第二十七話:好奇の目と、不安
翌朝。
結局、エミリーさんはメモ通り屋敷に帰ってくることはなかった。俺がありあわせで作った朝食を二人で静かに平らげ、俺とクレアは学院へと向かうことにした。
途中、昨日まで工事が進んでいたクレアの屋敷跡地を通る。だが、そこに立ち上がっていたはずの新しい骨組みは影も形もなく消え去り、そこにはただ虚しく広がる冷たい更地だけが残されていた。
俺たちは互いに何も言わなかった。……けれど、隣を歩くクレアの細い手が、強く固く握りしめられていたのを、俺は見逃さなかった。
教室の扉を開けた瞬間、刺さるような視線が一斉に俺たちへと集まった。入学してから一ヶ月。この手の下民を見るような冷ややかな視線には、とっくに慣れている。
……いや、違う。今日の視線は、俺に向けられたものではなかった。クラスメイトたちの醜い好奇の目は、すべて俺の横に立つクレアへと注がれていた。
普段なら、取り入ろうと群がってくる取り巻きの女生徒たちも固く口を閉ざしている。それどころか、「落ちぶれた名門」を嘲笑うかのような冷酷な蔑みを瞳に宿していた。
それでもクレアは、何事もないかのように胸を張り、優雅な足取りで自席へと着席した。その気丈な姿を見届け、俺も自分の席へと腰を下ろす。
直後——後ろの席のグラッドが、周囲に聞こえないよう小鳥の囀りのような極小の声で話しかけてきた。
「……おい、レイン。クレアがフォントネルの貴族位を剥奪されたって噂……マジなのか?」
目ざとい貴族どもには、もう情報が回り切っているらしい。
「あぁ。昨日、レオナルド=ファレルが乗り込んできて、クレアの家を強引に取り壊しやがった」
「レオナルド=ファレルだと!? そりゃあまた、とんでもない大物が出てきやがったな……。だが急すぎるだろ。当主様が亡くなったからって、代々の名門を即座に潰すなんて前代未聞だぞ」
「俺も裏があると思ってる。とにかく今日、エミリーさんが帰ってくるはずだから相談してみるつもりだ」
「そうか……あの人なら何か知ってるかもな。……おい、クレア!」
グラッドは席を少し立ち上がると、前方のクレアに向けてグッと親指を立ててみせた。
「元気出せよ! お前の実力なら、こんな不当な扱い速攻で跳ね返して貴族に復帰できるさ!」
クレアは振り向かなかった。……だが、ほんのわずかに肩を揺らして微笑むと、背中で軽く手を上げて応えていた。
「はーい、みんな席につきなさーい。今日も授業を始めるわよー」
担任のリタ先生が呑気な声を上げて教室に入ってきて、何事もなく午前中の座学は終了した。昼休みを告げる鐘が鳴り、クレアを昼食に誘おうと立ち上がった時——リタ先生に呼び止められた。
「あっ、レイン君。ちょっと時間あるかしら? すぐ終わるから、少し話したいことがあるのだけれど」
「え? あ、はい。大丈夫ですけど……」
俺はリタ先生に連れられ、廊下の奥にある誰もいない空き教室へと通された。
「……クレアさんの件、私も上から話を聞いたわ。彼女、大丈夫かしら?」
「昨日はさすがにショックを受けていましたけど、今はもう前を向いています。すぐに学院で結果を出して、実力で貴族位を取り戻すって意気込んでいました」
「そう、それは良かったわ。……学院としてもね、彼女をこのまま退学にはせず、引き続き生徒としてサポートしていく方針に決定したの」
よかった。ここで退学にでもなったら、騎士団への道も閉ざされ、復権のチャンスすら奪われてしまうところだった。
「それを聞いて安心しました。クレアにも伝えておきます」
「ええ、頼むわね。……それと、レイン君。ここからが本題よ。……気をつけなさい」
リタ先生の表情から優しい雰囲気が消え、真剣な眼差しが俺を射抜いた。
「彼女を守っていたフォントネル家は、もう無くなったの。これまで彼女やフォントネル家に恨みを持っていた者、あるいは彼女の美貌を狙っていた輩が……後ろ盾のなくなった今、直接彼女を狙いに動く可能性が極めて高いわ」
「——っ!?」
それを聞いた瞬間、頭のてっぺんから足の先まで、冷や汗が噴き出すような激しい寒気が駆け抜けた。
「まぁ、彼女自身の実力があれば、並の暴漢くらい返り討ちに……」
「すいません先生、失礼しますっ!!」
俺はリタ先生の制止の声を完全に遮り、教室内を脱出して全力で教室へと疾走した。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白い」「次も読みたい」と感じていただけたら、下の「★」評価やブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます!




