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剛剣の姫と、至高の魔〜いつか君を超えて、その手を掴むまで〜  作者: Kuran


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第二話:無自覚な俺と、お嬢様のスパルタ指導

「今日はちょっとした試験を行います。全員揃っていま……せんね」


 教室を見渡した担任のリタ先生が、困ったように溜息をついた。


 ……まあ、揃っていない理由は明確だ。昨日、俺の目の前でクレアに殴り飛ばされて壁の一部となったあのお坊ちゃんが欠席しているからである。


 登校二日目の朝。黒髪ストレートの美貌に知的な眼鏡を光らせたリタ先生は、指先でくいっと眼鏡を押し上げた。数年前まで王国騎士団で腕を奮っていたという彼女は、結婚を機に退役し、こうして教壇に立っているらしい。


 俺たちが暮らすこの国の名前は【アイスライト王国】。 周辺には大小多数の国家がひしめき合い、絶えず小ぜり合いが続く弱肉強食の世界だ。


 だからこそ、この国では何よりも強さが至高とされる。いくら名門貴族の生まれであろうと、実力が伴わなければ爵位を剥奪されることすらある厳しい実力主義だ。そのため貴族たちは必死で子を有能な剣士や魔法使いに育て上げようとするし、逆に平民であっても圧倒的な強さを示せば貴族へと成り上がることができる。


「優秀な成績で学院を卒業すれば、王国騎士団でも即座に幹部候補として迎えられます。……ちなみに首席卒業者には、小隊の副隊長ポストが約束されているわ」


 周囲の生徒たちが「おお……」と目を輝かせる。 まあ、コネで入学した俺にはまるで縁のない遠い世界の話だ。


「それでは全員、闘技場へ移動してください。まずは剣の実力を計らせてもらいます」


 うわぁ……やっぱり実技試験なのかよ。


 俺は心の中で溜息をついた。 俺は普段から、クレアの剣術の練習相手……というか動く標的をさせられている。木刀を使った稽古なのだが、今まで一度だって勝てた試しがない。 それなのにクレアは毎日毎日、容赦なく俺に打ち込んできた。最初の頃は一瞬で全身アザだらけにされていたが、最近はなんとなくクレアの動きに目が慣れてきたのか、かすり傷程度で持ちこたえるようになってきたのだ。


 ……まあ、それでも最後には必ず叩きのめされて負けるのだが。 結局のところ、俺には剣の才能なんて欠片もないのだろう。好きな女の子に一度も勝てないくらいなのだから。


 移動した先は、学院の敷地内にある広大な闘技場だった。 特殊な魔法の結界が張られており、どんな魔法をぶち込もうが外へ被害が漏れ出すことはないらしい。


 闘技場に入ると、すでに別のクラスが実技試験を行っている最中だった。 中央のリング上では、二人の生徒が対峙している。そのうちの一人——長髪の緑髪をなびかせた、高身長で細身の男が妙に異彩を放っていた。


「おや、あそこに立っているのはエーベル=ランディルじゃないか?」


 隣から、親しみやすい気さくな声がかけられた。 振り返ると、小柄で可愛らしい顔立ちをした茶髪の少年がニコニコと笑っていた。


「エーベル……?」


「知らないのかい? 僕たちの代の首席候補の一人さ。二等貴族ランディル家の長男で、剣術も魔法もすでに一年生の域を遥かに超えているらしいよ。……あ、僕はトール=アストレア。トールって呼んでよ。これからよろしくね、レイン」


「あ、ああ。よろしくな、トール」


 差し出された手を握り返す。背は俺よりだいぶ低いが、愛嬌があって嫌味がない。一目で「良い奴だな」と分かった。


「ふん! 何が首席候補よ。この私を差し置いて、生意気な男ね」


 俺とトールが握手しているところへ、腕を組んだクレアが割って入ってきた。


「はじめまして、クレア=フォントネルさん。もちろん、あなたも首席候補の筆頭として有名ですよ。フォントネルの華麗で美しい剣技の噂は、僕の耳にも届いています」


 華麗で美しい……? あんなのゴリゴリの怪力と暴力で叩き潰してくるだけなんだが……


 喉まで出かかった本音を必死に押し殺す。


「そ、そう? あなた、なかなか見る目があるじゃない。特別に『クレアさん』って呼ぶことを許可してあげるわ」


「ありがとう、クレアさん」


 やるなトール……! 出会って数十秒でクレアの好感度をここまで上げるとは。


「おっと、二人とも。試合が始まるよ」


 トールの声で、俺たちは闘技場の上へ視線を向けた。


「——はじめっ!」


 審判の合図と同時に、相手の男が大声と共に木刀を大きく振りかぶって襲いかかった。 対する緑髪のエーベルは、構えすら取っていない。木刀を片手にダランと下げたまま、静かに佇んでいる。


 危ないっ——!


