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第八章④ マクシムと五鬼衆 続き

 ルキフェルは穏やかに力強く言葉を続けた。

「ソフィーが真実を追って海軍に戻ったように、俺たちも真実を探るためにここまできた」

 ルキフェルの目は冷たさの中にも確固たる信念が宿っている。

「語ってもらおうか、当時のこと」

 波止場の風が二人の間の緊張を撫でるように吹き抜けた。濡れた木の板が軋み、砕ける波が岸に打ち寄せる。その音さえ、二人の対峙の背景にある重く静かな迫力として響く。

 ソフィーは息を詰め、フェルナンドも拳を固く握る。

 かつての過去と、今ここで再び交わされる決着。それが、彼ら全員の胸を重く締めつけていた。

 マクシムは深く息を吐き、波止場の冷たい風を感じながら静かに剣を地面に置いた。その声は震えながらも力強い。

「もはや、隠し事もここまでか。いいでしょう、今ここで真実を語ります」

 マクシムの声にソフィーの胸は一瞬、締め付けられるような感覚に襲われた。

 マクシムの目は真剣そのもので、何も覆い隠すつもりはないと伝わってくる。

「ソフィー、申し訳ありません。僕は……本当は褒められるような人間じゃないのです」

 彼の言葉を聞き、ソフィーはかつて面接の時に聞いた言葉を思い返す。

 あの時も、同じように自分を責めるような口ぶりだった。だが今は、その罪の重さが格段に違って感じられた。

「ベルナルド・シルバは、僕がこの手で殺しました」

 マクシムの告白にソフィーの身体が一瞬凍った。言葉が現実として胸に刺さる。

「嘘ですよね……? ベルナルド軍医のことはアニータから聞きました。アニータは、『ベルナルドは海賊に殺されたと隊長が言ってた』って……」

 その時、波止場の空気が凍りついた。マテオが息を荒げ、怒りを露わにする。

「てめー、やりやがったな……!」

 ジャスパーも剣を握りしめ、険しい顔で言った。

「あの男を自分の手で殺した挙句、おれたちに罪をなすりつけた……!」

 ルキフェルは静かに冷徹な声で告げる。

「やはり、お前も生かしてはおけんな」

 ソフィーが制止の声を上げた。

「やめて、ルキフェル! もう少し話を——」

 しかし、ソフィーの声は波止場の喧騒に掻き消され、五鬼衆の攻撃に遮られた。

 マクシムは覚悟を決め、二刀流の構えを取り直す。

 ルキフェル、マテオ、ジャスパー、コリン、ニールが同時に襲いかかり、戦闘の渦は再び波止場を支配した。

 まず低く身を構えたルキフェルが一歩前に出る。東洋武術特有の滑らかで鋭い動きから放たれる斬撃が風を切る。

 マクシムは刃を受け止め、瞬時に切先を返して反撃。彼の隙間を突き、ジャスパーの連結剣が宙を舞うが、波濡れた石畳の上でバランスを崩しそうになりながらもマクシムは即座に躱す。

 小柄なコリンが縦横無尽に跳び回り、脚元を狙った素早い斬撃を放つ。マクシムの二刀流の動きを一瞬止める攻撃だ。彼の横からはニールが牽制の斬撃を連続で加える。正面突破ではなく、マクシムの剣を制限する戦術。

 マテオは剣一本で間合いを取りつつ、隙あれば斬撃を加える。

 五鬼衆の連携に翻弄されながらもマクシムは敵の動きを瞬時に読み取り、身体が自然に反応した。

 ルキフェルとマテオの斬撃を受け流し、横から迫るコリンの攻撃を二刀で封じる。ニールの牽制には軸の回転と踏み込みで対応。振りかぶった剣の角度を微調整し、攻撃を受け流すと同時に相手の間合いを崩す。ジャスパーの連結剣の投擲もタイミングを計って二刀で正確に弾き返し、マクシムは無双の動きを見せる。敵の攻撃をすべていなしつつ、反撃の間合いを見極めるその姿はまるで波を自在に操る水上の剣士のようだった。

 空が徐々に茜色に染まる波止場。戦場を見守ることしかできないソフィーの額に汗が落ちる。彼女の胸元には、夕陽を受けてキラリと光る首飾り。いつの間にか服の内側から出てきたようだ。

