第十五話:誓いと、涙の素振り
判決の余韻が残る法廷で、俺は手錠の鎖を激しく鳴らしながら、崩れ落ちた彼女の身体を必死で抱きとめた。
痛々しい包帯越しに伝わってくる体温。細く途絶えがちな呼吸。そこへ、エミリーさんが手を差し伸べてきた。彼女はクレアの首筋にそっと指先を当て、確認するように瞳を細めると、ホッと胸を撫でおろした。
「大丈夫よ、レイン君。単に気を失って寝ているだけだわ。……きっと、判決を聞いて、緊張の糸が切れちゃったのね」
腕の中のクレアの顔を覗き込む。
苦痛に歪んでいたはずの表情は消え、その唇には、どこか誇らしげで、小さな笑みが浮かんでいた。
俺のために、命を削ってまでここへ駆けつけてくれた少女。
……誓うよ、クレア。これからは何があっても、俺がお前を守り抜いてみせる。
そのためなら、俺は誰よりも強くなってみせる。俺のこれからの人生は、命を救ってくれた彼女のために捧げるんだ——。
そう、心に固く誓った。
「おはよう、クレア。今日の体調はどうだ?」
あの激動の裁判から、早いもので一ヶ月が経っていた。
裁判の日に無理を押して駆けつけた代償は小さくなく、クレアの入院生活は予想以上に長引いていた。そのため、朝一番で彼女のお見舞いに病院へ向かうのが、俺の毎日の日課となっていた。
「おはよう、レイン。……体調なんて、とっくに万全に決まってるでしょ! 本当に退屈で退屈で死にそうよ。医者が素振りくらいしか許可してくれないんだから、体が鈍っちゃって仕方ないわ」
白を基調とした清潔な病室のベッドの上で、クレアは腕を組んで不機嫌そうに身を乗り出してきた。
「ごめんな、クレア……。全部、俺のせいで……」
俺が伏し目がちに謝罪の言葉を口にした、次の瞬間——
「いっでぁぁっ!??? な、なにすんだよっ!?」
猛スピードで飛んできた厚さ5センチはあろうかという専門書が、俺の額を正確に直撃した。あまりの衝撃に思わず額を押さえて叫ぶ。
「本当にウザい! 毎日毎日、顔を合わせれば謝ってばかり! 勘違いしないでちょうだい、私は自分のためにやったんだから、あんたが気にすることなんてこれっぽっちもないの! 将来、私に仕える従者がいなくなったら困るから助けただけ! 次またその見当違いな顔で謝ったら、次は本じゃなくて木刀を叩きつけるわよ!」
「ぶ、物理的な攻撃が重すぎるだろ……」
ただの従者になるつもりは毛頭ないが、彼女のために一生を捧げる覚悟ならとうにある。
俺は鈍く痛む額をさすりながら苦笑し、ベッド脇の椅子に腰を下ろして、足元に通学用の鞄を置いた。
「……ところで、私がいないからってサボってないでしょうね?」
「大丈夫だよ。俺はもう……誰にも負けたくないんだ。強くなるために、一秒だってサボってる暇なんてない」
茶化すことなく、真っ直ぐにクレアの瞳を見つめて答える。俺の真剣な言葉に、彼女は一瞬だけ息を呑んだ。
現在、俺はエミリーさんの自宅に居候させてもらっている。
俺と父さんが住んでいた借家は無事だったが、あそこはもともとフォントネル家からボルタが借りていた土地だ。そんな場所で暮らせるはずもない。クレアの屋敷に至っては全壊してしまったため、現在再建中だ。ついでに俺たちの家も更地にしてもらった。
エミリーさんは元・騎士団員だ。今は弁護士として法廷に立っているが、かつては剣神と謳われたクレアの父親・ザワードさんと互角の勝負を繰り広げていたらしい。そこへ父さんも加わり、当時のアイスライト騎士団において『歴代最強の三剣士』と称されていたそうだ。
その腕前は今も健在で、俺は毎日学校が終わると、エミリーさんから地獄のような猛特訓を受けている。
「……そう。それならよかったわ。いい心がけね」
クレアはどこか満足そうに頷くと、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
「でも誰にも負けないって……まさか私にも勝てるつもりかしら?」
「い、いや! 流石にそんな滅相もない……」
「冗談よ。あんたがこの私に勝てるわけないじゃない。……それに、私も誰にも負けるつもりはないわ。次に会ったら、あの男は私が絶対に殺す。……たとえ、あんたの父親だろうとね」
雰囲気が一変する。病室の空気が、冷たく澄み渡るような剣気に満たされた。
俺は逃げずに、静かに頷いた。
「わかっているよ。……もう、あいつは俺の父親じゃない。ただの、冷酷な殺人者だ。……次は、俺も絶対に負けない」
「ふんっ。まあ、あんたはボルタが生きている限りは執行猶予中の犯罪者なんだけどね? ちゃんと自覚を持ちなさい」
「うぐっ……! それを言われると何も言い返せない……」
重苦しい雰囲気を払拭するように、クレアがケラケラと爽やかに笑う。その笑顔に救われながら、俺は時計を確認して立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ学校に行ってくるよ」
「ええ、いってらっしゃい。授業中に居眠りして、怒られないようにね」
ひらひらと手を振るクレアに見送られ、俺は病室のドアを閉めた。
病院を出て、朝の爽やかな風を浴びたところで——ふと、自分の手が軽いことに気づく。
「あ……カバン、病室の足元に置いたままだ」
俺は急いで引き返し、静かな病院の廊下を足早に戻った。
クレアの病室の前までたどり着き、ドアノブに手をかけようとした……その時だった。
扉の向こうから、鋭く空気を切り裂く音が漏れ聞こえてきた。ごくわずかに開いていたドアの隙間から、何気なく中を覗き込む。
そこには——ベッドから起き上がり、木刀を握りしめたクレアの姿があった。
「うっ……くすっ……ふ……っ!」
彼女の美しい顔は、ボロボロと溢れ出す涙でグショグショに濡れていた。
両腕を激しく震わせ、怪我の激痛に耐えながら、一心不乱に、何度も、何度も素振りを繰り返している。お父さんを殺され、思い出の我が家を焼かれ……それでも気丈に振る舞っていた彼女が、誰もいない病室で一人、溢れ出す絶望と悔しさを殺しながら木刀を振るっていたのだ。
そうだよな……簡単に立ち直れるわけがないんだ……っ。あんなに強がっていたって、傷ついていないはずがない……!
俺はドアノブを握りしめたまま、結局、病室に入ることができなかった。カバンを取りに行くことすら諦め、静かにその場を離れ、学校へと足を進める。
ボルタ……絶対に、許さない……!
あいつにも、何かそうせざるを得ない理由があったのかもしれない。だが——クレアをここまで傷つけ、涙を流させた罪だけは、絶対に許すわけにはいかない。
俺が必ずあいつを見つけ出し、この手で引導を渡してやる。握りしめた拳に、爪が食い込むほど強く、強く力を込めた。
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