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剛剣の姫と、至高の魔〜いつか君を超えて、その手を掴むまで〜  作者: Kuran


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第二十六話:復讐と、再起の炎

 当然、学校へ行けるような精神状態ではなかった。


 俺たちは一言も交わさぬまま、エミリーさんの屋敷へと戻ってきた。しかし玄関を開けても、静まり返った部屋から返事はない。テーブルの上にはぽつんと一枚の紙が置かれていた。


『なんか王都の騎士団本部に急に呼び出されたから行ってくるねー! ご飯は家にある食材をなんでも使っていいからお願いしまーす! 明日の夕方には帰るよー!』


 エミリーさんの可愛らしい丸文字でそう書かれていた。


「……クレア。エミリーさん、明日まで帰らないみたいだ。とりあえず、待つしかないと思う」


 俺が声をかけるが、クレアは生気のない瞳で小さく頷くだけで、そのまま逃げるように自分の自室へ入り、パタンと扉を閉めてしまった。


 いつだって気高く、強気で、誰の前でも堂々と胸を張っていた彼女だ。貴族の令嬢であることに誰よりも誇りを持っていた彼女から貴族位を剥奪することが、どれほど残酷な絶望であるか……想像するだけで胸が押し潰されそうになる。


 ……だが、あまりにも急すぎる。ザワード様が亡くなったからといって、代々の功績があるフォントネル家を即座に潰して土地を他家に引き渡すなんて……絶対に裏で誰かが糸を引いているはずだ。


 ……とはいえ、今の俺にできることなど何もない。今はエミリーさんの帰りを待つしかないのだ。


 昼が過ぎ、夕暮れが訪れ、周囲が漆黒の夜に包まれても、クレアが部屋から出てくる気配はなかった。朝から何も口にしていないはずだ。このままでは彼女の身体が壊れてしまう。


 よし……飯を作ろう。


 俺は台所に立ち、食材を探した。さすがエミリーさんの家だけあって、高級な肉や新鮮な野菜、数々の調味料が揃っている。クレアの好きな食べ物……思い浮かぶのは、育ち盛りらしくいつも美味そうに頬張っていた肉料理だ。


 俺は特大の極上赤身肉を取り出すと、豪快に厚切りにした。塩コショウを振り、スパイスを独自の配合で調合。フライパンで一気に表面を焼き上げ、仕上げにワインを回しかける。香ばしく肉汁が弾ける極上の匂いが、一気に部屋中に充満していった。


「よし……完璧だ」


 出来上がった極上ステーキを皿に盛り、クレアの部屋へ運ぼうとしたその時——匂いに耐えかねたのか、廊下の扉が静かに開き、目を真っ赤に腫らしたクレアがひょっこりと顔を出した。


「お腹、すいた……」


「ちょうど出来上がったところだよ。冷めないうちに一緒に食べよう」


「……うん」


 クレアは弱々しくテーブルにつくと、ナイフとフォークでステーキを小さく切り分け、おずおずと口へ運んだ。


 次の瞬間。


「っ!? 美味しい……っ!」


 両手を口元に当て、ぽかんと目を見開くクレア。あれほど影を落としていた彼女の瞳に、ほんの少しだけ光が戻った。


「だろ? これが俺の全力を注ぎ込んだ特製ステーキだ。思い知ったか!」


 俺はあえて、いつもの調子でドヤ顔を作ってみせた。彼女に一瞬でもいいから、辛い現実を忘れて笑ってほしかったのだ。


「ふふっ……なによそれ。相変わらず意味が分からないわよ」


 クレアの唇から、小さく可憐な笑い声がこぼれ落ちた。……よかった。本当に、よかった……。


 その後、クレアは一度もフォークを止めることなく、俺が作った特大ステーキをペロリと綺麗に完食してしまった。


「ごちそうさま。……ありがとう、レイン。本当に美味しかったわ。人間、どんなバカでも一つくらいは取り柄があるって本当なのね」


「おいおい、俺は魔法だってだいぶ上達したんだぞ?」


「ふんっ。そんなの、私に勝てるようになってから威張りなさい」


 伏せられていた顔が上がり、いつもの強い瞳でまっすぐに俺を見つめてくれる。


「……ごめんね。心配をかけたわ」


 消え入りそうなほど小さな声で、照れくさそうに呟くクレア。


「いいって。俺はクレアに、一生かかっても返せないくらいの恩があるんだから」


「……たしかにそうね。素直に謝って損したわ、今のナシ! 謝罪を返しなさい!」


「なんだよそれ!」


 くだらない言い合いをしながら、俺たちは顔を見合わせて笑い合った。


「……私、明日は学校へ行くわ。貴族ではなくなったかもしれないけれど、流石に学院まで退学処分にはなっていないはずよ。……レインみたいな平民でも通えているんだもの」


「『レインみたいな』は余計だろ。……でもそうだな。学院を無事に卒業して騎士団に入れば、また実力で貴族位を掴み取れるかもしれないしな!」


「ふんっ、私なら首席卒業なんて当然の通過点よ。……そして、あのレオナルド=ファレルから、必ず私の屋敷と土地を取り返してやるんだから。絶対……絶対に許さないんだからっ!」


 メラメラと瞳に復讐と再起の炎を宿すクレア。


 レオナルド=ファレル——。


 あいつは、俺にとっても絶対に許せない敵だ。クレアの傷ついた身体を投げ飛ばし、彼女の誇りを踏みにじって泣かせた男。


 いつか必ず……あの気取った綺麗な顔面を、俺の拳で叩き潰してやると固く心に誓った。

お読みいただきありがとうございました!


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