第十三話:冤罪と、仕組まれた法廷
「上はね……君とボルタを『最初から共犯だった』ということにしたいのよ。……ううん、『共犯にしなければ困る』と言った方が正確かしらね」
エミリーさんは組んだ足の先を細かく揺らしながら、苦々しい溜息をついた。
「この国の英雄であり、政府の重臣でもあるザワード=フォントネルが殺害されたのよ? しかも犯人であるボルタを取り逃がしたなんて発表したら、国家の面目は丸潰れ、国民の不安と不満は爆発するわ。だからこそ……『共犯者の息子を即座に捕縛した』という形にして、一刻も早く事件の幕を引きたいのよ」
「そ、そんな……っ」
冷たい泥のような絶望感が、じわじわと頭の先から足先までを侵食していく。
冤罪。政治の都合。トカゲの尻尾切り。
そんな理不尽な理由で、俺はここで殺されるのか……?
……せめて、クレアにだけは最後にもう一度会いたかった。俺の本当の気持ちを、伝えることもできないまま——
「だけど、まだ諦めるのは早いわよ、レイン君。この国には形式上でも独立した裁判制度があるわ。そこで君の身の潔白を証明できれば、無罪を勝ち取れる可能性はある。……ただ、一つだけ大きな問題があるの」
「問題……ですか?」
「ええ。法廷が開かれるのは……明日よ」
「あ、明日ぁっ!? そんな……! 証拠も何もないのに、どうやって潔白なんて証明すればいいんですか!?」
「そこなのよ……。せめてクレアさんの意識が戻っていれば、彼女の目撃証言で君が助けに入ったことを証明できるのに……」
クレアが目覚めていたら……助けてくれただろうか。父親を殺した男の息子を……
胸を刺すような罪悪感が、胸の奥を締め付ける。
「とにかく、私の方でも徹夜で集められるだけの材料を集めてみるわ。君は法廷で何を言われても、絶対に罪を認めず否認を貫き通しなさい。いいわね?」
「……はい、わかりました。俺なんかのために……信じてくれて、本当にありがとうございます、エミリーさん」
「言ったでしょう? 私は人を見る目だけには絶対の自信があるの。……ボルタもね、君くらいの年齢で出会った頃は、今の君と同じ真っ直ぐで良い目をしていたんだけどね……」
エミリーさんは遠い目をして、どこか愛おしそうに、そして哀しそうに呟いた。
父さん……昔、一体何があったんだ。
そして翌日。俺は冷たい手錠と足枷を引きずり、静まり返る大法廷へと引き出された。
「——被告人、レイン。前へ」
裁判長のおごそかな声が響く。
長方形の厳格な部屋の中央に立たされる。正面の高い教壇には、法服を纏った三人の裁判官。
左手の原告側の机には、豪華な貴族の服に身を包んだ、金髪の中年男。
右手の被告側の机には、徹夜の疲労を感じさせない凛とした立ち姿のエミリーさん。
この三人の裁判官の判断で、俺が無罪となって外の光を浴びるか、有罪となって断頭台へ送られるかが決まるのだ。
一応、裁判所は王室や政府から独立した司法機関とされている。いくら国家の思惑があろうと、一方的に処刑を言い渡すことはできないはず——そう、自分に言い聞かせるしかなかった。
「これより、国家反逆罪および一等貴族殺害の共犯に問われているレインの裁判を執り行う。では、求刑および起訴理由の陳述を」
「はい、裁判長」
左手に座っていた貴族が、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「亡くなられたザワード卿は、共にこの国を支える気高き貴族であり、私の掛け替えのない友人でありました。その友を惨殺した害虫を、私は断じて許しません。……そこにいるレインは、元騎士団員ボルタの一人息子です。ボルタはかねてよりザワード卿に恨みを抱き、復讐の機会を虎視眈々と狙っておりました。そして実の息子であるレインが魔術の才能に目覚めたことで、二人でザワード卿を暗殺する計画を企て、実行したのです!」
大袈裟な身振り手振りを交えた演技がかった演説。
傍聴席からどよめきが起きる。
「異議ありっ!」
間髪いれずにエミリーさんが手を挙げ、澄んだ声を張り上げた。
「事件当日、レイン君は学院で開催されていたアイスライト杯予選に出場しておりました! レイン君が学院内に留まっていた時点で、すでにフォントネル邸から火の手が上がっていたという複数の生徒・教師の証言を得ております! 物理的に、加わることは不可能です!」
そうだ……あの火事は学校のみんなが見ていたはずだ!