 そう思った瞬間、エーベルは紙一重の差で体をひねり、迫る木刀を最小限の動作でかわした。 それと同時に、下ろしていた木刀が鋭く一閃する。


 鈍い音が響き、相手の男は脇腹を押さえて「ぶぐっ!?」と絶叫し、そのまま悶絶して崩れ落ちた。


「そこまで! 勝者、エーベル!」


 一瞬の出来事だった。エーベルは息一つ乱しておらず、おそらく半分の力すら出していない。


「……つまらん」


 ポツリと吐き捨てたエーベルは、そのままリングを降りてこちらへ歩いてきた。そして、クレアの前で足を止める。


「フォントネル家の令嬢だな。噂はかねがね聞いている。アイスライト杯で手合わせできることを楽しみにしているぞ」


「ふん。私と戦う前に、このレインに足をすくわれないように気をつけることね」


 クレアはそう言うと、俺の背中をバシッ! と叩いた。 内臓が口から飛び出るかと思うほどの衝撃に、俺は「ゴホッ! ガハッ!」と激しくむせ返る。


「ふんっ」


 エーベルは冷ややかな視線を俺に一瞬だけ向け、興味なさそうに去っていった。


 ……ところで、アイスライト杯って一体なんだ……?


「さあ、次は私たちの番ですよ!」 リタ先生が手をパンパンと叩いた。


「この実技試験の成績は、近々開催されるアイスライト杯の出場選抜の重要な評価対象になりますからね。皆さん、気合を入れて臨みなさい!」


 その言葉を聞いた瞬間、クラスメイトたちの顔つきがピリっと変わった。 だからアイスライト杯って何なんだよ! 誰か教えてくれ!


「では最初の組は——レイン君と、グラッド君です」


 うわぁ、いきなり俺の番かよ!……で、グラッドって誰だ?


「ハッハッハ! いきなり俺様の出番とはツイているな! 相手はあの召使いか!」


 人込みを割って現れたのは、俺の倍近く横幅がある筋肉モリモリの巨漢だった。頭はツルツルに剃り上がっており、いかにもパワータイプといった威圧感を放っている。


「おい召使い、怪我をする前に棄権した方がいいんじゃないか? 俺様の丸太のような腕に巻き込まれたら、骨の一本や二本じゃ済まないぞ?」


 いや、だから召使いじゃないんだって……ただの幼なじみなんだって……


 げんなりしている俺の肩を、クレアが後ろからガシッと掴んだ。


「レイン。分かってるでしょうね? もしこんな筋肉バカに負けたら……明日からの剣の稽古、二倍にするからね」


「えっ……ま、マジで!?」


 顔面が蒼白になる。クレアの今の稽古でも死にかけているのに、あれが二倍になったら確実に命を落とす。あの地獄を味わうくらいなら、目の前の筋肉ダルマと戦う方が何倍もマシだ。


「……ま、なんとかやってみるよ」


 俺は覚悟を決め、とぼとぼと闘技場の中央へ向かった。 


 すると、リタ先生から木刀を渡される。持った瞬間、違和感を感じた。軽いのだ。


 実戦演習は、互いの技術をぶつけ合う本気の真剣勝負。 だが、さすがに生徒同士で殺し合いをさせるわけにはいかないため、剣は衝撃を吸収する特殊な模造刀を用い、魔法は魔力の出力を抑える腕輪を装着させられる。これによって、実際のダメージは十分の一程度に軽減される仕組みだ。


 これを使って、エーベルは一撃で終わらせたのかと、驚愕する。クレアにも同じことができるのだろうか……もしかしたらクレア以上……心配を他所に模擬戦が始まる。


「両者、構えて……はじめっ!」


 リタ先生の合図と同時に、グラッドが咆哮を上げた。 彼が手にしているのは、俺の二の腕ほどもある特大の木刀だ。模造刀だと分かっていても、正面から受けたら、骨を叩き折られのではないかと思わずにはいられない。木刀で受けても、へし折られそうだ。


 全部避けるしかない……!


