第二十八話:殺意を持った雷と、燃えさかる炎
勢いよく教室の扉を叩き開け、室内を見渡す。——いない。クレアの席は空っぽだった。
「グラッド! クレアは!? クレアはどこへ行った!?」
「な、なんだよ急に大声出して……クレアなら、さっき例のお坊ちゃんと何か話した後、一緒に外に出て行ったぞ?」
嫌な予感が、最悪の形で的中した。
「バカ野郎っ! なんで一人で行かせたんだよ!?」
「なんでって……クレアならその辺の奴らに負けるわけねぇだろ!?」
「あいつは今、怪我で全力が出せないんだよっ!!」
「なっ……!?」
グラッドの驚愕の顔を置き去りにし、俺は校舎を飛び出した。
畜生……! 俺のバカ! クレアの身体が完全に治るまでは、俺が一番近くで守ってやらなきゃならなかったのに……!
一体どこへ行った!? クレアを連れ出した奴の目的が報復なら、人目につく中央広場や庭園なわけがない。人通りのない、裏庭か……校舎の陰だ!
「ハッ……ハッ……ハッ……!」
広大な敷地を無我夢中で走り回る。酸素が欠乏し、足が鉛のように重くなって膝が笑い始めた。もっと体力をつけなきゃダメだ。俺は自分の不甲斐なさに歯ぎしりする。
その時——遠くの校舎裏から、薄汚い男の荒っぽい怒号が鼓膜を揺らした。
「おいっ! 暴れるんじゃねぇ! さっさとそっちを押さえろ!」
「——見つけた!!」
限界を超えていた身体に鞭を入れ、俺は声のする方へと全力で走り出た。
薄暗い校舎と校舎の狭間——そこは惨状と化していた。
路地の入り口付近には、クレアに殴り倒されたらしい男たちが五人ほど転がり、うめき声を上げている。しかし……奥の暗がりでは、さらにタチの悪い地獄が広がっていた。
四人の男がクレアの手足と口を地面に力ずくで押さえつけ、その周囲にニヤニヤと笑う男が立っていた。
その一人は——俺に嫌がらせをしてきた、あのお坊ちゃん貴族だった。
クレアの制服のボタンは弾け飛び、今にも引き裂かれそうになっていた。クレアは涙目で必死に身体を捻り、抵抗している。
——俺の中で、何かがぶちんと音を立てて弾け飛んだ。
「……やめろぉぉぉおおおおおっ!!!!」
腹の底からの咆哮が狭い路地に響き渡った。
その場にいた男たちが一斉にこちらを振り返る。お坊ちゃん貴族は、俺の顔を見るなり死ぬほど不愉快でニヤついたゲス笑いを浮かべ、悠然と歩み寄ってきた。
「これはこれは……犯罪予備軍のレイン君じゃないですかぁ。何ですか? 落ちぶれた元・令嬢の無様な姿を見て、あなたも混ざりたくなったんですか?」
ペラペラと回るその醜い口元に向け——俺は言葉の代わりに、全力の右拳を、その腹目掛けて垂直に叩き込んだ。
「ぐぇえぇぇぇっっ……っ!?」
直撃。カエルの潰れたような無様な悲鳴を上げ、お坊ちゃんは白目を剥いてその場に丸まり、嘔吐物を撒き散らして悶絶した。
俺は冷酷な殺気を瞳に宿し、うずくまる男を上から見下ろす。男は激痛に顔を歪ませ、震える指先で俺を指さしながら、見苦しく叫んだ。
「お、お前……っ! 平民が貴族である僕に手を……手を出してタダで済むと思っているのか……っ!? 学内で暴力問題を起こしたら、一発で退学処分だぞ……っ!?」
「——『ライトニング』」
俺は一切の躊躇なく、至近距離から魔法を詠唱した。
薄暗い路地が一瞬で眩い紫電に包まれる。中級魔法の電流が男の全身を直接焼き、肉が焦げる嫌な匂いとともに、男は白煙を上げて白目を剥いたまま崩れ落ちた。
「ひっ……!? こ、こいつ……マジでやりやがった……!?」
クレアを抑えていた男達が、信じられないものを見ているようだった。そうだろうな。闘技場以外での魔法行使は絶対の禁忌。少なくとも退学は間違いない。
