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第七章③ ブレスト港にて

 フェルナンドの短剣がエドガーの連続斬撃をかろうじて受け流す。しかし一歩踏み込んだ瞬間、石畳の凸凹に足を取られ、わずかにバランスを崩す。

 エドガーはその隙を逃さず、低く踏み込みながら鋭い一閃を放つ。

 フェルナンドは咄嗟に刃を交わすも、衣服の袖を切り裂かれ、肩に衝撃が走る。

「ふっ……!」

 フェルナンドは息を整えながら後退する。石畳に小さな溝が刻まれ、潮風が切っ先を揺らす。足元を意識しつつ、フェルナンドは間合いを保とうと必死だ。

 エドガーは狡猾な笑みを浮かべ、鋭い目でフェルナンドの動きを追う。風に乗って漂う潮の香りも、戦いの緊張感をさらに高める。

 フェルナンドは後退を余儀なくされ再び立て直すしかなかった。短剣を握る手に力を込め、汗で濡れた髪を払いながら、鋭い眼差しでエドガーを見据える。心臓の鼓動は高鳴る。

 エドガーの声が港の潮風に乗って響いた。

「まさか貴様もここで死ぬわけにはいかないもんな?」

 フェルナンドは警戒しつつも、どこか引っかかる違和感を覚える。

 エドガーはわざと間を置き、挑発するように続けた。

「大切なお仲間がいるもんな」

 彼の言葉に釣られ、フェルナンドの視線は自然と小屋の方へ向く。

 小屋の影に身を潜めるソフィーの姿が微かに映ったのを見逃さなかった。

 彼の隙を突くように、エドガーの拳が鋭く鳩尾を打ち抜く。

 フェルナンドは息を詰め、膝をついてしまう。痛みが体中に走り、石畳の感触が手に伝わる。

「貴様が易々とハッタリにかかるとは! 演じるのをやめたか?!」

 エドガーの声は低く響き、港全体に張り詰めた緊張を刻む。そして、エドガーはゆっくりと小屋の方へ視線を移した。

「出てこい。話をしようじゃないか」

 ソフィーは一瞬、躊躇する。だが、護身用に持たされた剣を握りしめ、呼吸を整えた。小屋の影から一歩、また一歩と踏み出す。足音は潮風にかき消されるほど小さい。

 やがてソフィーは港の石畳の上に立ち、剣を構え、まっすぐエドガーを見据えた。その鋭い視線は、ここまでの戦闘で得た覚悟と決意を静かに示している。

「お前、トルチュ島で会った女か? こいつらといたよな。まさか海軍員だったのか?」

 エドガーの声には軽い皮肉と挑発が混じる。彼の背後の四人の海賊たちは微動だにせず、ただ冷静に立っている。ソフィーは剣を握ったまま一歩前に出た。

「私はマクシミリアン・ブーケ隊の一員。でも、あの時の私は海賊だった。契約していたから」

 エドガーは鼻先で笑い、首を傾げる。

「いいか、お嬢ちゃん? 海賊ってのは紙面上の約束じゃねえ。生き様だ」

 潮風に吹かれ、ソフィーの髪が顔をかすめる。彼女は言葉を選び、低く答える。

「めちゃくちゃよ。それでも大海賊なの?」

 エドガーの目が一瞬きらりと光る。

「オレが大海賊と言われる所以は略奪の成功率な」

 ソフィーは眉をひそめ、吐き捨てるように言う。

「そりゃ恐怖で支配していたものね? よく反乱が起きなかったものよ、奇跡に近い」

 彼女は視線をさらに前方に移し、港の混乱と沈む船を意識しつつ続ける。

「そもそも、こんな大掛かりな戦争を仕掛けるくらいだもの。相当なカリスマがないと、あれだけの海賊団は集まらない」

 そして、一瞬だけ微笑むような口元で言葉を足す。

「いや、カリスマがあるのはフランソワの方ね。他の海賊団もみんな彼を失って悲しかったはず」

 背後で立つジャスパー、マテオ、ニール、コリンの表情がわずかに緩む。

 彼らの目には、かつての船長フランソワへの尊敬とソフィーの言葉に好意的な反応が映る。

 エドガーは間合いを詰め、低く冷たい声で告げる。

「おしゃべりはそこまでか? なら再開しようか」

 その瞬間、フェルナンドが躊躇なく前に飛び出し、奇襲をかける。だが、反射の如くエドガーは剣を翻し迎え撃つ。鋭い斬撃がフェルナンドの腕を切り、彼は痛みに歪みながら蹲る。

 ソフィーは即座に反応する。剣を握り直し、フェルナンドを庇い、エドガーの前に立ちはだかる。潮風に乗って二人の間合いが緊張する。エドガーの狡猾な視線が彼女を捉えている。

