第十九話:変わらぬ視線と、帰り道
「——さあ、みんな分かったかしら? 威力の高い魔法ほど確かに凄まじいけれど、その分効果範囲が広がり、味方を巻き込む危険性が格段に跳ね上がるの」
煙の上がる巨大な大穴を背に、リタ先生が静かな声で言葉を紡ぐ。
「高階級の魔法は戦争や大群を相手にする時には心強いけれど、1対1の対人戦や狭い場所では、威力を絞った上級魔法や中級魔法の方が遥かに使い勝手が良く、実戦的なのよ」
リタ先生の熱のこもった講義に、真剣に耳を傾けている生徒は半分ほどだった。
残りの生徒たちは、レインの放った凄まじい魔法の余韻に怯えているのか、あるいは犯罪者の息子が圧倒的な力を見せつけたことが気に食わないのか、ひそひそと不満げな陰口を叩き合っている。
当然、リタ先生がその空気に気づかないはずもなかった。
「おい……そこの君たち。何か私やレイン君に言いたいことがあるなら、隠れてコソコソやってないで正々堂々と聞こうかしら?」
リタ先生が冷ややかな視線を向けると、一人の生徒が不満げに手を挙げた。例の、初日にクレアに鼻骨を叩き折られたお坊ちゃん貴族だ。
「よし、言ってみなさい」
「せ、先生は怖くないのですか!? ザワード様を殺害した凶悪犯の息子がこの学校にいて、しかもあんなバケモノみたいな魔法を使えるんですよ!? 大人しくしているうちに、さっさと退学させて追放するべきです!」
金切り声で主張するお坊ちゃんに、リタ先生は「はぁ……」と深々と溜息をついた。
「確かに恐ろしいわね。……でもね、それは彼が敵に回った場合の話よ」
「なっ……!?」
「いい? 確かに彼はザワード氏を惨殺したボルタの息子かもしれない。でも、それはただの血縁に過ぎないわ。彼自身には何の罪もないの。それどころか、彼ほどの規格外の才能を持った魔法師が、いまこうして私たちの味方として学院にいてくれている……それがどれほど有難いことか、あなたには分からないの?」
リタ先生は一歩前へ踏み出し、冷徹な現実を突きつけた。
「もし彼が本当に私たちを害する敵だったら……いまの一撃で、この闘技場どころか、あなたを含めたこの学院全体が一瞬で消し飛んでいるわよ」
「ヒッ……!?」
お坊ちゃん貴族は顔を真っ青にし、ブルッと身体を大きく震わせた。
「み、みんな騙されてるんだ……! 犯罪者の血を引く奴が味方なわけがない……! 俺は絶対に認めないぞ……っ!」
泣き叫ぶような捨て台詞を残し、お坊ちゃんは逃げるように闘技場から走り去っていった。
「はぁ……あの子、今日の模擬戦の成績が今後のクラス分けに直結するって分かっているのかしらねぇ。まあいいわ。それじゃあ他の人たちは、予定通り模擬戦を始めるわよ!」
その後の模擬戦で、俺は魔法を一切使わなかった。
この一ヶ月、エミリーさんの元で徹底的に叩き込まれた身体操作と剣術のみで、相手の懐にスッと入り込み、あっさりと木剣を首元に突きつけて勝利を収めた。
魔法を一切見せない完璧な手加減と勝利に、周囲の生徒たちはますます言葉を失い、俺に近寄ろうとはしなかった。
すべての授業が終わり、俺はいつも通り一人でエミリーさんの家へと帰路につこうとした。その時後ろから声をかけられた。
「レイン! もう帰るの?」
振り返ると、トールだった。少し後ろには、バッグをぎゅっと抱えたリリーが恥ずかしそうに顔を伏せて立っている。
「今からリリーと街のカフェに甘いものを食べに行くんだけど、レインも一緒にどうかな?」
「ありがとう、トール。でも……今日は遠慮しておくよ。この後もエミリーさんの家で特訓があるんだ」
「そっかぁ……。レインは本当にすごいな。模擬戦だって圧倒的だったのに、まだ上を目指して自分を追い込むなんて」
「いや、まだまだだよ。……あの時のボルタは、こんなもんじゃなかった。もう二度と、負けるわけにはいかないからね。……それにさ」
俺はトールとリリーを交互に見やり、少しだけ口角を上げた。
「二人っきりの邪魔をするのは無粋だろ?」
「なっ……!? な、なに言ってるんだよ、レインっ!?」
トールは一瞬で顔を真っ赤にして慌てふためき、後ろのリリーは湯気が吹き出しそうなほど真っ赤になってさらに俯いてしまった。
「ふふ、とにかく……あんまり根を詰めすぎないでね。時には気分転換も大事なんだからさ」
「ああ、気をつけるよ。気をつけていってらっしゃい」
ひらひらと手を振り、並んで楽しそうに街の方へと歩いていくトールとリリーの後ろ姿を見送る。
……正直、ちょっと羨ましいな
甘酸っぱい青春を謳歌する二人が眩しかった。
俺だって、もし……もしクレアが無事だったら。あの事件が起きなければ。昔みたいにクレアと二人で、他愛もない話をし合いながら、少し馬鹿にされながら一緒に下校できていたのだろうか。
……いや、たらればを言っても仕方がない。
エミリーさんの自宅は、以前俺が住んでいた借家よりもずっと街の外れにあり、距離がある。その帰り道の途中には——かつてクレアの屋敷があった場所が存在した。
現在は瓦礫が撤去され、新しい屋敷を建て直すための大規模な工事が進められている。
事件直後はここを通るたびに胸が締め付けられるように苦しく、回り道をして帰っていたのだが、そうすると帰宅時間が倍も伸びてしまう。
『そんなことで時間を無駄にしてどうする。一分でも長く剣を振りなさい』
エミリーさんの厳しい言葉に、いつしか俺はこの道を通るようになった。
トントン、カンカン、と職人たちが木材を叩く音が響く工事現場を見上げる。
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