第十一話:絶望の底と、あり得ぬ敗北
「国家反逆罪で貴様を拘束する。連れていけ! 急げ、早くしないと屋敷が崩れるぞ!」
騎士団の兵士によって、俺の両腕がきつく背中にねじ上げられた。痛めた体に激痛が走り、思わず顔をしかめる。だがそれどころではない。俺は指示を出している騎士団の隊長らしき男に向かって、必死で声を張り上げた。
「クレアは……クレアは大丈夫なのか!? 生きてるんだろ!?」
「ふん、しらじらしい。貴様らがやったのだろう」
「ち、ちがう……俺じゃない……!」
「言い訳は城で聞く。まあ、無駄だろうがな」
「ちがう! 本当に俺じゃないんだ! なんでこんなことに……教えてくれ、頼むから教えてくれよ! クレアは無事なのかよ、くそっ!!」
頭がおかしくなりそうだった。もしクレアが死んでいたら……俺は、俺は一体どうすればいい――。
「うるさい、黙れ」
兵士が容赦なく、剣の鞘で俺の側頭部を打ちつけた。
鈍い衝撃とともに視界が黒く塗りつぶされ、俺の意識は深い闇へと落ちていった。
一時間前。
エーベルとの激闘を終え、控室の扉を開けると、クレアとリリーが待っていた。
「おめでとう、レイン。やっぱり私の言った通りになったわね」
「お、おめでとうございます……! 私、やっぱり棄権してよかったです。レインさんには勝てそうにありません」
「二人ともありがとう。けど本当に危なかったよ。エーベルはやっぱり強かった」
「いくらなんでも油断しすぎよ。何かしら最初の一撃は? まともに食らいすぎ。まだまだ特訓が足りないわね。それに、相手が渾身の一撃を放とうとしてるのに、正面から剣で受けたら折れるに決まってるじゃない。それから……」
そこから長々と、クレアによる一方的な反省会が始まった。
「分かったの? 返事は?」
「……はい、わかりました……」
はあ、試合よりも疲れたよ……。
「じゃあ、そろそろ行ってくるわ。ささっと決勝を決めてくるから、首を洗って待ってなさい。次は私とだからね」
クレアは楽しそうに微笑んでいた。俺と決勝で戦えることが、本当に嬉しくてたまらないといった様子だ。俺としては楽しみ半分、恐ろしさ半分なのだが……あまり痛い攻撃は勘弁してほしい。
その時だった。血相を変えたリタ先生が、勢いよく控室に飛び込んできた。
「ク、クレアさん! 大変よ、あなたの家が燃えてるわ!」
「えっ……!?」
クレアの顔から一瞬で笑みが消えた。彼女は弾かれたように控室を飛び出していく。俺も慌ててその後を追った。
校舎の外に出ると、クレアが立ち尽くしていた。高台にある学校からは街が一望できる。一際大きなクレアの屋敷から、黒い煙と激しい炎が立ち上っているのがはっきりと見えた。
「そんな……なんで……」
呆然と立ち尽くすクレア。声をかけようとした瞬間、彼女は疾風のような速さで屋敷に向かって走り出した。俺も必死に追いかけるが、本気で走るクレアとの距離はどんどん開いていく。試合で痛めた左肩の激痛も手伝い、あっという間にその背中が見えなくなった。
「くそっ……そんなに離れたら、何かあったときに守れないじゃないか……!」
肩を押さえ、息を切らしながらようやくクレアの屋敷に辿り着いた。
燃え盛る屋敷の中に飛び込むと、煙の奥でクレアが誰かと対峙しているのが見えた。男のようだが、黒煙のせいで顔までは分からない。
次の瞬間、クレアが男に向かって飛び込んだ。しかし男が手をかざすと、見たこともない密度の魔法陣から激しい閃光が放たれ、クレアの身体を直撃した。
「キャーーーーっ!?」
悲鳴とともに、あのクレアが力なく床へ崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。
クレアが……? え……嘘だろ……あの一撃で……?
渦巻く煙がゆっくりと晴れていき、男の顔が露わになる。
「えっ……父さん……?」
「レインか。クレア様といい、意外に早く気づかれたな。やはり魔法を使ったのは失敗だったか……よく燃える家だ。だがザワードは剣だけでは殺せなかったしな。仕方あるまい」
「え……? ザワードさんを殺した……? 何言ってるんだ……!?」
目の前で起きている事態に、脳の理解が追いつかない。
父さんがザワードさんを殺したと言い、倒れたクレアは動かない。屋敷は炎に包まれている。
「ああ、殺したよ。いやあ、拍子抜けするほど簡単だった。あれがこの国最強と呼ばれる男の最期とはな。まったく信頼とは恐ろしい。自分を殺そうとしている相手に平気で隙を見せるのだから。まあ、その信頼を得るために長年尽くしてきたわけだが」
「なんで……なんでこんなことしたんだよ! ザワードさんはずっと俺たちに良くしてくれただろ!」
「ふん、あんなものは偽りだ。あいつのせいで俺は……まあ、俺の過去はどうでもいい。レイン、俺と来い。この国はもう終わりだ。俺の真の主の元へ行くぞ。お前の才能なら、きっとあの方の役に立つ」
「ふざけるな! 誰がお前なんかと行くかよ!」
早くクレアを助けないと……! きっとまだ生きているはずだ。あの頑丈なクレアが、あんな一撃で死ぬわけがない!
俺は倒れているクレアの元へ走ろうとした。だが、父さんが無造作にかざした手から放たれた魔法が、俺の足元を爆破して行く手を阻んだ。
「そんな女、どうでもいいだろう。口が悪く、礼儀もなく、暴力的な女だ。俺がもっといい女を探してやる」
「今……なんて言った……? クレアの悪口を言っていいのは俺だけだ! クレアの優しさも知らずに、表面だけ見て適当なことを言うな!!」
「おいおい、親に向かってなんという言い草だ。……まあいい。来ないというなら、お前もここで消えてもらうとしよう」
ボルタが右手を前に突き出す。俺も咄嗟に右手を構えた。
「【ファイアレイ】」
父さんの詠唱とともに、炎の閃光が雨のように天井から降り注ぐ。
その魔法に対し、魔力で作られた防壁を展開する。しかし俺の防壁は、ボルタの圧倒的な火力によって一瞬で破られ、炎の奔流が全身を呑み込んだ。
「ぐわあぁぁぁぁっ!」
凄まじい熱量が全身を焼き焦がす。俺の高い魔法防御をもってしても殺しきれないダメージ。全身から力が抜け、膝から床へ崩れ落ちた。
その時、自分の手首にはめられた腕輪が視界に入った。
――あぁ、俺のバカ……外し忘れてたよ……。
いつもクレアに「バカバカ」って呆れられてたっけ……。もう、あの声も聞けないのかな……。
「ふん、その程度の魔法か。期待外れだな。学年で一位と聞いた時は少し焦ったが……取り越し苦労だったな。では、そろそろ行くとしよう。運が良ければ生き延びるだろう」
遠ざかる足音を聞きながら、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
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