「あくまでオレに楯突くんだな?」

 エドガーの声には狡猾さと挑発が混じり、間合いを詰めるごとに重みを増す。

「そうだ。お嬢ちゃん、マクシミリアン・ブーケ隊と言ったな? ……見せたいものがある」

 エドガーの号令一つでジャスパーが小型ガレオン船へと足早に向かう。ジャスパーの重々しい動きの末、抱えてきたのは気を失ったマクシムだった。ソフィーの瞳が一気に見開かれる。

「な、隊長!?」

 彼女は思わず声を上げ、身体が硬直する。港に響く硬い床にジャスパーがマクシムを寝かせると、その存在感が否応なく現場を支配した。

 ソフィーは混乱と驚愕に震えながらもすぐに問いかける。

「どうして、隊長が?」

 エドガーは冷たく、満足げに笑みを浮かべる。

「マクシミリアンを殺すのも計画のうちだ。戦争も復讐も果たす。それがオレの目的だ」

 彼の視線は港の奥に揺れる水面まで届くようで、冷徹さが波紋のように広がる。

「マクシミリアンは真っ直ぐオレのもとに来てくれた」

 エドガーの目にわずかな感嘆が宿る。

「そこまで読んでたニールは天才だな」

 エドガーの背後で微動だにせず立つニールは冷静に礼を返すだけだ。そして、エドガーは声を低く沈めて続ける。

「これは交換条件だ。フェルナンドを寄越せ」

 エドガーの目が鋭くソフィーとフェルナンドを交互に捉える。

「寄越してくれたらマクシミリアンを解放する」

 ソフィーは剣を握りしめ、冷たい風に揺れる潮の匂いを鼻先で感じながら、必死に呼吸を整える。

 マクシムが目の前にいる。彼が無力な姿で横たわる光景が、胸を締め付ける。

 ——守れなかった、自分の無力さ。

 フェルナンドは一歩前に出て、エドガーをじっと見据える。剣を握る手には微かな震えがあるが、瞳は冷静さを失っていない。

「隊長を……奪われるわけにはいかない」

 ソフィーは心の中で何度もその言葉を繰り返し、頭では策を巡らせる。だが、目の前の状況はあまりにも不利だ。エドガーは両手を軽く広げ、狡猾な笑みを崩さない。

「見ろよ、この状況。誰が得をして、誰が損をするか、理解できるか?」

 エドガーの声は冷徹で計算された余裕が漂う。目の奥には快楽にも似た興奮が宿る。

 ソフィーは剣をぎゅっと握りしめ、風に乗る潮の匂いと港の静寂の中で恐怖と覚悟が混ざり合った感情を自覚する。

「……隊長を救うために、どうすれば」

 ソフィーの思考と身体の間に緊張が走り、心臓が高鳴る。

 エドガーはその隙を逃さず声をさらに低く、鋭く落とす。

「さあ、決めろ。どちらを取る? フェルナンドか、マクシミリアンか」

 ソフィーは短く息を吐き、目を閉じて決意を固める。

「……譲れない。誰一人、犠牲にはさせない」

 彼女の視線が、フェルナンドとマクシムへ確かに向けられる。剣を握り直し、足を踏みしめる。

「……ここで、逃げたりしない」

 胸に湧き上がる恐怖を覚悟に変える瞬間だった。

 その時、フェルナンドは短く息を吸い込み、血に濡れた腕を押さえながら立ち上がる。

「君が選ぶ必要はない——」

 その声は低く、震えながらも強い決意が込められていた。

 ソフィーの目の前に立ち、彼女の手から剣を奪い構える。まるで、彼女を守るように。

「ボクが終わらせる!」

 フェルナンドは宣言とともに一気に間合いを詰め、再びエドガーへ攻撃を仕掛ける。

 エドガーは冷徹に笑みを浮かべながら、巧妙な足捌きと小手先の技でフェルナンドを翻弄する。剣と剣がぶつかる音が、港の静寂を引き裂くように響く。

 フェルナンドは怪我の痛みをこらえ鋭い一閃で反撃を試みるが、エドガーは予想外の角度から剣を避け、さらに巧みに切り返す。フェルナンドは必死に食い下がるもののエドガーの計算された攻撃の前に次第に追い詰められていく。

