第二十四話:豪華な夕食と、ポンコツお嬢様
「——甘いっ!」
夕暮れの裏庭に、エミリーさんの鋭い一声が響き渡る。俺が放った渾身の袈裟斬りは虚しく空を切り、直後、吸い込まれるように放たれたエミリーさんの木剣が俺の右肩へ完璧に叩き込まれた。
「くっ……!?」
鈍い衝撃と激痛に耐えかね、俺は手から木刀をポロリと落としてしまった。
「そこまで——っ!」
甲高い審判の声が庭に響く。見学していたクレアだ。
今日もいつも通り夕食前の特訓を行っていたのだが……かっこいいところを見せようと意気込んだものの、結果はご覧の通り完敗だった。
肩を押さえて地面にうずくまっていると、上からすっと綺麗な手が差し出された。俺はその手を掴み、引っ張られるように立ち上がる。
「ふふ、今日のレイン君はいつも以上に踏み込みが鋭かったわよ? やっぱり……大好きな彼女が見ているからかしら。手加減して負けてあげればよかったわね?」
エミリーさんは片目をキュートに閉じてウインクしてみせた。
「い、いえいえっ! 今日もご指導ありがとうございました!」
「はい、お粗末様。……それじゃあ私は夕食の準備をしてくるから、汗を流して着替えていらっしゃい」
エミリーさんは軽やかな足取りで屋敷の中へと戻っていった。
「まったく、だらしないわね。……まあ、以前よりは少しはマシになっているみたいだけれど」
クレアが呆れ顔で歩み寄り、差し出してくれたタオルで汗を拭う。
「でもエミリーさんは流石ね……。昔、私の父と同じ騎士団に所属していただけあるわ。私が本気で挑んでも勝てるかどうか怪しいもの」
「えっ……!?」
怪我が治れば、エミリーさんに勝てる可能性があるのか……? クレアの自己評価とポテンシャルの高さには戦慄するしかない。
「ふふ、怪我が治ったらあんたにもたっぷり手ほどきをしてあげるわよ。……さ、ご飯が冷めないうちに急ぎましょう。エミリーさんの料理って、そんなに美味しいの?」
「食べれば分かるよ。驚くなよ?」
俺が自信満々に胸を張ると、クレアは「へぇ、楽しみね」と期待に胸を膨らませていた。
部屋に入った瞬間、香ばしい食欲をそそる匂いが部屋中に満ちていた。テーブルの上には、いつも以上の豪華なごちそうが所狭しと並べられている。普段はメイン一品とスープ程度のシンプルなメニューなのだが、今日は色鮮やかなおかずが五品以上、大皿に盛り付けられていた。
「エミリーさん、これ……凄すぎませんか!?」
「ふふ、今日はクレアさんが我が家に来てくれた記念すべき最初の夕食だもの。腕によりをかけちゃったわ! お口に合うと嬉しいのだけれど」
「うわあぁ……っ! すごーい! どれもとっても美味しそうだわ! エミリーさん、早く食べましょう!」
子供のように目を輝かせてはしゃぐクレアの姿に、エミリーさんは母のような優しい微笑みを浮かべていた。
——それから数十分後。
俺たちはテーブルの上の料理を完璧に平らげていた。そして……一番驚異的な食欲を見せたのは、意外にもエミリーさんだった。俺とクレアが早々に満腹になってリタイアする中、エミリーさんは「残したら勿体ないもの!」と笑顔で大皿の料理を全て綺麗に完食していったのだ。
食後、大量に積み上がった食器をエミリーさんが洗おうとシンクに向かうと、クレアがすっと立ち上がった。
「エミリーさん、お皿洗い、手伝います!」
「あら、クレアちゃん? いいのよ、座ってゆっくりしていて?」
「いいえ! お世話になっているのですから、これくらい当然です!」
袖をまくり上げ、エミリーさんの隣に並ぶクレア。
へぇ……大貴族のお嬢様だから家事は一切できないと思ってたけど、ちゃんと手伝おうとするなんて見直したぞ。
俺が感心しながら見守っていた、その直後だった。
——パリーンッ!
静かなキッチンに、甲高い破損音が響き渡った。
「あっ……!? ご、ごめんなさいっ! 手が滑ってしまって……っ!」
「大丈夫!? 怪我はない、クレアちゃん!?」
見事に砕け散ったガラスコップを前に、クレアが顔を青くして何度も頭を下げている。幸い怪我はなさそうだが、二人が片付けを始めたので、俺も慌てて破片を拾うのを手伝った。
慣れないことをやろうとしたのだから失敗くらい誰にでもある、と俺は心の中でフォローしつつ破片を捨て、クレアは再び慎重に食器を洗い始めたのだが——。
——ガシャーンッ!! パリーンッ!!!
先ほどを遥かに凌駕する、惨絶な破壊音が響き渡った。
「ほ、本当に申し訳ありません……っ!!」
割れたお皿とコップの山を前に、クレアは見たこともないような必死の顔で深々と頭を下げ続けていた。……どうやらクレアは、まともに食器洗いすらできない筋金入りのポンコツお嬢様だったらしい。
「く、クレアちゃん……? 気持ちはとーっても嬉しいけれど、今日はもう座ってゆっくりしていてちょうだいね……?」
エミリーさんに実に遠回しな断られ方をされたクレアは、肩を落とし、失意のどん底で俺の隣のソファにドサリと座り込んだ。
「……何よ」
隣に腰掛けたクレアが、突如として低い地獄の底から響くような声で呟いた。
「え?」
「何ニヤニヤ笑っているのよ」
「わ、笑ってない! 絶対に笑ってないからっ!!」
両手をブンブンと振って必死に否定する。
……たしかに、いつも強気なクレアが謝り倒している姿は酷く新鮮で、無意識に口元が緩んでいたかもしれないが。
「……二つ目ね」
冷ややかな視線を向けたまま、クレアがぽつりと呟いた。
「えっ……? な、何が『二つ目』なんですか……?」
「…………」
クレアはそれ以上何も答えてくれず、プイッと明後日の方向を向いてしまった。
一つ目は、エミリーさんに自分の話を暴露されていた件。二つ目は、今のポンコツな姿を見て無意識にニヤついてしまった件。
……着々と積み重なっていくお仕置きのカウントダウン。
俺は恐怖のあまりそれ以上追及することができず、ただひたすらに冷や汗を流すことしかできなかった。
幸いにもその日の夜は何事もなく平和に過ぎていったのだが……明日以降、俺にどんな恐ろしい運命が待ち受けているのか。それを考えると、夜も眠れそうになかった。
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