第二十三話:壊れた屋敷と、未来のお仕事
校門を抜けると、少し先を歩くトールとリリーの姿が目に入った。街の方へと向かう二人は、照れくさそうに、けれどしっかりと互いの手を繋ぎ合っている。
「ねぇ、レイン。あの二人って、いつから付き合っていたのかしら?」
隣を歩くクレアが、興味深そうに視線を向けながら尋ねてきた。
「うーん……気づいたら仲良くなってたけどさ。付き合い始めたのは最近じゃないかな。トール本人からも、付き合ってるなんて報告は聞いたことないし」
いつも一緒にいる二人だが、公衆の面前で恋人同士のように手を繋いで歩いている姿を見るのは俺も初めてだった。正直、かなり驚いている。
「ふーん……」
クレアはそう呟くと、特に冷やかすような素振りも見せず、二人の後ろ姿を温かな眼差しで見送っていた。
「……あんた悔しいんじゃないの? リリーはてっきり、あんたのことが好きなんだとばかり思っていたけれど?」
「バ、バカ言うなよ! そんなわけないだろっ!」
「あら、そんなにムキになっちゃって。怪しいわねぇ」
「ムキになんてなってないっ!」
俺が拗ねたように顔を背けると、クレアは「ふふっ」と楽しそうに鈴を鳴らすような声で笑った。
俺たちは手を繋ぐわけではなかったが、自然と肩が触れ合うくらいの距離で並び、エミリーさんの家へと歩みを進める。
……端から見れば、俺たちもトールたちと同じように甘い雰囲気を醸し出す恋人同士に見えているのだろうか。そう考えた瞬間、どうしても口元がゆるみ、顔がにやけてしまうのを抑えきれなかった。
そのまま歩を進めると、いつものようにクレアの屋敷跡地へと差し掛かった。
職人たちの槌音が響く工事現場を、クレアは立ち止まって静かに見つめていたが、ふと小さく息を吐いて口を開いた。
「あーあ。綺麗になくなっちゃったわね……。まあ、新しく建て直すんだから別にいいんだけど。……でもね、今回の件で我が家の財産もほとんど底をついちゃったの。もう昔みたいに執事やメイドを何人も雇うお金なんてないわ」
言葉とは裏腹に、その横顔にはどこか寂しさが漂っていた。クレアはくるりと俺の方を振り返ると、胸を張って笑ってみせた。
「だから家が完成したら、レインにはしっかり働いてもらわないとね!」
「えっ? 俺、クレアの執事になるの?」
「執事というか、専属のお手伝いさんね。安心して、あんたの部屋もちゃんと用意してあげるから。いつまでもエミリーさんのお世話になり続けるわけにはいかないでしょ?」
まさに寝耳に水だった。
まさか本当にお手伝いとして雇われる内定をもらうとは……。
しかし、よくよく考えればそれって、家が完成した後は二人きりで暮らす——実質的な同棲ということにならないだろうか?
下働きから始まって、最終的に旦那様に昇格するルートもあり得るのでは……!?頭の中で膨らむ妄想に、俺の顔は再びゆるゆるにとろけてにやけてしまった。
「ねぇ、レイン? さっきから思ってたけど、悪いことは言わないからその顔はやめなさい。気持ち悪すぎて本気で殴り飛ばしそうだから」
「あ、はい。すみません……」
「まったく、相変わらずバカなんだから」
無くなった屋敷を見つめていた時はどこか暗い表情だったクレアだが、俺をバカと罵るときはひまわりのような満面の笑みを浮かべていた。本当にクレアは、俺の悪口を言っている時が一番いい笑顔になる。
……けれど、それでいいと俺は思った。これからも彼女が笑っていられるのなら、俺はどんなことでもしよう。
まあ、あの虫を見るような蔑む目だけはできればご勘弁願いたいところだが……
エミリーさんの屋敷に到着し、玄関を開ける。
「ただいま戻りましたー!」
「おかえりなさーい!」
奥からパタパタと足音を響かせてエミリーさんが出迎えてくれる。俺はいつも通りの軽いノリで答えたが、隣のクレアはどこか硬く緊張した面持ちで背筋を伸ばしていた。
「お、お邪魔いたします! エミリー=ファニング様。この度は、行く当てのない私を温かく受け入れていただき、誠にありがとうございます」
クレアは貴族の令嬢らしく、完璧で丁寧な最上級のマナーで頭を下げた。
「あらあら、そんなにかしこまらなくていいのよ、クレアちゃん。クレアちゃんが以前住んでいたお屋敷に比べたら随分と狭いけれど、自分の家だと思ってくつろいでちょうだい。それに私のことはエミリーって呼び捨てでいいわ。……あなたの噂なら、レインからよーく聞かされているしね?」
「えっ……!? エ、エミリーさん! それは……っ!」
俺は思わず焦って声を裏返した。
「あー……もしかして内緒だったかしら? ごめんごめんっ!」
エミリーさんは可愛らしく舌をペロッと出して謝ってみせる。……仕草はとてつもなく可愛らしいが、この人、絶対に狙って言ったな……!?
「……レイン。あとで絶対に覚えていなさい……?」
クレアの口から、氷点下のような冷たさを孕んだか細い殺気が漏れ聞こえてきた。
「えっ? クレアちゃん、何か言ったかしら?」
「いえいえー! 何でもありません、独り言です! 改めまして、これからどうぞよろしくお願いしますね、エミリーさん!」
「ええ、よろしくね!」
エミリーさんには聞こえなかったようだが、俺の耳にはバッチリとその殺意の籠もった声が届いていた。二人きりになった時、一体どんな恐ろしいお仕置きが待っているのだろうか……俺は背筋に冷や汗が伝わるのを感じながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
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