だが——今の俺の怒りは、そんな校則や法なんていうちっぽけな枠組みに収まるものじゃなかった。本当なら上級魔法で跡形もなく吹き飛ばしてやりたかった。だが、この狭い路地でそれを使えば、奥にいるクレアまで巻き込んでしまう。だから……腕輪ありの中級程度で加減してやってるんだ。
「おい……全員でまとめてかかってこいよ。……一人残らず、殺してやるから」
ドス黒い殺気を隠すことなく解放し、男たちを鋭く睨みつける。クレアを押さえつけていた四人の男たちも、俺の本物の『殺気』に生存本能を刺激されたのか、青ざめた顔でクレアから手を離し、ゾロゾロと立ち上がった。
「レ、レイン……やめなさい……っ! これ以上やったら、本当に……本当に退学になっちゃうわよ……っ。あとは、私が……うっ……!?」
クレアが裂けた服を押さえながら立ち上がろうとするが、激痛に耐えかねてその場にしゃがみ込んでしまった。
よく見れば、口元からは鮮血が伝い、その透き通るような肌には痛々しいアザがいくつも刻まれている。
ごめんな、クレア……。俺が……俺が油断して、お前を一人にしたから……っ!——絶対に許さない。
「早く来いよ、雑魚ども。何があっても、お前らは殺してやる」
俺は冷ややかに手招きしてみせた。
「ちくしょうがぁぁぁッ! なめやがってぇぇぇッ! おい野郎ども、一斉に魔法を叩き込んで殺せぇぇッ!」
恐怖で狂乱した四人の男たちが、一斉に俺に向けて初級の火炎弾や風刃を放ってきた。数にして数発の魔法の奔流が、狭い路地を埋め尽くして俺へと襲いかかる。
だが——俺は避ける素振りすら見せず、すべての魔法を正面から仁王立ちで受け止めた。
激しい爆煙が巻き起こる。
だが、煙の奥から現れた俺の制服には、焦げ目一つついていない。魔力による防護幕——俺の防御力を突破するには、彼らの魔法では蚊の刺すようなものだった。
「ば、化け物……っ!? に、逃げろぉぉぉーーーーっ!!」
無傷の俺を見た瞬間、男たちの戦意は完全に崩壊した。四人は悲鳴を上げ、奥の行き止まりの壁を乗り越えようと一斉に逃げ出し始める。俺はクレアの前に立ち、
「逃がすかよ。——『ファイアボール』」
掌をかざして火の中級魔法を放つ。極大の火球が空間を切り裂いて飛翔し、壁に取り付いていた四人の男たちを背後から一呑みに包み込んだ。
ギャァァァァァァァアアアアッッッッ!!!!
路地に響き渡る、絶叫と断末魔。
数秒後、炎が鎮まった時には、黒焦げになった男たちがゴミのように重なり合って転がっていた。全員、意識はなくピクピクと痙攣している。
「……大丈夫か、クレア」
俺は荒い息を整えながらクレアへ、優しく手を差し伸べた。クレアはその手をぎゅっと強く掴み返し、俺の力を借りてゆっくりと立ち上がった。
「……こんな無茶して……バカ! 私一人でも、何とかなったんだから……っ!」
破れた服の胸元を手で隠しながら、横を向いて強がるクレア。
「はいはい。どうせ俺はバカですよ」
俺は苦笑しながら、自分の上着を脱いでクレアの華奢な肩にかけてやった。
「……でも、ありがとう」
さっきまで「バカ」と叫んでいたクレアはどこへやら。俺の上着の裾をキュッと握りしめ、俯きながら、消え入りそうな蚊の泣くような声でそう呟いた。
……よかった。いつものように強がるクレアと、こうして無事に言葉を交わすことができたんだ。退学になろうが、罰を受けようが、そんなことどうだっていい。
彼女が無事だった。……ただそれだけで、俺の選択に後悔なんて一切なかった。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白い」「次も読みたい」と感じていただけたら、下の「★」評価やブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます!




