ。俺だけがウジウジと足を止めて、置いていかれるわけにはいかない。
「……ふぅ。分かったよ。背筋、伸ばすよ」
「よろしい!」
俺が苦笑しながら胸を張ると、クレアは満足そうに口端を上げた。
そのとき——
「ねぇ、みんな。私にすっごく良い考えがあるのだけれど」
エミリーさんが子供のような、悪戯っぽく輝く笑顔で手を挙げた。
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