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第七章⑤ ???
潮の匂いと木の軋みが漂う、寂れた桟橋。
戦場の喧騒は遠く、ここだけが異様な静けさに包まれていた。
波間がざわめくその瞬間、桟橋の縁から濡れた両手がヌルリと現れ、音もなく木板を握りしめる。
海面が割れ、泡立つ水の中から、ずぶ濡れの男がゆっくりと這い上がってくる。
陽光が容赦なく照らし出したその顔は、傷だらけだった。
額から頬へと斜めに走る深い裂傷はまるで顔を断ち割ったかのようで、癒えた皮膚は白く盛り上がり、他の細かな切創や鞭痕と入り乱れていた。
どの傷が古く、どの傷が新しいのか判別できず、元の顔立ちは想像すらできない。
そして——翡翠色の瞳が、陽光を受けて異様な輝きを放った。
澄んだ海の底を覗き込むような冷たさと、その奥底に潜む獰猛さが見る者の背筋を凍らせる。
濡れた暗褐色の髪から滴る水が桟橋の木板にぽたぽたと落ちるたび、乾いた音が昼の静寂に響く。
ルキフェルは言葉を発さず、一歩、また一歩と桟橋を進む。
その足取りは遅いが、確実に獲物との距離を詰める獣のそれだった。
陽光に照らされ、すべての傷と表情が曝されてもなお……
いや、曝されたがゆえにその姿は恐ろしく、人間離れして見えた。
海軍の誰もが恐れを込めて呼ぶ異名——「鬼」。
それが今、白昼の下に現れた。




