第十七話:オリジンと、究極魔法
「オリジン……?」
思わず小さく呟く。初めて耳にする単語だった。
「オリジナル魔法、あるいはユニーク魔法とも呼ばれるわね。要するに——まだ世界中の誰一人として使ったことがない魔法のことよ」
リタ先生はチョークを走らせながら、楽しそうに言葉を続けた。
「魔法の発動には明確なイメージが不可欠だと、以前説明したわね? これまで歴史上の誰も思いつかなかったような術式や現象を脳内で完璧にイメージし、それを現実に具現化できるだけの膨大な魔力があれば……それはその人だけのオリジンとなるの」
自分だけの魔法、か……
もしボルタを倒し、クレアとの約束を果たして全てに決着がついたら……自分だけのオリジンを考えてみるのも悪くないかもしれない。
「まあ、オリジンと言ってもね。他の人に仕組みを見抜かれて真似された時点で、それはもうオリジンではなくなるのだけれど。現在確立されている下級から神級までの数々の魔法も、元を正せば誰かが最初に編み出したオリジンなのよ。誰もが簡単に真似できるイメージの魔法は下級に落ち着くし、逆に誰も真似できない次元のものは神級なんて呼ばれるわけね。ちなみに魔法は全て、どの国にも所属していない、ロチ魔法研究所というところで管理されているから、もしオリジンを生み出したらそこへ登録にいくことね。名前に自分の名前を付けることもできるのよ」
へぇ、と感心しながら真剣に講義に聞き入っていると、トントン、と後ろから軽く肩を叩かれた。
振り返ると、グラッドがニヤニヤしながら声を潜めて話しかけてきた。
「そういえばさ、レイン。お前って神級魔法とか使えたりするのか?」
「いやいや、神級なんて逆立ちしても無理だって。それに、至高魔法の上の究極魔法から先は、威力が規格外すぎて軽々しく使えたもんじゃないよ……というか、試したことすらないし。そもそも神級魔法なんて本当に存在するのかすら怪しいだろ」
実際、俺が読んだ魔導書の至高魔法までの術式はこの一ヶ月で完全にマスターした。
だが、そのさらに上の究極魔法や神級魔法についてはほとんど記述がなく、究極魔法に至ってはたった一つだけ記載されている程度だった。
だから「使えない」というよりは「正しく知るすべがない」のだ。
ちなみに、至高魔法の練習をする際はエミリーさんに協力してもらい、彼女が所有する広大な私有地で行っていたのだが……俺の魔法のせいで今や完全に地形が変形し、巨大なクレーターと化してしまっている。
もしこれ以上の究極魔法なんてものをぶっ放したら、どれほどの天変地異が起きるか分かったもんじゃない。恐ろしくて試すことすらできなかったのだ。
「へぇ、ってことは……究極なら知識としては知ってるんだな? なあ、今日の午後の模擬戦、闘技場で試してみたらどうだ?」
「バカ言え、闘技場が吹き飛ぶだろ」
「大丈夫だって! 闘技場には防護結界が張ってあるから絶対に壊れないってことだし、模擬戦用の腕輪を装着すれば威力が十分の一に抑えられるんだからさ」
十分の一、か……。それなら、あの究極魔法の発動実験としては丁度いいかもしれない。
「……よし。じゃあ、今日の午後に少しだけ試してみるか」
「決まりだな!」
俺が頷くと、グラッドは満足そうに笑った。
……だが、次の瞬間。グラッドの表情が急速に強張り、顔色がみるみるうちに土気色へと変わっていく。
ん……? どうしたんだ、グラッド……?
首をかしげる俺の背後から、凍りつくような極大の殺気が漂ってきた。
恐る恐る振り返ると——そこには、般若も素足で逃げ出すような鬼の形相をしたリタ先生が立っていた。
「へぇ……そう。なるほどねぇ……? 先生の講義を聞くより、お友達とのお喋りの方が何倍も楽しいわけだ……? 堂々と真後ろを向いて話し込むなんて、いい度胸じゃない……。今日は毎日つまらなさそうに授業を受けている君のために、わざわざ特別な講義を用意してあげたというのに……全部無駄だったわけですねぇ……?」
リタ先生の背後に怒りのオーラが渦巻いている。
「い、いえっ! めっそうもありません! 非常に興味深いお話で感動しておりました! ただ、グラッドがどうしても話しかけてくるもので、つい……っ!」
俺は保身のために必死で弁明を試みたが、怒れる女教師に通じるはずもなかった。
みし、と音を立てて握り締められたリタ先生の拳が、容赦なく俺の脳天へと振り下ろされる。
「いっでぇぇっっっ!!」
涙目で頭を押さえ、思わず机に突伏する。
それから数秒後、背後から全く同じ断末魔の叫び声が響き渡った。
……自業自得だぞ、グラッド……
激痛に耐えながら、俺は心の中でそっと後ろの友人の冥福を祈ったのだった。
午前中の授業を終え、俺はグラッド、トール、そしてリリーの三人とともに学園の広大な食堂へと向かった。
ここ最近は、この四人で机を囲んで昼食を食べるのがすっかり日課になっている。
クレアが入院した当初、俺は周囲の冷ややかな視線を避けるように一人でポツンと食べていた。だが、それを見かねたトールが「一緒に食べようよ!」と声をかけてくれたのだ。
もともとトールにも別のクラスのグループがあったのだが、俺と一緒に食べると決めるやいなや、彼の友人たちは「犯罪者の息子と一緒に食えるかよ」と捨て台詞を残して離れていってしまった。
