第十六話:心無い声と、変わらぬ絆
教室の引き戸を開けた瞬間、それまでざわついていた室内が水を打ったように静まり返った。
一斉に注がれる数十人分の視線。そこに含まれているのは、露骨な嫌悪、警戒、そして恐れだ。
「……おい、見たかよ。犯罪者の子供のくせに、よく素知らぬ顔で学校に来れるよな」
「近寄らないでおきましょうよ。いつ私たちも巻き込まれて殺されるか分からないわ……」
「なんで退学にならないんだよ……」
忍びやかな、だがわざと聞こえるように紡がれるヒソヒソ声。
……耐えるんだ、レイン。ここで手を出したら終わりだ
俺は無罪を勝ち取ったわけではない。クレアの文字通り命がけの主張によって執行猶予を勝ち取ったに過ぎないのだ。
学院側も俺の扱いについて連日協議を重ねたようだが、フォントネル当主であるクレアの強い意向を尊重し、ひとまずは処分の保留という形に落ち着いた。だが、俺が一度でも不祥事や暴力沙汰を起こせば、即座に退学が決まる。
当然、事件の噂は尾ひれをつけて学院中に広まり、俺を見る目は一変した。
理不尽な陰口に胃が焼き切れるような怒りを覚えることもある。だが、俺を庇ってくれたクレアのためにも、ここで問題を起こして退学になるわけにはいかないのだ。
俺は刺さるような視線を完全に無視し、自分の席へ向かって歩いた。椅子を引き、腰を下ろしたその時——後ろの席から、拍子抜けするほど軽い声が降ってきた。
「よお、レイン。相変わらずお前は、朝から超有名人様だな」
「……茶化すなよグラッド。それより俺、今日は災難続きなんだ。カバン忘れた」
「はぁ!? 学校に手ぶらで来るとかお前、何しに来てんだよ!」
呆れ顔で声をあげて笑うのは、後ろの席のグラッドだ。
事件の後、周囲が手のひらを返したように俺から離れていく中、グラッドは以前と何も変わらない距離感で接してくれていた。
変わらないのは彼だけじゃない。トールとリリー、そして担任のリタ先生も、今まで通り俺をひとりの生徒として、友人として見てくれている。
もしこの四人まで他の生徒と同じ目をして俺を遠ざけていたら……俺の心はきっと折れていた。
「おいおいグラッドぉ。そんな殺人者の子供と楽しそうに話して、お前も同類だと思われるぞ?」
不意に、ねっとりとした嫌味な声が割り込んできた。
顔を上げると、そこに立っていたのは入学初日にクレアに鼻骨を叩き折られたお坊ちゃん貴族の生徒だった。クレアに付けられた傷もようやく癒えたらしく、数日前から登校を再開していた。
「ふんっ。言っておくがな、俺はレインの仲間だし、親友だ。……それよりお前、なんか微妙に鼻が曲がってねえか? ああすまんすまん、誰かさんにみっともなく殴られたんだったな!」
グラッドが白々しく鼻をくすぐる仕草をしてみせると、お坊ちゃんは顔を真っ赤にして慌てて両手で鼻を覆った。
「ぐっ……! ふ、ふん! せいぜいその犯罪者に寝首をかかれないよう、気を付けることだな!」
捨て台詞を残し、お坊ちゃんは逃げるように自分の席へと戻っていった。
「ったく、気にすんなよレイン。お前が手を出したら一発で退学なんだからな」
「わかってるよ。あんな雑魚の遠吠え、無視するのが一番だ」
本当に、グラッドは最高の友人だ。苦しい状況だからこそ、彼の存在が胸に沁みる。
やがて前方の扉が開き、担任のリタ先生が入ってきた。
「皆さん、おはようございます。今日の午前中は魔法の座学、午後からは演習場での模擬戦を行うから、そのつもりでね」
ちなみに、学院の代表を決めるアイスライト杯の出場者に、俺とクレアの名前はなかった。
俺は拘留中だったし、クレアは大怪我で長期入院中なのだから当然だ。一年生の枠には、俺に敗れたエーベルと、クレアと準決勝で当たるはずだった生徒が選ばれる……はずだった。だが、なぜかエーベルが出場を辞退したため、繰り上がりで4位と5位の生徒が選出されたらしい。本選は約一ヶ月後。学院を挙げて応援に向かう一大イベントになる予定だ。
だが、俺にとってそんなイベントはどうでもよかった。
クレアが入院しているこの一ヶ月間、俺は狂ったように自分を追い込んできた。
昼は学校でリタ先生から基礎から応用までの魔法体系を学び、放課後はエミリーさんの自宅で壮絶な剣術の稽古を受けた。そして夜は、寝る間も惜しんで魔導書を貪り読んだ。
その成果は、すでに圧倒的な力となって結実しつつある。
エミリーさん曰く、俺には剣の才もあるらしい。しかし、根本的な筋力や体力が低いため「剣士としては大成しない」と断言された。
だが——魔法は違った。
俺の体内には、自分でも底が見えないほどの膨大な魔力が渦巻いている。
魔導書に書かれていた高度な術式や、リタ先生に教わった魔法は、すべてマスターしてしまった。しかも、俺が放つ魔法は通常では考えられないほどの威力と規模を叩き出す。
今なら……今の俺なら、あの時のボルタとも戦える……!
ちなみに、あの日俺がボルタから喰らい、生死を彷徨う原因となったあの火炎魔法『ファイアレイ』。あれは上級魔法のさらに上——至高魔法に分類される魔法だったらしい。
……そしてそれすらも、今の俺は完璧に発動できるようになっていた。
よし、集中しよう……
リタ先生の座学が始まった。
正直に言えば、学院の授業は少々退屈だった。エミリーさんの家で先回りして猛勉強していたため、教科書に書かれている内容はすべて頭に入っていたからだ。
だが——今日のリタ先生の言葉に、俺は思わず背筋を伸ばした。
「——さて、今日の授業ですが。教科書の範囲を離れて、少し特別な講義をします」
リタ先生は黒板に大きな文字で、こう書き記した。
【オリジン】
「今日は、世界の根幹を成す魔法の極意……オリジンについて説明します」
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