表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/69

第八章① ブレストの要塞と港

 ブレスト城、屋上。

 海から吹き上げる風が白いマントを翻す。

 イザベルは片手で髪を押さえながら眼下の港と街路を素早く見渡した。銃声や怒号が断続的に届き、地上の緊張が手に取るように伝わってくる。

「陸軍第二小隊、東門側の見張り塔を固めて。狙撃手は私の合図まで撃たないで、位置を悟られないように!」

 声は澄んで鋭かった。隊員たちは「了解!」と返し、それぞれの持ち場へ駆け出す。彼女の傍らでは副官が地図を押さえ、報告を次々と差し出していた。

「陸海も南側で交戦中、ですが……押され気味です!」

「なら西壁から回り込み、狙撃支援を送って。三人で足りるわ」

 即断即決。その指揮ぶりに周囲の隊員は迷いなく動いた。

 一方、城内ではアルフォンスが数人の隊員と医療班を急ぎ集めていた。

「担架は全部持て! 包帯と水も忘れるな!」

 若い隊員の一人が「誰を救出するんですか?」と問うと、アルフォンスは振り返りざま短く答える。

「二人。無事でいてくれれば、ですが」

 その声には焦燥と祈りが混じっていた。


 同じころ、ブレスト港近く。

 石畳を蹴って駆けてきた栗毛の馬が勢いを落として止まった。

 鞍の上にはエリオット。海風に外套をなびかせ、額にはうっすら汗が滲んでいる。彼の視線が港の一角で止まった。

 黒い馬。ソフィーが乗ってきたはずの馬が繋ぎ止められることもなく所在なげに港の石畳を行き来していた。

「……あれは」

 エリオットが近づくと、馬は耳を立てて彼を見つけるや否や嘶きを上げかけた。

「シー」

 彼は人差し指を口元に当て、低く静かな声で馬を宥める。黒い馬は短く鼻を鳴らし、落ち着きを取り戻した。

 エリオットは自分の栗毛馬の手綱と黒い馬の首縄を同時に握って視線を巡らせる。周囲には潮の匂いと遠くの喧騒。

「……無事でいてくれ、ソフィー」

 エリオットは呟き、近くの木造小屋の陰まで二頭を引いて素早く繋ぎ止めた。そして港の石畳へと足を踏み出す。船影の間を抜け、狭い路地や倉庫裏を一つずつ覗き込みながら、エリオットはひたすらソフィーの姿を探した。海風に混じって、不穏な気配が肌を刺す。彼の歩みは次第に早まっていった。

 その時、エリオットの視線がふと港の外れにある古びた桟橋へと吸い寄せられた。

 木板は年季の入った灰色に変わり、所々がひび割れている。潮の満ち引きで腐食し、今にも崩れそうな佇まいだ。だが、その上に何かがあった。陽光を受けてきらりと光る、小さな水滴の連なり。

 エリオットは歩みを止め、目を細めた。

 桟橋の先端から石畳へと続く水の跡が、ぼた…ぼた…と規則的に並んでいる。それは船縁から這い上がった者がそのまま歩みを進めたような生々しい痕跡だった。

「……」

 彼は屈み込み、濡れた足跡に手を触れる。まだ冷たく、滴り落ちる雫が指を伝う。海の匂いが強く、つい先ほどまで海中にいた者のものだと察せられた。その列は港の奥へと消えている。

「……誰だ」

 低く呟くとエリオットは外套の裾を払って立ち上がり、水の列を辿り始めた。胸の奥に嫌な予感が鋭く膨らんでいく。影が近づくにつれ、海風は次第に重く、湿った冷気を帯びてきた。

 まるで、何かが彼を待ち構えているかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