第二十二話:戻ってきた日常と、同居生活
俺とクレアは久しぶりに並んで通学路を歩いていた。隣を歩く彼女の足取りは確かで、一見するとすっかり元通りの体を取り戻したかのように見えた。
「なぁ、クレア。退院するなら昨日教えてくれてもよかったんじゃないか?」
「ふん、だって事前に教えてあげたら面白くないじゃない。……でも、まさかあんなにボロボロ泣きじゃくる姿が見られるとは思わなかったけれどね」
クレアは悪戯っぽく、クスクスと嬉しそうに笑った。
「う……それはもう忘れてくれ。……ところで、怪我の方は本当に大丈夫なのか?」
「まあ、普通に日常生活を送るぶんには何の問題もないわ。ただ……医者からは『戦闘行為はあと二週間ほど控えなさい』って念を押しちゃわれてね。私は今すぐにでも剣を振れるっていうのに、本当に大袈裟なんだから」
「そっか……」
やはり、まだ全快には程遠いのだ。無理をして退院してきたのだろう。
もしこの二週間の間にクレアを狙う敵が現れたら……その時は、俺が死んでも彼女を守り抜く。隣を歩く横顔を見つめながら、拳を握った。
学院に到着し、教室の扉を開ける。すでに登校していたクラスメイトたちの視線が一斉に俺たち——特にクレアへと集まった。
クレアが自分の席へ向かうと、待っていましたと言わんばかりに大勢の生徒が彼女の周りを取り囲む。
「クレア様! お怪我はもうよろしいのですか!?」
「今回の事件、本当になんとお悔やみ申し上げたらいいか……私たちも本当に悔しいです!」
様々な同情や心配の声がかけられるが、クレアは嫌な顔ひとつせず、凛とした笑みを絶やさずに一つ一つ丁寧に言葉を返していく。こうした土壇場での完璧な振る舞いは、さすが名門貴族の令嬢と言うべきか。
——だが、その温かな雰囲気をぶち壊す不躾な陰口が、教室の後方からひそひそと漏れ聞こえてきた。
「……チッ、なんであんな犯罪者の息子を一緒に引き連れてんだよ」
「ば、バカやめろ! 声がでかいって……!」
連れの生徒が慌てて制止しようとしたが、時すでに遅かった。
クレアの眉線がピクリと跳ね上がる。
彼女は取り巻きの生徒たちをかき分け、迷いのない足取りで教室の後ろへと向かうと、不満を漏らしていた初日にクレアに殴られた貴族のお坊ちゃんの前で足を止めた。
「ひっ……!?」
クレアは無言のまま手伸ばし、男の胸ぐらをガシッと掴むと、そのまま圧倒的な力で体を宙へ持ち上げた。
「私の前で、もう一度同じことを言ってみなさい——」
男は恐怖のあまり目を固く閉じ、歯を食いしばって怯えていた。
しかし——その直後だった。
「くっっ……!?」
クレアの顔が突如として苦痛に歪み、持ち上げていた男を乱暴に放り投げた。
ドサッと尻餅をつくお坊ちゃん。だがクレア自身も、男を持ち上げた右腕を左手で強く押さえ、荒い息を吐いていた。
……やはり、怪我が完治していないのだ。急に力を込めた反動で、傷口が疼いたのだろう。
「……とにかく、レインが私の召使いであることに変わりはないわ。それに、悪いのはボルタであって、レインには何の罪もないの。それ以上の侮辱は、この私が絶対に許さないわ」
クレアは教室全体に響き渡るような声で宣言した。だが……その声には、以前のような圧倒的な覇気や力強さが欠けていることを、誰もが感じ取っていた。
胸ぐらを掴まれていたお坊ちゃんが、尻餅をついたままニヤリと不快な笑みを浮かべたのを、俺は見逃さなかった。
あいつ……何か良からぬことを考えているんじゃないだろうな……
胸の中に重い不安の種が芽生えるのを意識しながら、俺はクレアの背中を静かに見守るしかなかった。
その後の授業は何事もなく過ぎていった。
午前中は座学を受け、午後からは闘技場での模擬戦。見学に回っていたクレアは最初は大人しくしていたものの、途中から他の生徒の戦い方に「腰が入っていないわ!」「反応が遅い!」と口を出しまくり、最終的にリタ先生から「大人しく見学していなさい!」と怒られていた。
すべての授業が終わり、放課後。
「さあ、帰るわよレイン!」
「ああ。ちょっと待ってくれ、片付けるから」
急かすクレアに答えながら、俺は荷物をまとめる。
こんな風に文句を言われながら下校の準備をする何気ないやり取りすらも、なんだか酷く懐かしくて愛おしい。
……ん? そこでふと疑問が浮かんだ。
「そういえばクレア、これからどこで暮らすんだ? まだ新しい屋敷の工事は始まったばかりだろ? 街の高級宿にでも泊まるのか?」
「……な、なに言ってるのよ。あんたと同じに決まっているじゃない」
クレアはぷいっと明後日の方向へ顔を背け、ぼそりとつぶやいた。心なしか、彼女の白い耳たぶが薄っすらと赤く染まっている。
「え? 同じ……って?」
「そうよ! 私もエミリーさんの屋敷にお世話になるのよ! 何か文句でもあるわけ!?」
今度は顔を真っ赤に染めながら、照れ隠しのように俺をバッと睨みつけてきた。
「も、文句なんてあるわけないだろ! じゃあ、一緒に帰ろうか」
文句どころか、胸の中で跳ね上がるような歓喜が爆発しそうだった。エミリーさんの家とはいえ、大好きな女の子と同じ屋根の下で暮らすのだ。
毎日クレアと一緒にご飯を食べて、同じ家に帰る生活……ちょっと想像しただけで毎日が楽しくなりそ……いや、逆に大変になるのか?
頭をよぎる苦労に苦笑しつつも、俺の足取りはこれ以上ないほど軽かった。これからはもう、あの寂しい帰り道を一人で歩く必要はないのだから。
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