第二十五話:奪われた家と、奪われた誇り
翌朝。エミリーさんが用意してくれた温かな朝食を美味しく平らげ、俺とクレアは揃って屋敷を出た。
だが——昨日と同じようにクレアの屋敷跡地へと差し掛かった瞬間、いつもの活気ある現場とはあきらかに異なる重苦しい雰囲気が漂っていることに気づいた。
「……え?」
そこにいたのは、建設作業を進めていた職人たちではない。
重厚な鎧に身を包んだ王国の兵士たちが群がり、なにやら大掛かりな解体道具を手にして、完成に近づいていた新しい屋敷を完全に取り囲んでいたのだ。
「ね、ねぇ……レイン? 私の家で、あの人たち何をしているの……?」
顔色を失ったクレアが、焦りを隠せない手つきで俺の制服の袖をグイグイと強く引っ張ってくる。
「いや……俺にも分からない。今までこんなことなかったのに……まさか」
その胸騒ぎは、最悪の形で的中した。
兵士たちが一斉にハンマーやつるはしを振り上げ、せっかく立ち上がりかけていた柱や壁を無造作に叩き壊し始めたのだ。
「な、何やってるのよぉぉぉーーーーーーっ!!!」
激昂の形相となったクレアが、制止する俺の手を振り払って兵士たちへ向かって全力で走り出した。俺も慌ててその後ろを追いかける。
「やめなさい! 私の家に何をするのよっ!」
クレアは兵士の肩を強引に掴むと、手加減なしの拳をその顔面へと叩き込んだ。鈍い音とともに、殴られた兵士は悲鳴をあげて吹き飛んで転がる。しかし——直後、クレア自身も殴った右腕を強く押さえ、苦痛に顔を歪めて膝をついた。
……やはり、まだ怪我は全快していないのだ。
「クレア! 大丈夫か!?」
「これくらい……大丈夫よ! それより、こいつらを力ずくでも止めさせなさい! 私が許すわっ!」
本来なら、大貴族フォントネル家の令嬢の命令とあれば兵士たちも従わざるを得ない。……だが、兵士たちはクレアがフォントネル家の人間だと知った上で、この暴挙に及んでいる。あきらかに何かが狂っていた。
仲間が殴り飛ばされたことで恐怖に怯え、作業の手を止める兵士たち。
すると——現場の奥から、悠然とした足取りで一人の男が歩み出てきた。兵士たちが一斉に救いを求めるような視線を向けるその人物に、俺の目も吸い寄せられた。
眩いほどの鮮血色——きらびやかな赤の高級貴族服に身を包み、全身をジャラジャラと絢爛な宝石で飾り立てた男。肩まで伸びた美しい髪を朝風になびかせたその姿を、一市民である俺ですら知っていた。
レオナルド=ファレル。弱冠二十代前半にしてフォントネル家と並ぶ国最強の一角と謳われ、先の戦争でも圧倒的な戦果を挙げたという、若き最高峰の一等貴族だった。
「作業を続けろ。時間が勿体ない」
「ひ、しかし、あのフォントネル家の女が……!」
「構わん。これ以上、奴には何もさせん」
レオナルドの低く重い威圧声に気圧され、兵士たちは慌てて屋敷の破壊を再開した。職人たちが血と汗を流して築き上げてきた骨組みが、バキバキと音を立てて崩れ落ちていく。
「だから……止めなさいって言ってるでしょうがっ!!」
クレアが怒りに瞳を血走らせ、痛む腕を押しながら別の兵士へと飛びかかろうとした。だが——その突進は不自然な形で静止した。
いつの間にかクレアの眼前に割り込んでいたレオナルドが、彼女の振り上げた拳を、片手でやすやすと受け止めていたのだ。
……なっ!? さっきまで十メートル以上離れていたはずなのに、一瞬で距離を詰めたのか……!?
「ふん……怪我人とはいえ、この程度か」
レオナルドは鼻で笑うと、クレアの腕を掴んだまま、まるでゴミでも捨てるかのように無造作に投げ飛ばした。
「クレアっ! 危ない!」
俺は地を蹴り、宙を舞うクレアの身体を地表スレスレで間一髪受け止めた。そのまま滑るように着地し、ゆっくりとクレアを地面に降ろす。
「ほう……なかなか良い反応速度だ」
俺が殺気を込めてレオナルドを鋭く睨みつけると、男は面白がるように細い眉を上げた。クレアもまた、激痛に耐えながら猛烈な眼光で男を睨み返す。
「あんた……私がフォントネル家の人間だと分かっていて、こんな蛮行をしているの!?」
「いや」
レオナルドは冷徹な視線でクレアを指さし、残酷な事実を言い渡した。
「お前はもう、『フォントネル』ではない」
「……え? 何を言って……」
「言葉通りの意味だ。貴様はもう、貴族ではない。……当主であるザワード卿が亡くなった今、幼く無力な貴様ひとりに名門フォントネルの爵位と領地を護る荷は重すぎる、と王宮が判断したのだ。よって本日を以てフォントネル家は没落。この土地と財産は、我がファレル家に正式に譲渡された。……分かったらさっさと立ち去れ。これ以上我が領地を荒らすならば、反逆罪としてその場で捕縛する」
「そ、そんな……嘘……嘘でしょ……!?」
絶望の宣告に、クレアは全身の力が破綻したようにその場にへたり込んだ。
崩れ落ちていく柱と、立ち上る土煙。呆然とするクレアの肩を抱き、俺たちは静かにその場を去るしかなかった。何も言い出せない俺の横で、クレアは歯を食いしばり、握られた拳からは血が流れていた。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白い」「次も読みたい」と感じていただけたら、下の「★」評価やブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます!