 そして——フェルナンドの腹部に、エドガーの剣が突き刺さる。痛みが全身に走り、膝から力が抜ける。血が港の硬い石畳に滴り落ちる。

 フェルナンドは一瞬目を見開き、次の瞬間、力尽きるようにその場に沈み込む。

 ソフィーは凍り付いて思わず叫んだ。

「フェルナンド!」

 ソフィーは剣を放り、即座に彼の傷に手を伸ばす。冷たい海風の中で、血に濡れた腕を押さえつつ、必死に応急処置を施す。心臓は早鐘のように打ち、指先が震える。

 彼らの横で、エドガーは高笑いを浮かべたまま優雅に剣を振る。

「ああ、それでは長くもたないな」

 フェルナンドは苦痛に顔を歪め、ソフィーの腕の中で僅かに息を荒げる。エドガーは間合いを詰め、冷たくフェルナンドを睨む。

「今度こそ終わりだ。銀の猫も、もはやこれまでだな」

 ソフィーは血に濡れた手を止めずに、凄みのある視線でエドガーを睨み返す。

「卑怯者……!」

 エドガーは冷笑を浮かべ、剣を振り上げる。

「安心しろ。貴様も今すぐ殺してやる」

 その瞬間、港の空気が一瞬凍りつく。振り下ろされる剣先に、ソフィーの視線も固まる。

 しかし——不意にエドガーの背後から力強い影が飛び出した。

 マクシムが目覚め、マテオの剣を掴み取ってエドガーに立ち塞がってきたのだ。エドガーによって振り下ろされた剣がマクシムの剣に受け止められ、鋼同士の衝撃が火花のように飛んだ。マクシムの瞳は怒りと決意で燃え、激しい戦いの幕が再び切って落とされた。

 エドガーの剣を弾き返すと、マクシムはゆっくりと振り返ってソフィーを見据える。体の芯に熱い決意が走っていた。

「すまない、迷惑をかけた」

 彼の声は低く、しかし港の広場にしっかりと響く。彼は一歩前に出る。

「ソフィーは彼の治療を。ここは僕にお任せください」

 その瞬間、港の空気がさらに張り詰める。エドガーは小さく笑い、長年培った圧倒的な存在感を漂わせながら剣を構える。

「一騎打ちといこうじゃないか、マクシミリアン」

 マクシムも剣を握り直す。港の石畳に足を踏みしめ、呼吸を整える。心は冷静だが、血の匂いや風、波の音が全身に神経を走らせる。そして、二人は互いに一歩踏み出す。鋼と鋼の衝突音が鳴り響き、火花が散る。

 エドガーの動きは巧妙で小賢しく、長年の戦歴を感じさせる連続攻撃を仕掛ける。

 マクシムは受け止めつつも翻弄されて一瞬の隙をついて反撃を試みるが、エドガーは巧みに距離を取ってまた奇襲的な斬撃を放つ。冷たい海風に剣が擦れる音が混じり、港の静寂を切り裂く。

 マクシムは一瞬足を止め、エドガーの目を見る。そこには狡猾さと冷酷さ、しかしどこか楽しげな光が宿っていた。

「くっ…!」

 マクシムの心臓が高鳴る。この一瞬の隙で命を奪われるかもしれない。だが、背後には倒れた仲間がいる。退くわけにはいかない。港の石畳に鋼の火花が散るたび、彼の心臓はひとつひとつの衝撃とともに跳ねる。だが、剣を握る手は決して緩めない。

「ふっ……なるほど、これが…エドガーの本気か」

 マクシムの唇がわずかに歪む。鋭く切り込むエドガーの動きに必死で対応しながらも、冷静さを保とうとする。だが、次々に繰り出される斬撃は容赦なく、腕に、肩に、石畳に跳ね返る振動が伝わる。エドガーの攻撃の間合い、間の取り方、身体の微細な角度まで計算され尽くしており、マクシムは一瞬でも油断すれば斬られることを知っている。鋭い斬撃がマクシムの防御を掻い潜り、肩口に深く傷を刻む。血が袖を濡らし、力が一瞬弾かれる。

 マクシムは踏み込みを試みるが、エドガーはその動きを読んで先回りする。横合いからの切り返し、上段からの圧力、そして鋭い突き。石畳を蹴る足音と剣先の衝突音が港に響き渡る。

 ソフィーはフェルナンドを小屋の前まで移動させ手当てを続けながらも、二人の激闘を息を呑んで見守る。マクシムの横顔に汗と血が混じり、力強くも必死に剣を振るう姿に、彼女の心も締め付けられる。だが、エドガーの動きは一切乱れない。まるで港全体を自分の舞台のように支配し、マクシムを翻弄しているかのようだ。

「……まだ……だめか……!」

 マクシムの呼吸が荒くなる。攻撃を出したくても、エドガーの間合いと反応速度に翻弄され、思うように剣を返せない。エドガーは冷たい微笑を浮かべ、次の一手を狙う。

「それがお前の全力か、マクシミリアン」

 マクシムの腕に残る血が港の石畳にぽたりと落ちる。呼吸は荒く、息切れが彼の額に汗と混ざり、滴り落ちる。だが、剣を握る手はまだ離れない。

 防戦一方のマクシムが小さく唸る。だが、その唸りを嘲笑うかのようにエドガーの冷たい笑みが向けられる。次の瞬間にはマクシムの腹部を掌打していた。

 マクシムは石畳に膝をつかされ、胸元を蹴られ、背中が大きく石畳に打ち付けられる。彼は懸命に起き上がるも、エドガーは手加減をしない。彼の一撃一撃は、鋭く、狡猾で、マクシムの攻撃の軌道を読んでおり、反撃を許さない。

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