第十八話:一閃の炎と、力の本質
「「「「……っ!???」」」」
闘技場全体に、困惑と驚愕のざわめきが波のように広がっていく。
えっ……? リタ先生、さっき職員室では『絶対ダメ』って断ってなかったか……?
混乱する俺の心中を見透かしたように、リタ先生が手招きをした。
「レイン君、私の横に来なさい」
「あ、はい」
言われるまま前へ出てリタ先生の隣に立つと、先生は周囲に聞こえないよう、ボソッと小さな声で耳打ちしてきた。
「いい? 究極魔法は絶対ダメよ。その代わり……今ここで至高魔法を打ってみなさい。そうすれば、私がどうして究極魔法を止めさせたのか、その理由が嫌でも理解できるはずだから。……そうね、『ファイアレイ』にしなさい。……ちゃんと、威力を十分の一に抑える腕輪は装着しているわね?」
「えっ……あ、はい。バッチリつけてます」
俺の返答に満足そうに頷くと、リタ先生は再び全生徒に向かって通りやすい声を張り上げた。
「これより、レイン君にはあそこにある木人形に向かって魔法を打ち込んでもらいます! 全員、目を見開いてよく見ておきなさい。あの木人形は、あなたたちが最初に入学テストで使った木で作られたものよ。……まあ、普通の生徒の魔法では、燃やすどころか表面に薄くススをつけるのが限界でしょうね」
リタ先生が指さした闘技場の中央には、大人ほどの大きさがあるずっしりとした木人形がポツンと立っていた。
「じゃあレイン君、お願いね」
「分かりました」
俺は木人形と十分な距離をとり、深く息を吐き出した。
右手を広げ、まっすぐに木人形へと向ける。
……イメージだ。あの木人形を跡形もなく燃やし尽くす、天から降臨する無数の火炎の閃光……!!
体内の魔力を解放し、一気に奔流させる。
「——『ファイアレイ』!!」
言葉と同時に、闘技場の広大な天井付近に無数の真っ赤な魔法陣が瞬時に展開された。
轟音。
天から降り注いだ極太の熱線群が木人形に着弾した瞬間、闘技場全体を揺るがす凄まじい衝撃波と、目を焼き切るような苛烈な光が弾けた。遅れて熱風が嵐となって押し寄せ、クラスメイトたちが「きゃああっ!」「うおわっ!?」と悲鳴を上げて腕で顔を覆う。
やがて熱気が収まり、視界を覆っていた白煙が風に流れて晴れていく。
「な……ッ……!?」
誰かの絶句した声が響いた。
木人形があった場所——そこには人形の欠片どころか、闘技場の頑丈な石造りの床が大きく抉れ、直径数メートルにおよぶ巨大なクレーターが口を開けていた。
静まり返る闘技場。陰口を叩いていた生徒も、あのお坊ちゃんも、開いた口が塞がらない様子で腰を抜かしている。グラッドたちすらも言葉を失っていた。
「……やっぱりね」
背後から、呆れたような、だが納得したようなリタ先生の呟きが聞こえた。
俺はハッと我に返り、振り返って尋ねた。
「なにが……やっぱりなんですか?」
「あなたの魔法の威力よ。腕輪をつけて、威力を十分の一に抑えてこれなのよ……? 大穴をあけちゃって……。もし究極魔法なんて撃ってみなさいな。この闘技場どころか、学院の校舎ごと全壊して倒壊するかもしれないわよ」
「あ……」
その言葉に、冷や汗が背中を伝った。
もし……腕輪なしで、実戦で究極魔法を使ったら……?
ぞっとした。
対人戦や混戦でそんなものを放てば、敵どころか、近くにいるグラッドやトール、リリーやクレアまで一瞬で巻き込んで消し炭にしてしまう。
今回の『ファイアレイ』だって、魔力を抑えた上に距離をとっていたにもかかわらず、観覧席まで凄まじい熱風が届いていたのだ。もしこれが十倍の威力だったら……周りにいる仲間たちも無事では済ませられなかっただろう。
魔法は、ただ威力が大きければいいというものではない。
自分の魔法の範囲と威力を完璧に把握し、味方を巻き込まないように精密にコントロールできて初めて「力」と呼べるのだ。
この一ヶ月、強くなることばかり焦って、そんな当たり前のことすら見失っていた。
ただ遠くの標的に向かって最大火力でぶっ放すだけなら、ただの歩く災害でしかない。
「……リタ先生、ありがとうございました。俺……大切なことに気づかされました」
深く頭を下げる俺に、リタ先生はフッと優しく微笑んだ。
「ふふ、そう? 闘技場の修理費を身銭で切る羽目になった甲斐があったわ」
「えっ……!? べ、弁償なんですか!?」
「まあね。生徒の魔法の威力を読み誤って壊させたんだから、私の管理不足ってことよ。……まあ、教師の授業料と思えば安いものかしら」
リタ先生はいたずらっぽく笑ってみせたが、自分の給料を削ってまで俺に危険性を教えようとしてくれたのだ。なんて素晴らしい師だろうか。
「俺が払います! 今は無理ですけど……将来金持ちになったら、絶対に十倍にして返しますから!」
俺が冗談めかして胸を叩くと、リタ先生はどこか嬉しそうに目を細めた。
「ふふ、楽しみに期待して待ってるわ。……君ならきっと、歴史に名を残す一流の、魔法師になれるでしょうからね」
……って、リタ先生、本気で十倍で回収する気だ……!?
いくら請求されるんだろう……と一瞬青ざめつつも、俺は師の期待に応えるべく、心の中で静かに誓いを新たにするのだった。
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