 やがてマクシムと五鬼衆は互いに荒い息を吐き、しばし攻撃の手を止めた。桟橋の軋む音が夕焼けに混ざってかすかに響く。

 ルキフェルはマクシムから少し距離を取り、剣についた水滴を自分の袖でぬぐいながらゆっくりと立つ。その剣先が夕日に反射して妖しく光った。

「戦いの中で強くなるのか。大したものだ」

 ルキフェルの声は冷たくもどこか感嘆を含んでいた。

 マクシムは警戒を緩めず、二刀をしっかり握る。

「あなたは、なぜすぐにでも殺さないのですか?」

 ルキフェルは剣をゆっくり振り、切先を軽く地面に着けて呼吸を整えた。

「俺にとって人を殺すということは、飲んでいた杯を机に置くことと同じなんだよ」

 ルキフェルの言葉の合間に切先が石畳を掠める音がした。

 マテオがルキフェルの横顔を眺めながら小さく呟く。

「……オレが言ったフレーズ、気に入ってんな」

 ルキフェルは微かに笑う。

「俺は一瞬で意識を断つ斬り方を熟知してるが、敵を痛ぶるために斬りつけていく。特に、憎むべき相手にはな」

 マクシムの頭に数ヶ月前の記憶が蘇る。

 あの稲光の中、幽鬼のように浮かび上がったルキフェルの姿。

 次々と繰り出される剣撃に、腕も脇腹も肩も翻弄され、跳ね返すことすら叶わずに崩れ落ちた自分。

 片膝をつき、必死に剣を支えながらも見上げた時のルキフェルの冷たい瞳を思い出す。

「以前、お前にやったから覚えてるだろう?」

 ルキフェルの笑いを含んだその声にマクシムは苦笑を浮かべる。

「あの時は、よくもやってくれましたね。おかげで重症者として医務局に通いましたから」

 ルキフェルは剣を肩に預け、静かに目を細める。

「……だが、今日は少し趣を変えてやろう」

 マクシムは二刀を握り直し、再び構えを取る。彼が踏み込む直前、瞬く間にルキフェルが距離を詰め、彼の一閃がマクシムの片方の剣を弾き飛ばした。

 残された一本の剣で必死に応戦するマクシム。しかし、ルキフェルの剣術は圧倒的だった。

「くっ……!」

 マクシムが踏み込むより早く、ルキフェルは鋭い突きと回転斬りを連続で放つ。肩に、腕に、脇腹に、刃がかすめるたびに血がにじむが致命傷にはならない。痛みが体を貫くたび、マクシムの動きはわずかに鈍る。

 ルキフェルは時折、アクロバティックな動作で殴打や蹴りを挟む。石畳の上で縦横に跳ね回り、マクシムの体勢を何度も崩す。マクシムは必死に片手防御で応じ、血で濡れた剣を握りしめるしかなかった。周囲の海賊たちも息をのむ。

「やばい……」

「こ、これ……やりすぎだろ」

 マテオとジャスパーは思わず顔をしかめ、ニールも小声で呟く。

「……人じゃない。かと言って、どっちが悪魔かも分からない」

 コリンは目を逸らしつつ微妙に体を後ろに引いた。誰一人として肯定的な反応はなかった。

 ルキフェルは冷静に苛烈に攻撃を続ける。鋭い突きの合間に回転蹴り、踏み込みからの掌打。マクシムの剣を弾き、腕や肩に刃がかすり、衣服が裂け血が滲む。息は荒くなるが、マクシムは剣を放すわけにはいかない。

「まだ……いける……っ!」

 叫ぶマクシムの声もルキフェルの圧倒的な動きにかき消される。

 ルキフェルは一歩引き、地面を滑るように移動して間合いを変えた。そして再び連続の剣戟を叩き込み、マクシムは後退を余儀なくされる。足元も乱れ、ついに片膝をつく瞬間が訪れる。脇腹の浅い傷から血がにじみ、夕焼けの光に赤く反射した。

「これで終わりだ」

 ルキフェルの声が夕焼けに響く中、剣先がマクシムの胸元に突きつけられる。

 マクシムは苦しそうに呼吸を整えながらも、かろうじて顔を上げる。胸元や腕には血が滲み、地面に点々と赤い影を落とす。その視線の先には冷たく光る翡翠色の瞳と、血に染まった剣の切先。

 戦闘の中でマクシムは完全に追い詰められた。ルキフェルの剣先はマクシムの胸元に、静かに突きつけられたまま。血に濡れた石畳の上で、マクシムは呼吸を荒くして傷の痛みについ顔を歪める。

「覚えておけ」

 ルキフェルの声は冷たく、夕焼けの波止場に鋭く響いた。

「人を守るというのは、ただ剣を振るうことじゃない。恐怖も、痛みも、全て受け止めたうえで戦うものだ」

 マクシムは苦しそうに目を閉じ、痛む体を支えながらもうっすらと血に濡れた笑みを浮かべる。

「……ああ……わかっている……」

 周囲の五鬼衆やソフィーとフェルナンドは息を呑み、視線を逸らし、ある者は唖然と立ち尽くす。

 そんな中で、マテオは小さく呟いた。

「まさか、ここまで圧倒されるとは」

 ジャスパーは目を見開く。

「怖すぎるだろ」

 ニールも口元を押さえ、動けずに固まった。コリンは手を震わせつつも、マクシムを気遣うように横目で見つめる。

 ルキフェルは剣先を下げず、静かにマクシムを睨みつけたまま言葉を重ねた。

「お前に守りたいものがあるなら、今の痛みを忘れるな。それがあってこそ、本当の強さを手に入れられる」

 マクシムは荒い息をつき、血で濡れた手を握りしめる。胸元の痛みと腕の震えを感じながらも目はルキフェルの瞳を捉え、決意の光が微かに宿っていた。

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