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第一章⑤ ブレスト城 続き

 しばらくの沈黙が続いた後、ドアが勢いよく開き、アルフォンスが慌ただしく入ってきた。

「報告します! ……あれ、皆さんどうしたのですか?」

 臨時ベッドの上には、まだぐったりとしたフェルナンドとベルリオーズが横たわっている。だが、かつての激しい苦悶の表情は和らぎ、かすかに血色が戻り始めているのが見て取れた。

「二人とも、まだ毒で苦しいのですか?」

 アルフォンスが心配そうに声をかけると、ベルリオーズは弱々しく口を開いた。

「吐くのに疲れた……」

 フェルナンドも呻くように答えた。

「まったくだ……もうこんな思いは二度とごめんだ」

 二人の顔色はまだ青白いが、毒に侵されていた時よりは明らかに落ち着いている。疲労の中に安堵が混じっているのがわかった。

 その時、静かな足音が戻ってきて、ソフィーが落ち着いた表情で現れた。

「シャトレ司令官、お疲れ様です」

 アルフォンスはすぐに事情を察した。吐瀉物の処理にあたっていたのだろう。

「ルノアール軍医、お疲れ様です!」

 ソフィーは軽く頷きながら言った。

「峠は越えました。ひとまず安心していいでしょう」

 安堵の空気が、部屋を包み込んだ。やがて、静かな足音とともにイザベルが戻ってきた。

「終わったようだな。私の耳にはまだあの苦痛の声が残っているが……荒治療は成功したようね」

 彼女はベルリオーズとフェルナンドを交互に見つめた後、鋭い視線でアルフォンスに向き直る。

「それで、配膳した人物は見つかったのか?」

 アルフォンスは顔を曇らせ、頭をかく。

「それが、誰も見ていないというんです。どこかへ消えたそうで、現在は警備隊に城の周辺を捜索させています」

 イザベルは肩を落とし、吐息混じりに呟いた。

「……逃げられたか」

 部屋の中をゆっくり歩き回りながら、彼女は思案に沈む。

「二人に毒を盛る理由、そして仕掛けたのは一体誰なのか……」

 ソフィーは静かに口を開いた。

「それは、エドガー海賊団ではありませんか?計画が漏れた以上、二人を口封じにしようとしたのでは」

 しかしフェルナンドはきっぱりと首を振った。

「違うな。船長の指示ではないことだけははっきりしている」

 アルフォンスが訝しげに訊く。

「どういう意味ですか?」

 フェルナンドはベルリオーズをちらりと見た。ベルリオーズは長いため息をつき、観念したように話し始める。

「あの霧の中の戦闘の前に、俺に遣いが来た。パリで何度も情報のやり取りをしていたあの情報屋だ。エドガーからフェルナンド宛に伝言を届けろと」

 イザベル、ソフィー、アルフォンスは息を呑んだ。

「ベルリオーズ、また利用されたのね?」

 イザベルの声には皮肉が混じる。アルフォンスが問い詰める。

「それで、その伝言の内容は?」

 フェルナンドが答える。

「近いうちにお前と直接会うだろう。その時、どちらの味方かオレに証明しろ、と」

 ソフィーの眉がぴくりと動く。

「エドガーが? 直接? それは一体いつのこと?」

 フェルナンドは首を振る。

「わからない。ただ、確定した事実のようだ」

 ベルリオーズが続ける。

「俺はこいつに、自分の命がかかってるから慎重になれと言ったんだ。でもまさか、俺までこんな命のやり取りをされるとはな……」

 フェルナンドはもちろん、ベルリオーズまでもが始末の対象となるとは、相手にとってよほど都合が悪いのだろう。フェルナンドが静かに言葉を紡いだ。

「つまり、船長は生きて会うつもりらしい。それなのに、毒を盛って明確に殺しにきたら伝言に矛盾が生まれる。だからこれは、ボクとベルリオーズに生きてほしくないと願う者の仕業だとわかる。誰かは分からないが」

 彼の瞳には、苛立ちと混乱が交錯し、わずかに陰りが差していた。ソフィーは眉をひそめ、真剣なまなざしで問いかける。

「まったく心当たりはないの?」

 フェルナンドは俯き、指先を軽く組み合わせてからゆっくりと首を横に振った。

「ああ、ボクは船長主導で計画が進んでいると思っていた。まさか、ここにきて別の勢力が絡むとは思わなかった」

 その言葉に、部屋の空気が一瞬ひんやりと冷えた。イザベルは一歩前に踏み出し、鋭い眼差しで隊員たちを見渡した。額にわずかに皺を寄せ、口元を引き締めてから、静かに指示を下す。

「皆の者、この件は大元帥とルソー准将にのみ報告する。他の者には決して口外するな」

 言い終えると彼女は目を細め、かすかに吐息を漏らした。その表情には、重責に押し潰されそうな苦悩と、決意が入り混じっていた。

 その時、アルフォンスが驚きの声を上げる。

「なんですって?」

 イザベルは冷静に、しかし厳しさを伴う視線で彼を見つめた。

「ただし、ソフィーだけは自分の部隊に限り話すことを許可する。休暇中にも関わらず、自分の隊員を借り出したことへの感謝の印だ」

 イザベルはソフィーに視線を向け、静かに言葉を紡いだ。

「ソフィー、よくぞ二人を救ってくれた。貴重な情報源を二つも失うところだったのだから」

 イザベルの言葉に、ソフィーは一瞬戸惑いの色を見せた。彼女の瞳がわずかに揺れ、感謝の念と同時に、患者を情報源と表現されることへの複雑な気持ちが交差していた。しかしすぐにソフィーは表情を引き締め、深く頷いた。

「ありがとうございます。必ず期待に応えます」

 部屋には緊張と覚悟が入り混じった静かな空気が漂った。

 夕陽が傾きかけ、空は橙色から藍色へとゆっくりと移り変わっていく。

 ソフィーは長い一日の終わりを告げるその光の中、重い足取りでマクシミリアン・ブーケ隊の宿舎へと向かっていた。

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