しかし、貴族は鼻で笑い、嘲笑を深めた。
「ハッ! その火の手こそが合図だったのではないのかね? 実際、火の手が上がった直後にザワード邸へ向かったのは、現在重体で入院中のクレア氏と、そこにいるレインの二人だけなのだから!」
「……っ! ですが、レイン君が騎士団に身柄を拘束された際、彼は全身に攻撃魔法を受けた傷を残し、重傷を負っておりました! フォントネル家は代々剣の家系であり、魔法は使いません! つまり彼が負った傷は、現場でボルタと刃を交え、敗れた動かぬ証拠です!」
エミリーさんの鋭い反論。
共謀していたのなら、父さんが俺に死ぬほどの魔法をぶつけるはずがない。
裁判官たちが「ふむ……」「確かに一理あるな」と顔を見合わせ、頷き合う。
いける……! 流れはこちらに傾いている!
「はーっはっはっは! おめでたい頭だな、弁護士殿!」
だが、貴族の男は腹を抱えて下品に笑い飛ばした。
「そんなもの、二人の演技に決まっているではないか! この国最強の剣士を殺害するほどの凶悪な魔術師と本気で戦って、たった一日や二日でこうしてピンピンと法廷に立てるわけがなかろう! 無罪を勝ち取り、この国にスパイとして潜伏し続けるための自作自演だ! なあレイン、往生際悪く白を切るのも大概にしたらどうだね!?」
「なっ……! そんなの、ただのこじつけだ……っ!」
思わず叫びそうになる。
だが、裁判官たちは貴族の男のデタラメな言い分に「なるほど……」「自作自演か、あり得るな」と納得の声を漏らし始めた。
バカな……! 政治の圧力がかかっているから、最初から貴族側の意見に寄せるつもりなのか……!?
エミリーさんも「くっ……」と唇を噛み締め、悔しそうに言葉を詰まらせる。
駄目だ。このままじゃ、本当に死刑が決まってしまう……!
「さ、裁判官の皆様! どうか……どうか本裁判の延期を要請いたします!」
エミリーさんは諦めず、最後の抗議として声を張り上げた。
「現在治療中のクレア=フォントネル氏の意識が戻れば、彼女の証言によってレイン君の潔白は完璧に証明されます!」
「愚かな! そんなもの認めるわけがなかろう!」
貴族の男が机をバンと叩いて威嚇する。
「延期などという不条理な時間稼ぎの間に、その罪人を脱獄させるつもりではないのかね! 裁判官の方々、怪しいのはこの女もですぞ! 昔、犯人ボルタと同じ騎士団に所属していた過去がある! まさかスパイではあるまいな!」
「なっ……!?」
「証明したいのであれば、今すぐそのクレアという娘をここに連れてくることだな! まあ、死に体で転がっているだけの娘が、今すぐ目覚めるはずもないがねぇ……クックック!」
嘲笑う貴族。裁判官たちの冷ややかな視線が、エミリーさんへと向けられる。
終わった……
打つ手がない。
何を言っても、全て悪意の妄想で塗り潰されてしまう。完全な詰みだ。
俺の身体からすうっと力が抜け、視界が真っ暗に染まっていく。もう、駄目だ——。
そう完全に諦め、俺が下を向いた、その瞬間だった。
地響きのような爆音が響き渡り、法廷の扉が豪快に跳ね飛ばされた。
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