「死ぬなよ召使い! 後味が悪いからなハッハッハ!」


 凄まじい風切り音を立てて、木刀が振り下ろされる。


 ——ん? なんだ……?


 俺は思わず首をかしげた。 グラッドは本気で振っているのだろうか? それにしては、動きがあまりにも遅い。木刀の軌道がはっきりと見えるのだ。


 ひょいと軽く紙一重で身をかわす。


「ぬ、何っ!?」


 空を切ったグラッドがチッと舌打ちし、すぐさま横薙ぎに木刀を振り回してくる。猛烈な風圧が迫るが……やっぱり遅い。クレアのあの、音すら置き去りにする容赦ない連続攻撃に比べたら、止まって見えるレベルだ。


 それどころか、大振りのせいでグラッドの体は隙だらけだった。ガバガバである。


 え……これ、殴っていいのかな?


 戸惑いながらも、俺はすれ違いざまにグラッドの空いた脇腹へ木刀を叩き込んだ。


「ぐはぁっ!?」


 想像以上の重い手応えと共に、グラッドが悲鳴を上げた。だが、彼は踏みとどまり、なりふり構わず木刀を振り回してくる。


 あれ? 効いてないのか? 体がでかいから打たれ強いのか、それとも俺の筋力が足りないのか……?


 俺はグラッドの攻撃を軽くかわしつつ、空いている胴体や脚へ木刀を叩き込んでいった。 一発、二発、三発……。


 そして、数えるのを止め、十発以上叩き込んだ時。


「が、はっ……ご……っ」


 グラッドは白目を剥き、膝から崩れ落ちて地面に倒れ伏した。ピクピクと痙攣している。


「そこまでっ! 勝者、レイン君!」


 リタ先生の宣言が響き渡ると同時に、周囲から「おおおっ!?」とどよめきが巻き起こった。


『嘘だろ……あのグラッドを無傷で叩きのめしたぞ!?』


『あいつ、ただの召使いじゃねえのかよ!』


『さすがはフォントネル家……召使いであの強さかよ……どんだけ層が厚いんだ』


 だーかーらー! 召使いじゃねえって言ってるだろ! 幼なじみ! 将来の夫候補!


 心の中でツッコミを入れつつ、俺は胸を撫で下ろしてクレアの元へ戻った。


「クレア、勝ったぞ!」


「……なによあんな相手に手間取っちゃって! 踏み込みが甘いし、威力が足りないのよ! 力がないのね! 今日の放課後は腕立て伏せ五百回追加!」


「なんでだよ!? 勝ったんだから約束が違うだろ!」


「はぁ? 私に意見するなんて一万年早いわ! 減らず口を叩いたバツに腹筋も五百回追加!」


「なっ……!?」


 これ以上反論すると千回追加されそうだったので、俺はぐっと言葉を飲み込んだ。相変わらずの超絶ドSお嬢様である。なんで俺はこんな理不尽な女を好きになってしまったのだろうか……。


 ……待てよ?


 ふと、俺は自分の手元を見つめた。 さっきのグラッドの動きが極限まで遅く見えたのは……毎日毎日、クレアのあの容赦ない殺気と超スピードの攻撃を必死で避け続けてきたからじゃないか?


 もしかしてクレア……俺を強くするために、わざと厳しく鍛えてくれてたのか……?


 そう考えると、理不尽な筋トレ追加もなんだか愛おしく思えてくるから不思議だ。


 その後、クレアの試合が始まった。 相手の生徒が構えを取った次の瞬間——爆音と共に相手が吹き飛び、気絶していた。


 十分の一でこの威力……相手が不憫すぎる。


 クレアの圧巻の強さを前に、俺は苦笑いするしかなかった。 やっぱりあいつは本物の天才だ。それに比べて俺は倒すのに十発以上も殴らなきゃいけなかったんだから。


 やっぱり俺には、剣の才能なんてないんだな……


 自分とクレアの差を痛感しながらも、俺はいつかクレアを倒すという誓いを胸に、静かに拳を握りしめたのだった。

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