第二十話:稽古と、完璧すぎた独身女性
「ただいま!」
玄関の扉を開けると、廊下の奥からスリッパをパタパタと鳴らす軽快な足音が近づいてきた。現れたのは、エプロン姿のエミリーさんだ。彼女は俺の顔を見るなり、可愛らしく首を傾げて満面の笑みを浮かべた。
「おかえりなさーい、レインくん! お風呂にする? ご飯にする? それとも……わ・た・し?」
「はいはい、もう結構です。毎日よく飽きませんね……」
「もーっ! レインったら冷たいんだから! そこは照れて『じゃ、じゃあエミリーさんで……!』とか言うところでしょうがー!」
ぷくーっと頬を膨らませて抗議するエミリーさん。
……この不毛かつお約束なやり取りを始めて、かれこれ二週間以上は経つだろうか。最初の頃は顔を真っ赤にしてドギマギしていた俺だが、今ではすっかり流せるようになってしまった。
エミリーさん曰く「一度でいいから新婚さんごっこっていうのに憧れていたの!」とのことだが、さすがに毎日のように付き合わされるとさすがに慣れてしまう。
「はいはい、冗談はそのくらいにして……今日もいつも通り、剣術の指導をお願いします」
「はぁ……本当、レインは真面目ねぇ。女の子にモテないわよ?」
「今はモテるとかどうでもいいんです。一刻も早く、強くならないといけないんですから」
「ふふ、分かってるわよ。……それじゃあ、裏庭に着替えていらっしゃい」
夕暮れ時の広大な裏庭。木剣を交える乾いた音が響き渡る。
俺たちは毎日、実戦さながらの模擬戦を行っていた。
エミリーさんの鋭い踏み込みや剣の軌道にもようやく目が慣れてきて、以前のように一瞬で姿を見失うようなことはなくなった。だが——それでも未だに、彼女から「一本」を取れたことはただの一度もない。
俺が木剣を振るうたび、エミリーさんは最小限の動きでそれを軽々と受け流し、あるいは見切り、即座に俺の隙だらけの胴や首元へ木剣を突きつけてくる。
「——そこまで!」
パンッ、と木剣を弾き飛ばされ、俺は尻餅をついた。
「ふぅ……。やっぱりレイン君は、接近戦に持ち込まれたら受けに専念した方が良さそうね」
エミリーさんは木剣を肩に担ぎ、汗ひとつかいていない爽やかな顔で分析を口にした。
「下手に自分から攻撃を仕掛けようとすると、どうしても体幹の甘さから大きな隙ができちゃうわ。でも、最初から受けに徹していれば、私相手でもそれなりに粘れるようになっているもの。……まあ、あなたの一番の強みは圧倒的な魔法なんだから、本来は接近戦に持ち込ませないのが一番なんだけどね」
「そうですね……。でも、もし間合いを詰められた時、どう対処するかです。接近戦でも安全に魔法を組み込めるような戦術を考えないと……」
かつてエーベルと戦った時のように、威力の低い魔法であれば、自分ごと相手を巻き込んで至近距離で爆破しても俺自身は軽傷で済んだ。だが、上級以上の魔法となればそうはいかない。自分もろとも爆ぜて重傷を負うか、最悪相打ちになってしまう。しかも、もし相手が強力な魔法耐性を持っていた場合、自分の方がダメージを受けるという最悪の結果になりかねないのだ。
間合いを詰められた瞬間、いかに自分を傷つけずに相手だけを倒すか……
今後の大きな課題だな、と汗を拭いながら思案していると、エミリーさんがパンパンと手を叩いた。
「はいはい! 難しい顔をして悩むのはそこまで! 今日はもうおしまいにして、美味しいご飯にしましょう! 今日の夕食は、特製のシチューよ!」
「お、シチューですか! 楽しみです」
思わず笑みがこぼれる。エミリーさんの料理の腕前は、本当に絶品なのだ。
俺自身、一人暮らしのような生活が長かったこともあって料理にはそこそこの自信があったのだが、エミリーさんの作る家庭料理には逆立ちしても敵わない。
優しい性格、手際の良い家事、プロ顔負けの料理、そして誰もが羨むような大金持ちの元・最高峰の剣士。
正直なところ、これほど完璧な女性がなぜ今まで独身のままなのか、俺には不思議でならなかった。彼氏の気配すら全くないのだ。
気になって、以前「エミリーさんって、なんで今まで結婚しなかったんですか?」と無邪気に尋ねてみたことがある。
「……私が知りたいわよっ!!!!」
あの時は、見たこともない凄まじい鬼の形相で本気で怒鳴られたのだった。
……うん、まあ。たまに出る圧が原因なのかもしれないな……
命が惜しいので決して口には出さないと心にし、俺は夕飯の準備をするために、温かな明かりの灯る屋敷へと足早に向かうのだった。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白い」「次も読みたい」と感じていただけたら、下の「★」評価やブックマーク登録をしていただけると泣いて喜びます!