申し訳なさで身を小さくする俺に、トールは爽やかな笑顔で「気にしないでいいよ」と言ってくれたのだ。
「俺のことを悪く言う奴ならともかく、レインの人間性も知らずに陰口を叩くような奴は、本当の友達じゃないからね」
トールもまた、本当に根が真っ直ぐで良い奴だった。
その後、二人で食べているところへグラッドが「混ぜろよ」とトレーを持って現れ、さらに少し離れた席でポツンと一人で食べていたリリーを俺が誘ったことで、今の四人グループが完成したのだ。
混雑する食堂で日替わりメニューを選び、四人掛けのテーブル席につく。並びは俺とグラッド。向かい側にトールとリリーだ。
「リリーは今日もパスタとサラダなんだね」
トールが向かいのリリーに優しく声をかける。
「うん、これ……すごくおいしいから」
「でも、お肉も少しは食べないとスタミナがつかないよ?」
「う、うん……でも、お肉はちょっと苦手だから……」
「そっか。まあ、お肉の食べ過ぎでリリーの可愛い顔が台無しになっても困るから、無理はしなくていいけどね」
「も、もうっ……! トールくんたら……っ!」
リリーは顔を真っ赤にして照れ、茹で上がったタコのように下を向いてしまった。
……この二人、絶対にお互いを意識している。
最初は人見知りが激しく、俺たちともろくに会話ができなかったリリーだが、トールとだけは最初から嬉しそうによく話していたのだ。ごつくて声のデかいグラッドの前では相変わらず縮こまっているが……まあ、理由は察するに余りある。
そんな微笑ましい二人の甘酸っぱい空気を眺めていると、隣のグラッドが肘で俺の脇腹を小突いてきた。
「おい、レイン。さっきの授業中の話だけどよ……」
「ああ、究極魔法を試すって話か? 午後からの模擬戦が始まる前に、リタ先生に頼んでみるつもりだよ」
「おう! 楽しみにしてるぜ、マジで!」
グラッドの声が大きかったからか、向かいのトールも目を輝かせて身を乗り出してきた。
「えっ!? レイン、究極魔法を使うの!? うわぁ、俺、究極魔法なんて本物を見るのは生まれて初めてだよ!」
「い、いや……俺も本気で使うのは初めてだから、あくまで実験の段階なんだけどね……」
「大丈夫だよ! レインのあの規格外の魔力なら絶対にいけるって! ねぇ、リリーもそう思うでしょ?」
「う、うん……! レイン君なら、きっと成功すると思う……!」
「みんな、ありがとう。が、がんばってみるよ」
俺たちは急いで昼食を平らげると、そのまま四人揃って職員室のリタ先生の元へと直談判に向かった。
「だーめ。絶対だめよ」
「……え?」
職員室の扉の前。腕を組み、仁王立ちしたリタ先生から返ってきたのは、身も蓋もない一言だった。まさか一秒で即答で断られるとは思っておらず、俺たちは呆然と立ち尽くした。
「な、なんでですか先生! 何かダメな理由でもあるんですか!?」
納得がいかず思わず喰らいつくと、リタ先生は意味深に目を細め、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「理由ねぇ……。まあ、ここで口で説明するより、実際に闘技場で説明した方が早いわね。もうすぐ午後の授業が始まるわ。四人とも、さっさと闘技場に行って待っていなさい」
「……っ」
そう言われてしまっては、これ以上ねばるわけにもいかない。俺たちは不完全燃焼のまま納得した振りをして、職員室をあとにした。
「ちくしょう! なんだよそれ! なんでダメなんだよ、納得いかねえ!!」
廊下を歩きながら、グラッドが悔しそうに壁をドカンと殴りつけた。誰よりも俺の魔法を楽しみにしていただけに、一番怒りを露わにしている。だが、その迫力に隣のリリーがビクッと肩を震わせて怯えてしまったため、トールが慌ててグラッドの肩を叩いた。
「まあまあ、グラッド、落ち着こうよ。先生もちゃんと現地で説明してくれるって言ってたじゃないか。それに、リリーも怖がってるよ」
トールに指摘され、グラッドはハッとしてリリーに視線を向けた。
「あ……す、すまんリリー! ちょっと頭に血が上って冷静じゃなかった……」
「う、ううん……大丈夫……」
「まあ、僕だってレインの究極魔法、すごく楽しみにしてたから悔しいのは分かるけどさ」
「わたしも……見られると思ってたから、ざんねん……」
仲間たちが心底残念そうに溜息をつく。
俺のせいではないとはいえ、期待させてしまった手前、どこか申し訳ない気持ちになってしまう。どこか他の場所で、こっそりお披露目できる機会があればいいのだが……。
やがて午後の授業の鐘が鳴り響き、クラスメイトが闘技場へと集結した。
周囲の生徒たちからは相変わらず「犯罪者の息子が」「よく来れるよな」といった冷ややかな視線と囁き声が刺さってくる。
闘技場の中央にリタ先生がゆっくりと歩み出た。先生は集まった生徒たちを一通り見渡すと、ニヤリと口角を上げ、朗々とした声を張り上げた。
「——さて! 今日の授業ですが、通常の模擬戦に入る前に……レイン君の魔法を、全員の前でお披露目してもらおうと思います!」
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